寺生まれの寺田さん、異世界へ行く
洒落怖が好きな人向けです
俺の名前は寺田新鷹。十六歳。
文字通りの寺生まれだが、霊感がない。
寺生まれなのに? とみんなが笑うが、無いものは無い。
家の寺には色々霊障や、お祓い案件が持ち込まれていた。
親父はお祓いとかができるのに、俺にはさっぱりそう言う能力がなかった。
そのせいなのか、俺は寺は継がずに会社員をやれ、と言われた。
昨日、進路調査の話になったので、仏教系の大学に入って家業を継ぐといった時、急にそう言われたのだ。
仏教系の幼稚園、中学、高校を選ばされた後なのに、あんまりだ。
選択の自由と言われても遅すぎる。
今更、進路を変えろと言われても何も考えていなかった。
一体今からどうしろと?! と悩んでいた矢先。
――――異世界に転移してしまった。
トラックに跳ねられたわけでもなく、通り魔に殺されたわけでもない。
寝て起きたら知らない場所にいた。
ベッドごと知らない家の横に転移していたときの驚きと言ったら、筆舌に尽くしがたい。
その知らない家には羊を飼い、小さな畑を作る老夫婦がいて、言葉が通じた。
二人の生活を手伝う代わりに二人の家に住まわせてもらえることになった。
ベッドだけは自前のベッドである。頑張ってズルズルと引きずって家の中に置かせてもらった。
「へえ、アラタカって言うのかい。このへんじゃ珍しい名前だねえ」
「そうなんですかねえ。俺もここに来たのが初めてで……寝て起きたらここにいたんですよね」
「私たちには子供がいなくてねえ、神様に毎日子供を授けてくださるようにお願いしていたんだけど、神様がアラタカを授けてくれたのかも知れないねえ。帰る方法がわかるまでゆっくりしておいで」
見知らぬ俺にも親切な老夫婦に、俺は心から感謝した。
家の横に謎のベッドが出現したとして、そこから這い出てきた人間を快く受け入れる自信は俺はない。
慣れない水くみや、家畜の世話、畑の雑草抜き、やることはいくらでもあったし、体もきつかった。
でも、進路を気にしなくて良くなったのは気楽だったし、睡眠不足だった俺は、自然のデジタルデトックスのお陰で、毎日快眠できるようになった。
俺はチーズが好きだったので、毎食それを食えるのが嬉しかったし、ヤギもいて、ヤギミルクも飲める。ヤギも羊も可愛かったし、茶色いパンも味が濃くて悪くない。
ファンタジー生活に慣れ始めてきた頃、それは起こった。
先日までずっと晴れていた空が、どんよりと曇る日々が続く。
居候先のおじいさんとおばあさんが、不安な顔をする。
「ああ、今年もやっぱり来るのかねえ……」
「果てまで逃げれば、と思ったんだが……」
何やら、不穏なイベントの到来に怯える老夫婦。
「何か起きるんですか?」
「実はねえ……」
老夫婦が話してくれた。この異世界の現状は、恐るべきものだった。
――――今を遡ること数百年前。山から遥か彼方、海の向こうに見える大陸に王様がいた。
王様はこの世界では珍しい無神論者であり、ありとあらゆる神を愚弄したらしい。
そして、神の怒りが下った。
死者は土に還らず世界に留まり続け、どんどん増え続けて、生者を駆逐したのだと言う。
そして、今はそれらの肉体も朽ち果て、亡霊となって人間の生きる区域をどんどん狭めていっているらしい。
老夫婦は若い頃に、この島に逃げてきた。
しかし、それでも海風に乗って数年に一度、亡霊がやってくるのだと。
島の人々は徐々に数を減らしていき、老夫婦と北の灯台守の家族の二家族しか残っていないらしい。
うーむ……。
しかし、ゾンビなんかは宇宙線や細菌・ウイルスが原因と聞くけど、亡霊なんかマジでいるのか?
