派出所
警察学校を卒業しこの県で一番大きな警察署に赴任したが、警察官が沢山いる分父を知っている人嫌っている人が沢山いることがすぐ分かった。仕方が無いことだからただ黙々と働くのみだ。繁華街の派出所に配属されることになったが目の前のことを確実に片づけ一歩一歩前進するのみだ。
卒業式の後直ぐ、予め配属を知らされていた警察署に赴任した。この県で一番大きな警察署で警察官の数が3百人以上いる。最初に着任の申告を署長にした。そして訓示を受けた後外勤課に赴き直属の上司になる外勤課長に挨拶をした後、独身寮に帰り荷物の整理等をするよう言われた。
独身寮に着くと、夜早速歓迎会があると言われたが、それを教えてくれたついこの間まで現任補習科で警察学校に居たあまり感じのよくない先輩が意味ありげに含み笑いをしている。その人と一緒に現任補習科に入っていた先輩達でその人を嫌っている人が結構いるのは分かっていたし、何となく解るような気がする。実務修習で来た時、僕の父を嫌っている人達から聞いた風評だけで、父のことを知りもしないのに僕を敬遠した人達が皆こういう感じだった。
歓迎会には夜勤が無い寮生以外に交通巡視員さんや交通安全協会の指導員さん達も来ていた。僕を含め未成年も居るはずなのに、全員揃ってビールで乾杯。良いの?警察学校は未成年には飲ませなかったけど。
案の定飲み慣れていない人達は加減が分からず早い内から酔っている人も居る。気分が悪そうな女性も。僕は晩酌を欠かさない酒好きである祖父の相手を時々していたのである程度加減できる。おまけに高いお酒を買えない祖父は安い甲類焼酎を愛飲していたのである程度アルコールに対する耐性もある。父親は肝硬変で死んでいるが、元々肝臓が弱かったのか、酷使に耐えなかったのかは不明。
僕に歓迎会の開催を教えてくれた先輩は、巡視員さん達にお酒を勧め続けている。酔わせよう酔わせようとしているように見えるが何か魂胆でもあるのだろうか。この人には注意しなければ。この人は現任補習科が終わったばかりなのに今回の異動で警備課に採用されたみたいだ。地元の国立大学を卒業していて初任科の成績が良かったらしい。
翌朝は二日酔いで気分が悪そうな者が続出。僕達は同期生11人でこの署に赴任したのだが、半分以上が青い顔をしている。独身寮は署から離れていて、買ったばっかりのバイクで通勤するのだがどう考えても酒気帯びだ。でも昨夜一緒に飲んだ先輩達は当たり前のようにバイクで出発している。初日から遅刻はできないので僕達も続いて出発した。警察学校に入る前に普通免許と小型二輪の免許を取得しておくようにとの指導があり皆免許だけは持っていて、初任科卒業前には交通機動隊の指導係が2輪車の運転講習に来てくれはしたが運転に慣れている者は殆ど居ない。先輩達は制服の上からジャンパーを羽織ヘルメットも私物だが、僕達の中には制服姿で支給された警察の代紋入りのヘルメットを被っている者もいる。
何とか事故を起こさず署に着いた。僕達が配属される派出所はすでに決まっているのだが暫くは初任教養で本署の各課を回ることになっている。最初は警務課で、署長室に招き入れられ署長の訓育から始まった。皆の顔色が悪いのに気付いた署長は早々に訓育を切り上げてくれたが、その直後トイレに行くのが間に合わず廊下で小間物屋を開いた馬鹿が居てその後ろを歩いていた僕が後片付けを命じられてしまった。
早速直属の上司である外勤課長に怒られた。その課長はめんどくさい人だから気を付ける様にと夕べ先輩達から言われたばかりだった。何でも40代半ばまで巡査だったのが、その後全て一発で昇任試験をクリアして警部になったらしい。警察は自分の頑張り次第で階級も地位も獲得できるという謳い文句を信じたら、課長は40代半ばで一念発起したことになるのだがそれはどうだろうか。僕の就職指導をしてくれた先生には警察官の兄がいて、頑張れば署長に成れると信じて職務に精励していたが、結局は上司に取り入ってその系列に属した者が昇任していったと言っていた。
