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11 ノイエンフォルク家の人々①

※このepはアベル視点でお送りします。

「アベル……この恥知らず。恩を仇で返す裏切り者!」


 ノイエンフォルクの屋敷に足を踏み入れたとたん、奥の広間からぼくを罵倒する声がした。


 イネス・クレール・ハルヴァーテン・ノイエンフォルク。

 父の二番目の妻で、弟ディルク・エルンストの生みの親だ。


「ご無沙汰しております、義母上(ははうえ)

 声が警戒心で固くなっているのが自分でもわかった。


 義母(はは)は、暗いホールに足音を響かせながら、ゆっくりとぼくに近づいてくる。


 広間の明かりを背にしているので、義母の表情は見えないが、真夜中にもかかわらず身なりがきちんとしているのはわかる。


  寝ずにぼくの到着を待っていたということか。

  怖すぎる。

 

「よくもおめおめと、屋敷の敷居を(また)げたものね。自分が何をしでかしたのか、わかっていないようだこと」


「ぼくが、ですか……?」


 頭をよぎったのは、当然、リディアのことだった。


 リディアの父カスパル・ウィルデッケは、弟のディルクに害をなそうとした黒幕だと、さきほどベアトリクスから聞いたばかりだ。

 

 だが、ぼくがリディアと行動を共にしていたことをこの義母が知るには、あまりにも早過ぎやしないか?

 他に義母を怒らせるようなことをした覚えもないが――。


 真剣に考えを巡らせる間もなく、義母はつかつかとぼくに近づくなり、さっと片手を振り上げる。


 ひっぱたかれる――!?


 とっさに顔を背けるのと、義母が伸び上がってぼくの首に腕を巻き付けるのと同時だった。

 義母は軽やかに笑いながら、ぼくの頰にキスをした。


「あいかわらず冗談の通じない子だこと! よく戻ってきてくれました、アベル。嬉しいわ」


「……普通に出迎えていただけませんか」


 義母がキスをしたり頬を手でなでたりするのをかわしながら、ぼくはため息をついた。


「そんなの、つまらないじゃありませんの。まぁずいぶんと背も伸びて、頼もしくなったこと」


「いや義母上、いろいろと大変な時だけに、冗談なのか何なのか、わからなくなるのは困ります」


「気の滅入ることばかり起こるからこそよ。それともあなた、何かやましいことでもあると言うの?」


「ありませんよ、ありませんって」


 ぼくはため息をついた。

 八年前とまるで同じだ。義母のこのノリが苦手で、ぼくは家を出たのだった。


「ひどいんですのよ、叔母さま。アベルったら、あたくしのこと、すっかり忘れているんですもの!」

 

 ぼくを追ってぱたぱたと駆けてきたベアトリクスが、義母に軽くお辞儀(カーテシー)をする。それから、馬車の中でずっとそうしていたように、両手でぼくの腕にしがみついた。


「おやまあ」


 彼女を見る義母の表情が、一瞬にして固まった。

 ぼくはそっとベアトリクスの腕を外した。

 

「もうとっくに寝る時間だ、トリクシー」


 ぼくが言うと、ベアトリクスは「またあたくしを子ども扱いして」と、ぷんっと頰を膨らませる。


「ご苦労さまでした、ベアトリクス。でも、あなた自身が出向く必要はなかったのでは?」


 義母の言葉も厳しめだった。


「振る舞いには注意なさい。ディルクは弱ってはいますが、あなたは今でもあの子の許婚であることには変わりはないのですから……。もうお下がりなさい」


 ベアトリクスの息遣いから、彼女が腹を立てたのがわかった。が、義母に逆らうのは得策ではないと考えたのだろう、ドレスの音をしゃらしゃらさせながら退場した。


 馬車の中で彼女がリディアに言っていた言葉を思い出す。


(あたくしはアベルの婚約者でもありますのよ!)


 ベアトリクスがなぜそんなことを言ったのかはわからない。が、義母に知れたら面倒なことになる。


 義母は先妻の子であるぼくのことも可愛がってくださるけれども、ノイエンフォルク家を継がせるのはあくまでも自分の息子にと考えているのだから。

 

 ぼくは話題を変えようと口を開く。


「道すがらベアトリクスから聞きました。父上は――」


「とっくにお休みになっているわ」


「行方不明ではないのですか?」

 ぼくは思わず大声をあげた。


「え?」

 義母の表情が険しくなる。


「ベアトリクスに聞きました。父上が狩に出かけられたまま、行方不明だと……。だから急いで帰ってきたんです」


「ベアトリクスが……そう……」

 義母は一瞬、視線を宙にさまよわせて、何か思案しているようだった。それから、憂鬱そうな目をぼくに向けた。


「なら、隠しておくわけにもいかないわね。ええ、あの人は数日前にお一人で出かけられたきり、お戻りになっていないのです」


「いったい何があったんです?」


「かわいそうなディルクのことで、前日にちょっとしたいさかいがあったのです」


「いさかいって、義母上とですか?」


「わたくし? わたくしが夫と何をいさかうと言うの!?」


 義母は大声をあげて、天を仰ぐ。まるで役者のような大袈裟な身振りだ。

 (きたな……?)と、ぼくは身構える。


「……に、肉料理の付け合わせは、リンゴかナシか」


 苦し紛れに答えると、義母は小さく鼻で笑った。


「気の利いた返しができないのなら、無理に口を開かなくてもよいのよ、アベル」


 すみません、とぼくは謝った。

 ボケてもボケなくてもダメ出しだ。実に疲れる。


「あの人が言い争いをした相手は、ハルヴァーテン伯爵とですわ」


「叔父上が? こちらにいらしているのですね」


 ハルヴァーテン伯爵は、義母の従兄弟にあたる人だ。昔から便宜上「叔父」と呼んでいる。


 ハルヴァーテン家はノイエンフォルク家とは元々さほどの付き合いはなかったが、弟のディルクが生まれた頃から、義母のつてで少しずつ付き合いが始まったと記憶している。

 

 それでベアトリクスもここにいるのかと、ぼくはようやく合点がいった。


 彼女は伯爵家の末娘で、ディルクとは幼い頃からの許嫁の間柄だ。こちらは家同士が正式に交わした取り決めで、ぼくとリディア・ウィルデッケのような「父の勝手な思い込み」とは違う。


「伯は、今はおりません。公爵を追って、今ごろは森ですわ」


「父上が森に? なぜです」


 義母は、物分かりが悪いのねと言わんばかりに大きなため息をついた。


「手当たり次第に探しているのですわ。森かどうかもわかりません。……アベル、あす話しましょう」


「ディルクが毒を盛られたという噂も聞きました。容体は――」


「それも、あすに」


 勇んで質問するぼくを、義母は手を挙げて制した。


「朝になれば、ディルクにも会えます。あなたも長旅で疲れたでしょう。明日はもう少し、わたくしたち家族に心を開いてもらいたいものです。おやすみなさい、アベル」


「……おやすみなさい、義母上」


 有無を言わせぬ母上の声音に、ぼくも先ほどのベアトリクスと同じく、逆らうのをあきらめた。


 義母は、コツ、コツ……と靴音をたてて暗がりへと消えていく。


 突然また何かの無茶ぶりがくるか来ないか身構えていたぼくは、それが無いと完全にわかってから、がくっと壁にもたれかかった。

「これだから、帰ってきたくなかったんだ……」


 絶え間ない大喜利とネタの応酬。気の休まる瞬間など全くない。


 リディアとの何気ない「普通の」会話が、恋しい……。


読んでくださってありがとうございます!

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