そんなもんがいるなら、一度姿を見せてほしいもんだよなあ……。
それを見聞きできるなら、俺は親父に寺を継がなくてもいい、なんて言われなくて済んだかも知れないのに……。
特に寺の仕事が好きとかじゃないけど、なりたいものがない俺には、家業を継ぐのは魅力的な選択肢だったことは間違いない。
「おじいさん、おばあさん。実は俺、転移してくる前はお寺の子だったんだ」
「オテラ?」
「教会みたいなものかな」
「おお、やはりアラタカは、神が遣わした子だったのかもしれないね……」
「ありがたやありがたや……」
まるで、うちのお寺にやってくる爺ちゃんや婆ちゃんたちのように、俺に手を合わせる。
「俺を拝んでもなにもないよ! 俺、除霊の儀式とかも見てたから、もしそれがきたらやってみるよ。親父じゃないからうまくいかないかも知れないけど!」
「危ないからね、無理はしなくていいよ……もしもにそなえて逃げる準備をしておこう」
「そうだねえ、せっかくアラタカが来たのに亡霊に殺されたらたまらないからねえ……」
「生贄にヤギか羊でも用意して、食らいついている間に逃げよう」
生贄かあ……。
俺はここに来て動物に本格的に接したのだが、なんか情が移ってしまうんだよなあ。
もう俺はジンギスカンをまともに食べられないかも知れない。そのくらいには羊もヤギも好きになってしまった。
牧羊犬もかわいいし、仔山羊の可愛さと言ったらない。
もしスマホを持ってここに来られていたら、毎日仔山羊のVlogとか撮ってSNSにアップしたかった。
もし、無事に帰れたら動物関係の仕事とかもいいかも知れないな……。
そんな事を考えてその日は寝た。しかし、翌日の朝、俺は老夫婦に叩き起こされる。
「アラタカ、早く起きな! 亡霊が来たよ、逃げるよ!」
「仔山羊を柵に繋いでおいたから、逃げる時間稼ぎができるはずだ」
「えっ?!」
慌てて起きると、仔山羊のチョコ(命名:俺)が柵に繋がれ、哀れな鳴き声を上げている。
老夫婦は俺に荷物をもたせた。
「さあ、北の灯台守の家に避難させてもらおう……」
「でも、チョコが!」
「仔山羊はまた来年生まれるから!」
「諦めなさい、ほら、もう仔山羊を亡霊が取り囲んで…………」
そう言うものの、俺には何も見えない。
「何も見えないけど?」
「えっ、いや、周りを十人くらい、取り囲んでるの見えないのかい?」
「ぜーんぜん見えない」
「ええ……? 婆さんや、見えるかい?」
「見えるねえ……老眼の私の目でも見えるよ」
「嘘だろ……じゃあちょっと本物見てくるよ!」
俺は視力が悪いわけではない。普通にメガネ無しで1.0くらいある。それなのに、仔山羊は見えて、亡霊は見えないのはおかしい。
俺はチョコを守るために、老夫婦の制止を振り切って飛び出した。
仔山羊のチョコは、茶色で可愛い仔山羊だ。メエメエと周りをなにかに囲まれてないているような雰囲気はあるが……
「何もいないじゃねえか。なあ、チョコ」
俺はチョコの柔らかな頭を撫でてやる。毛並みが良くて本当に可愛い。白いヤギがメインストリームだと思っていたが、色のついたヤギもかわいいもんだ。
「メエエ???」
「アラタカ! 後ろ!」
「ああ、神様!!!!」
老夫婦の絶叫に、俺は後ろを見た。
「はあ?」
が、何もいない。ただ、ボシュン、というような音がした。
誰かゲップでもしたのかな……。
「おおおおおおお……」
「あ、アラタカ……! お前は本当に神様のお使いだったんだね……!」
爺さんと婆さんが手を組んで俺を拝みだした。
「亡霊とかってさ、気の迷いから見えた、幻覚とかなんじゃねえかな。なあ、チョコ」
「メエエ!」
チョコは俺に頭を擦り付け、くるくると回り、背中に乗ろうとする。
高いところに登りたがるのはヤギの習性らしい。
かわいいな、でも俺の背中に乗るのは仔山羊のうちだけにして欲しいところだが……。
チョコの親は重くて持ち上げられないくらいでかいんだよ。
「で、亡霊ってどこにいるの?」
「もう消えちまったよ……」
「気のせいだったんじゃねえかなあ。いるっていう思い込みが、幻覚を生むって動画でやってたよ」
気がつくと、黒い雲は晴れて青空が広がりつつあった。あの黒い雲はどこにも見当たらない。
