十一章《一節 西へ北へ今より先へ》1
漠然とした、広い景色。
そこを、西へ西へと二人で歩む。
進むうちにひび割れ枯れた大地は、徐々に生命の湿り気を帯びてきた。砂ではなく、土の湿度のある香りがする。
背の低い草が生い茂り始めたかと思えば、腰ほどの高さの木々が徐々に増えてきた。
更には、オルグレンの背の高さを超えるような樹木が、伸び伸びと枝葉を伸ばすようになってくる。
日ごとに変わる景色の中。
今日もまた朝から歩いて暫し……小休止として、木の影に立ち止まる。
その木に実がなっているのを見つけ、オルグレンは季節の移り変わりを感じた。
「爛心木だね」
オルグレンが眺めていると、横からロゼが見上げて言う。
まだ陽射しが強いため外套を頭から被ったままであるが、布地の下から覗く顔には、既に体調を崩していた頃のやつれはない。
キグナと別れて、既に片手以上の日数が経過している。
ふと落とし穴と呼ばれる集落でのことを思い出し、オルグレンは、笑いに歪みそうになる口元を手で覆った。
あの兄姉なる者との約束の後、ロゼはすぐにでも西へ行こう、旅を再開しようと言い出したのだ。
遅れの挽回と、新たな道を探すという約束のために、思わず心を逸らせてしまったのだろう。
それをオルグレンは、あれほど腹を立てていた相手であるキグナと共に宥めた。
互いに少し妙な構図であることに気づき……共に笑い、数日ほど集落で厄介になることが決まったのだ。
その出来事が、脳裏をよぎる。
笑いをかみ殺すオルグレンに対し、ロゼは首を傾げる調子だった。
どうとも理由を答えられずにいれば、余計にロゼの首が傾く。
彼の首が回ってしまう前、ほどほどのところで、オルグレンは誤魔化すべく指をさした。
その先――ロゼが爛心木と呼んだ木には、たわわに指先ほどの実がなっている。緑の先がほんのり赤く色づいたような身だった。
「この木を知っているのか?」
オルグレンは軽く聞いた。
少年は気を取り直したのだろう。
「うん」
「お前は木にも詳しいんだな」
思わず木を見上げながら言うが、その姿はオルグレンにはやはり馴染みがない姿だった。
「少しはね。とはいっても、成っている木自体を見るのは私も初めてだけど」
この辺り特有の樹木で、書物で見たと白い流れ人が言う。
その上で、彼は少し遠くを見るような顔になった。
「……ゼオンが、この実を炒ったものが好きだったんだよ」
少年がぽつりと零した。エーイーリィに交易品として運び込まれたものをよく買っていたのだと。
剣聖ゼオン……自身のことさえ曖昧なオルグレンであっても、記憶していたその勇名の人。
ロゼがもう一人の師だと呼ぶその人のことを、オルグレンは聞いていた。
行方不明――、恐らくはもう逝っているのだと。エーイーリィの戦況が苦境の色を濃くした頃、混乱の中で怪我を負い戦線を離れ、そのまま帰ってこなかったという。
「ゼオンは、お酒に合うものが好きだったから」
思い出す調子で言うロゼが革帯の小物入れを探る。そして、小さな袋を取り出した。
「その炒りものの実物がこれだね」
それは集落を出る際に、住人から頂いた薄緑色の堅果だ。
硬い殻を剥き、炒ったものを持たせてくれた。
彼はそれを取り出すと、パラパラと幾らかをオルグレンの手のひらに乗せた。
受け取ったそれを口にする。咀嚼すれば、薄い塩味と香ばしさ、油脂のもたらすまろやかさが口に広がった。
ロゼもそれを口へと運ぶ。
堅果の類は行動食として、口にしやすい。休憩や移動しながらでも食べることが出来、そうして食べていれば疲れやすさが異なってくる。
炒った香ばしさ。薄皮の塩気と、実の柔らかな食感。
それらを楽しみ、少し水筒から水を飲む。
他愛ない会話をし、そろそろと歩き出そうとした頃……
「ねえ、オルグレン」
ロゼがそう声を掛けてきた。
雑談の時とは、少し趣の違う声。
それにオルグレンは振り返った。
「どうかしたのか?」
「……そうではないのだけれど、ちゃんと言っておく方がいいかと思って」
ロゼの言い分に、オルグレンは首を傾げるしかない。
ややあって彼は、少し息を吸ってから言った。
「――ありがとう。ずっと……本当に、君には色々としてもらってばかりだから」
ちゃんと言わなければと思っていた、と少年が自身の手を握りしめながら言う。
その言葉に、オルグレンは思わず微笑んだ。
「ロゼ、いつも言っているだろう。色々としてもらっているのは、俺の方だ」
――ありがとう、と。
そうと口に登らせれば、オルグレンの胸には渇ききった荒野でのことが過っていった。
色々と、本当に色々なことがあったと振り返る。
それでもまた友と歩き出せることを、オルグレンは輝きを持って感じた。
そして、これからも歩み続けたいと思う。
そう彼は本当に願っていた。――心から。




