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12 ノイエンフォルク家の人々②

※このepはアベル視点でお送りします。

 それにしても、解せないことばかりだった。


 ハルヴァーテン伯爵は娘のベアトリクス同様、押しが強い性格だ。義母(はは)ならすっとぼけて上手くあしらえるのかもしれないが、父は一本気な性格だから、伯爵とはウマが合わないだろう。


 二人のいさかいがどんなものだったかはわからないが、仲違いが起こったことそのものについては「驚かないな」とぼくは思った。


 だが、父は本当に行方不明なのだろうか?


 義母の態度は、ぼくがベアトリクスから聞いたと知って、慌てて話を合わせたような感じだった。


 そもそも屋敷の中はまったく静まり返っていて、非常事態が起こっている気がしない。屋敷の主人の身を案じているなら、夜中であっても使用人たちがもっとバタバタしているはずだ。


 かたわらに目をやると、燭台(しょくだい)を掲げて立っている召使いが、所在(しょざい)なさげにこちらを見ていた。知らない顔だ。ぼくがいない間に、使用人たちもかなり入れ替わったのだろう。


(ここはもう完全に、ぼくの家ではなくなったな……)

 いますぐオルフラッハの騎士養成所へすっ飛んで帰りたくなった。

 

 ぼくは、壁に寄りかかっていた身体を起こした。

「イーヴォはどこに行ったかな? ぼくの従者なんだが」


 召使いに尋ねると、狼狽(ろうばい)したように首を振った。


「存じません。そもそもお屋敷には入られなかったようで」


「――そうか」


 正直、ぼくはイーヴォのこともよく知らない。一緒にオルフラッハで戦った仲間ではなく、父からの手紙と一緒にノイエンフォルク家がよこした世話係だ。


 共に旅をしていても会話が弾むわけでもなかったから、オレクを送らせる名目で離れられたときには、開放感で胸がすく思いだった。


(そこからは、常にリディアが一緒に……)


 投石紐(スリング)をぶんぶん振り回すリディア、彼女の上気した笑顔が脳裏に浮かび、ぼくは額を押さえた。

 

「長旅でお疲れでしょう。若さまのお部屋に、火を入れてあります。お荷物も弓も運びました。どうぞこちらへ」

 

 召使いが心配そうに言った。


「いや、いいよ。場所はわかるから。……ぼくがいない間に扉が塗りつぶされでもしていなければ、だけど」


 ぼくが言うと、召使いは「めっそうもない」という風に片手を振る。


「遅くまでありがとう。お前ももう休みなさい」


 恐縮する召使いから燭台を受け取って、ぼくは自室へと向かった。


 暗い回廊。コツン、コツン……と、足音だけがやけに響く。

 陰気な雰囲気は昔からだが、それに拍車(はくしゃ)がかかっている気がした。


(リディア……)


 無性に彼女のことが恋しくなった。


 たぶん……いや、まちがいなく、ぼくは恋に落ちたのだ。


 いまここに彼女がいてくれたら、どんなに心強いだろう。


 だが、リディアをこの家に連れきて、特に、あの奇天烈(きてれつ)な義母に会わせるだなんて……ウィルデッケのことがなくても、とんでもないことだと思い直した。


 やはりぼくがこの家を出なければ。

 

 そのためにも、まずはノイエンフォルク家に起こっている一連の出来事を解決しなければ。

 渋々ながら、そう決意せざるをえない。


 廊下の北側のつきあたりが、子どもの頃のぼくの部屋だ。とっくに物置きか何かにされていると思っていたので、懐かしい木の扉が目に入った瞬間は、さすがに笑みがこぼれた。


 だが、真鍮(しんちゅう)のドアノブに手をかけた瞬間、背中にゾワっとした感覚が走る。


 扉は塗りつぶされてはいなかったが、あの義母がなんの仕掛けもせずに、ぼくを部屋に入れるだろうか。


 さっき義母は何と言った?