「じゃあ、羊歩かせてこようかな」
「そうだね……頼むよ、アラタカ。ピッケもアラタカの言うことを良くお聞き」
「私は家でご馳走を作って待っておこうかね、夜はお祝いだよ!」
ご馳走かあ、なんだろうな。俺は正直あのパンにチーズを載せて食べられるだけでも嬉しいんだが……。
よくわからんけど俺は牧羊犬のピッケと一緒に島の数少ない草原へと羊に草を食ませるために出発することにした。
異世界は異世界だが、やっぱり魔法なんてなかったな。
魔法、見てみたかったなあ……。
とはいえ、アンデッドなんか見たくなかったし、まあいいか。
――――老夫婦視点。
もう次に亡霊の風が来たら、終わりだろうな。とは思っていた。
西からの風が、亡霊を運んでくる。
そのせいで、島にいた人々も何人も死に、死体を焼き払ったり海に捨てて、どうにか島の死霊域化を阻止していた。数十年前、ここに来た頃は五百人もいた人口は、もう六人だった。
子供も産まれなかった自分たちを看取るのは、お互いのどちらかだろう。
灯台守の家族も、まだ生きているのだろうか。
時々ミルクやチーズと魚を交換していたが、もう半年も会っていない。
覚悟はしているが寂しかった。共に暮す人間が欲しかった。
もう海の向こうは死の王国だ。死の王が率いる死の軍勢が、生を奪いにやってくる。
死者の主食は生者の魂と体だ。食べることで自らの軍勢を増やし、生息域を広げている。生きていないので、生息域とは呼ばないようになり、死霊域と呼ばれるようになっていた。
「あなた、家の横に怪しいベッドが……」
「なんだと?」
朝目覚めると、見たこともない鉄のベッドに、見たこともない厚いマットレスを敷いた黒髪の少年が気持ちよさそうに眠っていた。
「エルテ、エルテ、エルテ」
「……反応はないね」
死者を苦しめる呪いにも反応しないから、本当に人間なのだろう。
ちなみにこの呪いは、死者に唱えると苦悶のうめきを放つが、それ以上の効果はない。誰にでも使える微妙な呪いだった。
なぜ人間がこんなところに、しかも、ベッドに乗って?
老夫婦には全くわからなかった。
「人間らしいけど、どうしようか、爺さん」
「うーん、とりあえず人間らしいし、話を聞いてみようかね。言葉が通じるといいんだが……」
それが老夫婦とアラタカの出会いだった。
アラタカと名乗る少年はは何も知らない子供だったが、性根は優しく、ひ弱な体なりに頑張って水くみや畑仕事なども手伝ってくれた。夜には老夫婦の肩や腰をマッサージしてくれ、作ったものをうまいうまいと食べてくれる。
それが、本当の子供か孫と暮らしているかのようで、とても幸せだった。
いつしか老夫婦は同じことを考えるようになっていた。
「もし西の風が吹いたら、アラタカを連れて逃げよう」
「そうさね……もう孫みたいなものだからね」
「できれば西の風が吹かないのを祈りたいけどね……」
そこから数ヶ月、穏やかな日々が続いた。自分たち以外の人間のいる生活がこんなに楽しいとは。
毎日ミルクを飲み、チーズを食べているせいか、少年は徐々にたくましくなっていった。最初の頃はバケツいっぱいの水を、井戸から汲み上げるのもきつかった。
その細腕が、今や楽々と何杯も汲み上げることができる。
教えたことも簡単に覚えるし、見たことのない数字を使って簡単に計算もできた。教えれば文字の読み書きもできるのかも知れない。
こんな少年が自分達のもとにやってくるなんて、なんという幸せものだろう。
老夫婦のもとにほのかな希望が産まれていた。
どこか、この子を連れて人間のいる場所に行ければ……そう、ほのかな希望が生まれていた日、それは一瞬にして打ち砕かれた。
西の方向に、漆黒の黒い雲が漂っている。
ただの雲ではない、普通の雲よりも遥かに黒いその漆黒の雲には、亡霊が宿っているのだ。
そこから雨が降れば、作物は枯れ、家畜は病気になる。
もちろん、直に浴びれば人間もただでは済まない。病気になり、一ヶ月は寝込む羽目になるだろう。本当は羊たちを小屋に入れたかったが、急な雲でもう何も出来ない。
そればかりではない、久々に強大な力を持つ亡霊までもが雲とともにやってきているではないか!