その課長がどういう人柄なのかはどうでもいいのだが、僕にとっての問題は課長が僕の父親を酷く嫌っているらしいことだ。父のことを好きな人は見たことが無い。お化けよりも珍しい。だから課長が父を嫌っていても驚きはしないが昔の恨みを僕にとなったら………。でも初対面でいきなり
『お前が土居の息子か。』
だから。
各課を順に回って新任教養を受けた。色々教えて貰ったが特に面白い仕事は無い。今回一緒に赴任した同期生は、刑事になりたい、白バイに乗りたい、音楽隊に入りたい等先の希望がはっきりしている者が大半だが、僕は特に希望が無い少数派だ。でも各課を回って、刑事が一番幅を利かせているみたいだから将来は刑事かな。それだと必ず留置場の看守をしなければいけないらしい。教養期間中留置場の研修もあったが、収容されている癖が強そうな面々と1年間顔を合わせ続けるのも難儀かな。
新任教養中に所属する外勤課の歓迎会もあった。3交代勤務なので各班ごとに。先輩達に挨拶を兼ねて課長に注ぎに行く様に言われたが気が重い。案の定
「父親の真似はするな。」
と言われてしまった。父親の事あまり覚えていないから真似をしろと言われても出来ないのに。それを言うと角が立つくらいは僕にも分かるので、
「はい。」
とだけ答えておいた。
僕が配属されたのは実務修習でお世話になったのと同じ派出所同じ班だった。実務修習でお世話になった主任さんもそのまま。ラッキー!派出所での最初の3ヶ月はずっと主任さんに付いて回り仕事を教えて貰い、その後自分の交通切符等を受け取り単独での勤務になるそうだ。この主任さんなら嫌な思いをせずに済みそうだ。
本署での初任教養が終わり派出所での勤務が始まった。3交代制の当務は朝9時から翌朝9時までの24時間中の16時間が勤務時間としてカウントされて2日分を纏めて働く感じ。翌日は非番、その翌日は月に1回乃至2回、勤務時間調整の日勤があるがそれ以外は休日になる。これを自由で楽しい時間と捉えるか、暇で退屈な時間と捉えるか。給料が安いから自由になるお金が少ないし暇で退屈かな。その時間を昇任試験の勉強に使えばいいのだろうけど、僕に勉強をする習慣はないし。
派出所は1班5人が1組で、僕の班は昔刑事だった主任さん、30代半ばで独身の巡査長、僕達の半年前に採用された大卒の中途採用組、僕達と同日拝命で半年先に卒業した大卒。この署の交番で最も平均年齢が若い班だ。先輩達は誰も僕に対する偏見は無い。有難い。
勤務が始まったが、秋頃までは主任さんと常に行動を共にして指導を受けた。交通違反を検挙して反則切符を切るのも、僕は切符を持たせてもらっていないので主任さんの切符で職務執行をする。主任さんから最初に言われたのは、
『新任だから』
とは絶対言うなという事だった。
『自分は新任であるから分からない、新任であるから処理に時間がかかる』
という言い訳は通じない。市民から見れば制服さえ着ていれば新任の半人前も30年やってるベテランも見分けはつかない。お巡りさんとして頼りにされるのも、ポリ公と呼ばれて嫌われるのも新任とベテランは関係ないという事だった。
僕は客観的に見て自分が気が弱い方とは思わない。母子と年寄りのあまり裕福ではない世帯に育ち結構世間の厳しさを子供の頃から体感して来た。だから警察が相手をする悪い奴等に驚かないし、警察を頼りにしてくれる弱い人達への共感もある。でも田舎の県とはいえ県庁所在地に居住する人達は田舎の人達を相手にするようにはいかない。僕が育った山奥では、駐在さんはお役人様だった。でもここの派出所員はそうでは無い。
赴任して半年が過ぎた。主任さんとは別々の指定勤務がつくようになった。毎当務2時間の交通取締まりが指定され自分の名前で反則切符を交付する。交通違反者には色々なタイプがいる。