(明日はもう少し、わたくしたち家族に心を開いてもらいたいものです)


 要するに、ぼくの「ノリが悪い」と言っているのだ。


(……なるほど。そうは問屋(とんや)(おろ)しませんよ、義母上(ははうえ)


 ぼくは注意深く足元を見、頭上を見、燭台を掲げて扉の隅から隅まで調べる。


 足元に油、無し!


 扉の上に濡れ雑巾、無し!


 ヘビやカエルの干物、無し!


 ……すべて、子どもの頃に仕掛けられたイタズラだった。

 仕掛けたのは義母だ。弟じゃない。


 扉に耳をつけて室内をうかがう。特に何も聞こえないが、ここで油断は禁物だ。

 そっと扉を押して、室内に入る。


 長く使っていないはずだが、カビや埃の臭いはなく、きちんと手入れされている様子だった。広くはないが、朝になれば日当たりの良い部屋で、奥の暖炉(だんろ)では小さな火がちらちら燃えている。


 扉の裏に誰も隠れていないことを確認すると、ようやく警戒(けいかい)を解く気になった。

 ぼくも大人になったわけだし、さすがにくだらない遊びは卒業か。


(あ、わかったぞ……!)


 突然あることに思い至って、ぼくはクックッ…と笑いだした。


(父上が行方不明だなんて、ウソなんだな?)

 

 つまりは、すべては義母の仕組んだことなのだ。

 久しぶりに帰ってくるぼくを、大掛かりな演出で驚かそうと。

 

 ベアトリクスも、それに巻き込まれただけなのだろう。彼女はあまり利口じゃないから、義母のセンスがよくわからず、先に手の内を明かしてしまった。さっきのぎこちないやりとりは、そういうことだったんじゃないだろうか。


「やれやれ……」


 気の抜けたぼくはマントを脱ぎ、腰の剣も外した。上半身裸になっり、部屋に用意された桶の水で腕や胸を拭い始めた。


 と――。


 (あばら)のあたりにくすぐったい感覚が走った。


 視線を落とすと、白く細い女性の指が、ぼくの肌を撫でている。


「……!」


 と同時に、背中にふわっと柔らかいものが押し付けられ、ぼくは反射的に飛び下がった。


「ベアトリクス!?」


「アベル……」


 丈の長い純白の肌着姿のベアトリクスが、両手で口を覆って立っていた。


「何してるんだ、こんなところで!」


「だって……あなたのことが、好きなんですもの……」


「正気なのか!?」


 ベアトリクスのあられもない姿から目をそらし、ぼくは自分のマントを取って、彼女の身体を覆った。


「アベルったら。初めてってわけでもないでしょう?」


「ばかなことを言うんじゃない! さあ、自分の部屋に戻るんだ」


「どうして? あたくしのことが嫌いなの?」


「このままだと嫌いになるよ」


「そんな……ひどいわ……!」


 ベアトリクスの顔が怒りでみるみる赤く染まる。


「リディア・ウィルデッケとはどうなの、アベル? 一緒に旅をしておきながら、何もなかったとは言わせませんわ!」


「――出てってくれないか」


 ぼくは部屋の扉を開けて、極力感情を抑えて言った。


 ベアトリクスは口をぽかんと開けて立ち尽くした。が、やがて上気した顔をぼくのマントに埋めて、ぱたぱたと廊下を駆けていった。


 ぼくは扉の(かんぬき)をかけた。


 義母の仕掛けがないと思って安心していたら、別の罠が待ち受けているとは。


「何なんだよ、この家は……」


 どっと疲れが襲ってきて、ぼくはうつ伏せにベッドへ倒れ込んだ。


 すると今度は――。


「うっ!」

「ぎゃっ!」

 

 みぞおちに衝撃が走ってぼくが呻くのと同時に、ベッドの中から短い悲鳴が上がった。


「今度は何だよ!?」


 勢いよくベッドカバーを剥ぐと、シャツ姿の若い男があわを食った様子で顔を隠した。


「誰だ!?」


 さすがにキレて大声を上げる。

 若い男は両腕で顔を隠していた。が、その下から義母によく似た水色の瞳がこちらを見ている。


「に、兄さん……!」


 悲鳴にも似た鋭いささやき声が上がった。




お読みいただき、ありがとうございます!

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