「爺さん! 亡霊だよ!」
「くそっ、ついに来ちまったか……! 婆さん、ヤギを囮にしてアラタカを連れて逃げるぞ!」
この日に備えて水袋や雨具、食べ物などをまとめていつでも逃げられるように準備はしていたのだ。こんなところでせっかく授かった子供を喪うわけには行かない。
「アラタカ、早く起きな! 亡霊が来たよ、逃げるよ!」
「仔山羊を柵に繋いでおいたから、逃げる時間稼ぎができるはずだ」
「えっ?!」
アラタカは目覚めたばかりで頭が回っていないのだろう。とりあえず荷物を持たせて逃げなくてはいけない。
「さあ、北の灯台守の家に避難させてもらおう……」
「でも、チョコが!」
「仔山羊はまた来年生まれるから!」
「諦めなさい、ほら、もう仔山羊を亡霊が取り囲んで…………」
そう、生まれたてで生き生きとした命が、亡霊たちの何よりの好物だ。
亡霊たちは自分たちがまっさきにヤギの命を喰らおうと、亡霊同士で牽制を始めている。逃げるなら今だ。
それなのに、アラタカは悠長だった。
「何も見えないけど?」
「えっ、いや、周りを十人くらい、取り囲んでるの見えないのかい?」
「ぜーんぜん見えない」
「ええ……? 婆さんや、見えるかい?」
「見えるねえ……老眼の私の目でも見えるよ」
「嘘だろ……じゃあちょっと本物見てくるよ!」
なんということだろう。ヤギなどのために、あんな亡霊に向かっていくなんて。
「おお、神様!」
「アラタカ、およし! お前の命には替えられないんだよ!」
自分たちの声が聞こえているのか、いないのか。亡霊など見えていないかのようにアラタカは走っていく。
アラタカは亡霊など気にせず、怯える仔山羊を抱き上げ、柵につなげていた紐を解いた。
それを気に食わなかった亡霊がアラタカに襲いかかる。
「ああ!」
「アラタカ!」
思わず目を覆う。今まで何度も見てきた光景。亡霊が人間を取り込み、一気に生気を奪い、しなびて倒れ込む様子。
恐る恐る、覚悟をして目を開くと、アラタカは元気で、亡霊は消えていた。
「何もいないじゃん。なあ、チョコ」
先程まで仔山羊を喰らおうとしていた亡霊は、どこにもいなかった。仔山羊も、自分を取り囲む亡霊が消えたことに疑問を抱き、キョロキョロしている。
しかし、今度こそダメだろう。アラタカの後ろには巨大な亡霊のボス、死神がいた。
「アラタカ! 後ろ!」
「ああ、神様!!!!」
死神がアラタカと仔山羊を食おうとしたその瞬間。
「はあ?」
気の抜けたアラタカの声とともに、死神は一瞬にして光とともに蒸発した。
二人は信じられない気持ちでアラタカを眺めた。何の変哲もない少年が、今まで数千人を殺し、食らったであろう強大な死神を一瞬にして浄化したのだ。
アラタカは仔山羊の頭を何気なく撫でている。
二人は信じられない様子でアラタカを見る。こころなしか、後光さえ浮かんで見える気がする。
「おおおおおおお……」
「あ、アラタカ……! お前は本当に神様のお使いだったんだね……!」
二人は泣いた。アラタカが無事であったことの喜びに。
そして、神が実在し、自分たちを救ってくれた神聖な気持ちに。全てに感謝したい気持ちだった。
「で、亡霊ってどこにいるの?」
アラタカは悠長だった。なるほど、そんな力があれば亡霊など気にも止めるわけがない。老夫婦は納得した。
「もう消えちまったよ……」
「気のせいだったんじゃねえかなあ。いるっていう思い込みが、幻覚を生むって動画でやってたよ」
動画というのはわからないが、アラタカの故郷の教えらしい。その良くわからない何かに感謝しつつ、老夫婦は感謝する。
アラタカと、アラタカを遣わしてくれた神に。
「じゃあ、羊歩かせてこようかな」
アラタカは呑気だった。きっと神様の守りがあるから呑気に生きられるのだろう……。
その呑気さを守るのも自分たちの仕事ではないかと、老夫婦は考えた。
「そうだね……頼むよ、アラタカ。ピッケもアラタカの言うことを良くお聞き」
「私は家でご馳走を作って待っておこうかね、夜はお祝いだよ!」
牧羊犬と仲良く羊を追う少年を老夫婦は眩しく見つめている。
その夜、夕食に出た羊のグリルとスープに、アラタカが絶叫するのを、そのときはまだ二人は知らない。