違反をした自分が悪いと思う人
単に運が悪かったとしか思わない人
警察の不始末を引き合いに出し話をすり替える人
単に横柄な人
結構疲れる。白バイやパトカーに検挙されたら諦めても、スーパーカブに乗ったお巡りさんに切符を切られるのは腹が立つみたいだ。交通違反者との対応が苦になる僕は交通係には向いていない。やはり将来は刑事だな。
刑事になるなら刑事部門の実績を重ねなくては。派出所での刑法犯検挙は自転車盗だ。というよりもそれしか無い。それと通報で処理する万引きの書類作成を間違いなくきれいに仕上げることかな。派出署員には月ごとの検挙目標数値がある。刑法犯検挙は月1件。通報を受けての処理では無く職務質問による検挙が。でも刑事希望なら最低限ではだめだ。派出所近辺は深夜でも人通りが多い。ピンポイントは無理だけど、下手な職質も数で勝負。
午前中の2時間は巡回連絡。指定の交通取り締まりは午後の場合も夜間の場合もあってどちらかで2時間。行き帰りの時間を考えると3時間。受け持ち区域内の商業施設から万引きの届け出があれば処理し、喧嘩・口論、酔っ払いの処理、道案内に落とし物退屈はしない。刑法犯検挙は専ら夜間の警ら中、手当たり次第に自転車の贓品照会。自分の所管区よりも隣接する学生街を管轄する所管区の方が職質対象が多いので越境して。
努力の甲斐があり毎月複数の刑法犯検挙が計上でき、お世話になっている主任さんや先輩の巡査長に連名をして貰い二人の数値目標達成に寄与できる様になった。主任さんには純粋の感謝。先輩の巡査長は職務質問が苦手みたいで刑法犯検挙の数値目標達成を苦にしている。でも交通違反の検挙数は群を抜いて多い。所管区内に在る公園周辺の道路に駐車している車両に駐禁のステッカーを張り散らし、派出所に出頭してくる善良な市民にだけ青切符を交付して、不出頭のステッカーは交通課に引き継いで完結。周りからは
『貼り魔王』
『貼り神様』
とか呼ばれたり、
『交通巡視員に鞍替えすれば良い』
『巡視員用のスカート貰ったら』
等と言われてもまったく気にしていない。道路交通違反検挙が苦手な僕は先輩の切符に連名をさせて貰うことで交通取締りの数値目標を達成し、先輩は僕の刑法犯検挙書類に連名をすることで刑法犯検挙の数値目標を達成できる。ウイン・ウインだ。周りの人達が批判的なのも分かってはいるが背に腹は代えられない。
毎月1回その月の検挙成績優秀者が表彰されるのだが僕は刑法犯部門の常連になった。その頃になるとだいぶ慣れてきて、自転車・オートバイの職質ついでに裏道で交通検問紛いの事を一人でしていたら酒気帯びや無免許に行き当たった。それを続けていたら、僕は結構当りが良い人間らしく無免許や酒気帯びの検挙が何件もできて交通取締りの実績も上がってきた。検挙件数自体は少なくても、酒気帯び、無免許はポイントが多いので。
派出所勤務が2年目に入り後輩がやって来た。中途採用の先輩と同日拝命の大卒の人が本署の機動警邏と警備係になり、機動隊から来た先輩と初任科を出たばかりの後輩がやって来た。一人は警察官が60人位しかいない警察署に新任で行ってその2年後に管区機動隊に配属された人で、この派出所の忙しさに面くらっている。実務修習でこの署の派出所を知ってはいるみたいだが自分の責任で事案処理をした経験が少ないし、2年間機動隊で警備実施とその訓練だけをしていて軽く浦島太郎かな。
もう一人は後輩とはいっても僕より年上だ。初任科の年次としては後輩だが、警察職員としては先輩になる。警察事務担当の職員として採用されこの署で勤務していたが、警察官との処遇の差を感じて僕と入れ替わりで初任科に入ったらしい。噂では結構世慣れしている人らしい。
