表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十章〈兄姉なる者〉
92/123

十章《五節 二律背反》1

 

「……もう(おれ)の方から、解放の力に触れないことを誓う」

 キグナが、先ずそう言った。


 大部屋……集会場と言ってもいい。

 壁に掘られた小さな穴や、台の上にある灯明皿、蝋燭に火が灯されていく。灯油も蠟燭も、植物から作られたものらしく、わずかな白煙と共に、温度を感じる香りが揺らいだ。

 小さな明かりたちに照らされたそこは、広く静かな空間。

 床は色彩こそ乏しいものの、丹念に織られた毛織物の絨毯が敷かれている。


 大穴の底――その周囲の横穴にある部屋だ。

 対話を、と。

 オルグレンは自らそう言った。

 そして自身の提案であるそれを行える場所を求めて、住人たちに願った。

 その結果、案内されたのが、集会に使うというこの部屋だ。


 そこにあった座を寄せオルグレンは、キグナとロゼと共に車座となって腰を下ろした。この場へと案内をしてくれたザラハは、明かりを灯したあと、いつの間にか静かに部屋を辞してくれている。


 そうして落ち着いて――まず、口をきいたのがキグナだった。

 ロゼの意志を無視し、役目を果たさせるようなことはしない、と。


 それを聞き、オルグレンは少し肩の力を抜いた。

 先ほどは止めに入ることができたが……キグナが本当に、無慈悲に振る舞うのであれば、やりようなどいくらでもあるのだ。それを自らの口で行わないと、誓ってくれた。

 もちろん、口ではそう言いながら……という疑念もないではない。


 オルグレンがちらりと目を向けると、ロゼが小さく頷いた。

「彼は、もうしないよ。……その、……君は精神感応、こころの繋がりを知っているんだね……?」

 僅かに口ごもりながらロゼが言う。


 オルグレンが頷けば、少年が目を伏せた。

 そして続ける。

「……私はそれをうまく扱えないけれど。……ここ数日少し練習したおかげで、こころの雰囲気みたいなものが分かる。彼が言っていることは、本当だよ」

 やはり明かすことは躊躇う調子だが、ロゼが言い切る。

 それを感じつつ、オルグレンは彼に顔を向けた。

「……わかった、俺もそう信じる。だが、話す前にまず聞きたい。ロゼ、お前は元気か? 苦しくないか?」

 問う。

 それへの返答は、案の定……

「……大丈夫だよ」

 何でもないよ、問題はないと、ロゼが答える。


 聞いて、オルグレンは少し沈黙を置いた。

 再開時点でも優れなかった顔色は、ここまでの出来事での疲れが出たかさらに悪くなっている。明かりのせいか、頬が少しやつれた印象だ。

 オルグレンは言った。いや、言い直す。

「悪いが……今日から、今ここから、誤魔化しはなしだ」

 これには、ロゼが眉を寄せた。

 構わず続ける。


「今回の件で、俺はお前とちゃんと話せていなかった事を悔いた。お前の事を、何も知らなかったんだとな」

「…………でも、……」

 短く、ぽつりと言ったままロゼが黙る。

「言ったところでどうにもならない。きっと重荷になる、迷惑をかける……」

 オルグレンはぎょっとその方を見た。それを言ったのはロゼではない。キグナだ。

「――意趣返しだ」

 彼はそれ以上口を挟むつもりはないらしく、肩だけをすくめる。


 オルグレンは、一度息をついた。

 ロゼが思わぬところから受けた反撃に、顔をしかめている。

 ロゼとキグナを視界に映し、オルグレンは始まりの種族の意思のやり取りの仕方を、少し恐ろしく思う。

 とはいえ、今はこの上ない助けであることには違いない。


「――もしも、彼が言った通りなら。ロゼ、それは違う」

 オルグレンは告げた。

 少年がそう感じているのだと、ようやく知ることができたからだ。

「確かに、わからないかもしれない。あるいは、共に苦しむだけかもしれない。――だがな」

 オルグレンはしかとロゼを見て言った。


「分かち合いたいんだ。それに、俺は、無手だ。帰りたいという衝動はあれど、過去も何も……荷物を抱えていない」

 一度言葉を切り、ゆっくりと告げる。

「だから――、分けてくれてもいいだろう?」

 オルグレンはそう伝えた。


「すぐにすべてを言ってくれ、とは言わない。だから、まずは小さいことで構わないから聞かせてほしい」

 ロゼは、やはり沈黙する。

 唇を内側から咬むようにして黙り……長いような短い時間の後、彼は大きく息を吐く。

「……三日ほど前まで、熱がでて寝込んでいたのだよ。もうだいぶ良くなったけれど、まだ前のように動けないね」

 キグナ達に介抱をしてもらった、とロゼが言う。

 どこか報告のような言葉だった。


「すこし体に重さがあるけれど、辛いというほどではないよ」 

 言い終わって、ロゼが視線を上げる。こういうことかと、尋ねるような少し頼りなげな顔だ。

 それへ、オルグレンは大きく頷いて返した。

「ありがとう。――これからしばらく話をしたいが、体が辛いようなら言ってくれるか?」

 ロゼが頷く。それを見やり、オルグレンはキグナへと向き直った。


 キグナの方も僅かに居住まいを正す。

 そうしてまず、オルグレンは先に口を開いた。

「初めに聞きたい。狼 竜(アダ・エレズ)キグナ」

 対話をと向き直ったものの、呼びかける声は隠しきれない硬さを帯びてしまう。


 それを承知でか、だが構うことなくキグナが応じた。

「――何なりと」

「ロゼの事は、解放してくれるということでいいか?」

 もう危害を加えないか、と。

 オルグレンが初めに問うべきと、考えたのはそれだった。


 問われたキグナは、金色の瞳を床の方へと這わせる。

 その沈黙は迷いよりも、何か整理をつけるようなものを、オルグレンは感じた。

「解放する。そして、約束しよう。危害は加えないと」

 しっかりとした言葉。

 それを言い、キグナが顔を上げる。

「だが、(おれ)たちにも事情があった。それだけは言っておきたい」

 静かな、だが深い意志のある言葉。

 その中で無数の灯明に浮かび上がった影が震え、オルグレンはロゼが肩を跳ねさせたのだと感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