主任さんが機動隊出の先輩のリハビリを手伝えというので僕の自主検挙に同行して貰うことになった。巡査長の先輩が交通の検挙を担当し、僕が刑法犯検挙を担い、主任が派出所の番と書類の点検をすると言う分業体制が出来上がり僕達3人の数値目標も班全体の数値も水準以上を維持できている。特に下手も打っていないので口うるさい課長も文句を言わない。次の異動で留置係になるためには課長の意見が大きいはずなのでこの状態を維持しなくては。
後輩の新任教養が終わり派出所で勤務をする様になった。うーん、一寸困った。今は主任が連れて歩いているが秋頃から独り歩きができるのだろうか。僕が現任補習科に入っていた時初任科に居たはずなのだがこの後輩のことを思い出せない。一口で言えば
『何を考えているのか分からない』
分かりにくいのではなく、分からない人物だ。
機動隊から来た先輩は徐々に馴染んできている。機動隊を満期除隊した人はその功労で移動の希望が聞き入れられ易いと聞いたことが有る。勤務地も職種も。でも先輩はそこらが良く分からない。この署を希望していた訳では無いみたいだし専務の希望先も無いみたいだし。でも分からないことは積極的に聞いてくるし周りに馴染もうとしているのが良く分かる。
秋になり恐れていたことが現実になった。主任が後輩を警らに連れていく様に命じてきた。主任も3ヶ月連れて歩いて持て余したみたいだ。いやだけど断れない。主任の話では、教えても伝わっているかどうかが分からない。分からないことが有っても聞かない。どうして欲しいのかを聞いても答えない。遠慮して答えないのではなく自分がどうしたいのか、如何するべきなのかを分かっていないらしい。本人としては一応何年か一般職として警察署で勤務をしたので仕事が分からないとは言えないらしい。一緒に来た同期生に聞くと、
『自分は警察の先輩であり警察官の職務など簡単にこなせるので一線に赴任しても苦労しない。』
と言っていたみたいだ。
僕だけでは不安なので機動隊から来た先輩も誘って3人で裏道のミニ検問をすることにして、主任に午後11時から3人一緒の警らを勤務予定に組んでもらった。始めてすぐに通りかかった原付を止めたら酒気帯びで無免許で乗ってる原付は贓品というフルコースの悪人がやって来た。僕と先輩が飲酒検知をしたり贓品照会をしている間後輩は少し離れて黙って見ている。酒気帯びと無免許で現行犯逮捕して、派出所の近くだったので歩いて連行することにしたのだが、後輩に原付を持って帰る様言おうとしたらもう勝手に帰り始めている。仕方がないので先輩が原付を押して僕が被疑者を引っ張って派出所に帰ったら後輩は主任に逮捕の報告をしていた。主任は怪訝な顔をしている。
主任が、
「先輩らが被疑者連れとるのにお前一人で帰ったんか?」
と後輩に聞くと、
「はい。早く主任に報告をと思ったので。何でも速やかに報告せいと主任に言われてたので。」
皆呆れて口がきけない。後日検挙実績を5人の連名にしたら、
「主任も先輩も現場に居なかったでしょう。」
と不服そうだったので、
「お前も現場で何もせんかったやろうが。名前外すならお前が先や。」
と言ったのだが、分かって無さそうだ。
それ以後は主任も僕達に悪いと思ったのか後輩を連れて行けとは言わなくなった。自分から行きたいと言うタイプでは無いのがせめてもの救いか。機動隊から来た先輩は慣れてきたらどんどん検挙実績を上げ始めた。後輩以外の4人は以前の様にお互いの苦手を補いながら数値目標をクリアしたが、後輩は見るも無残な実績で係長や課長に嫌味を言われているがあまり堪えている様には見えない。主任が後輩の駄目なところ、使えないところを係長に説明してくれているので僕達が怒られることもないし。
その年度の終わり頃係長から次の異動で監守勤務にという打診があったので喜んでお受けした。主任と係長が推薦してくれたので課長も異存はないそうだ。刑事関係者、特に盗犯係からは検挙実績良好の僕をという声があったらしく、父親のせいで僕が偏見の目で見られるのは可哀そうとの声もあったそうだ。有難いことだ。




