十章《四節 強行》2
「再会は終わったな」
キグナは努めて平坦に声を掛けた。
そうして、ロゼの旅の連れ――オルグレンを見やる。
彼は接近を感じるや否や、体ごとでキグナに向き直った。
そうして、視線に力を乗せている。それは青い冴え冴えとした双眸だった。
恐れを知らぬ……いや、危険を知ってなお挑む者の目。
人間にはキグナの狼 竜の力を防ぐ手立てなどない。
なにせ、本来の姿で使えば、瘴禍さえも縛る力だ。
にもかかわらず青年は、怯えるでも震えるでもない。守ると言わんばかりに、一歩前に出る。
その様にキグナは、屈しない気高さ、というものを見た気になった。
とはいえ、
「本題に入るぞ、……ロゼ」
キグナが呼びかけると、思考を切り替えようとしてか、ロゼが頭を振ってから顔を上げる。
その眼はキグナを見返していた。
今までよりもしっかりとした、陽射しのような透明な光を宿した視線。
それを確認してから、キグナは動いた。オルグレンへと手を向ける。
「役目を果たせ。でなければ、こいつを殺す。そのためにここに呼んだのだからな」
心を決めキグナは、きっぱりと言った。
オルグレンの方は騒がない。
その覚悟の表情が物語る通り、恐れもなく、うろたえもしていない。そうであるのならば、仕方がないとでも思っているのか……キグナには計りかねた。
ただ、青年は子供の方をちらりと見る。
そして、視線を向けられたロゼが動いた。
「――キグナ。あなたが、そうするのなら……」
子供は半曲刀を引き抜く。
そうして、それの切っ先を迷わずに向けた。キグナへと。
「私は知ってるよ。……あなた達が、こうされたくないと思っていることを。何よりも恐ろしいと思っていると」
ロゼの言葉は、こころの繋がりの中で見てきたことを指している。
鋼で命を失うことと、解脱。
どちらもキグナという存在が失われることは同じだ。
それでも、違うのだ。始まりの種族が切望する消滅は、あくまで静かなもの。
無残な死は、……もう飽きるほど経験している。
よく知っていると、キグナは内心で舌を巻いた。
「それに――、偽りだ。……あなたはそうする気がない」
一転して剣を納め、ロゼが言う。
「そのつもりであれば、あなたは手を掲げた時点でオルグレンを拘束しているはずだ。もっと言えば、私の武装だって許すはずがない」
言ってロゼは、ちらりとオルグレンを見上げた。
そして更に言い募る。
「ずっと、オルグレンが生かされてるのが不思議だったんだ。傭兵達は始末したのに」
薄赤い目が、キグナを見た。
その視線に、見透かされた心地が浮かぶ。
あの時そうしたのは――、彼らが追われ、荒野を彷徨う様子を観察していたからだ。 彼らが助け合うのを見ていた。
だからこそ、抵抗のみを奪い、それ以上は危害を加えなかった。
ロゼが続ける。
「……あなたは、きっと身内に非道ができない人だ。少しでも連なりを感じたら、殺すなんてとてもできない」
言葉を聞き、キグナの唇は歪んだ。
的を射られ、ああよくわかっていると、この洞察に笑う他なかった。
故に、手を下ろす。
――全く、その通りなのだ。
それでも、心を捨ててでも、生き残ってしまった始まりの種族たちに安寧をあげたかった。
少しでも早く。
彼らが、瘴禍の生き残りや、人間たちに害される前に……。
キグナは自身を呪った。なんと情けない者だろうか、と。
一方で、
「ロゼ。お前は、……彼を許しているのか?」
オルグレンが口を開く。
「……私は――」
「いや、」
ロゼが青年に答えようとしたのを、キグナは一言でもって制した。
「我のことは許さなくていい」
身動きはしなかった。だが、別の意識を動かす。
隠世から、現世へと干渉する。
キグナの視界に、オルグレンがはっと顔を動かすのが映った。
記憶が無いという青年は、やはり現世との繋がりがわずかに曖昧なのだ。それは即ち、隠世と通じていることを示す。
故に、彼は見えるのだ、現世を歪める力の動きが。
知りながら、キグナは構わず続けた。
こころの繋がりだ。キグナはそれを、ロゼへと繋げた。
途端、子供が顔を顰める。
さらに深くへと至るための繋がりの中で、キグナには何かを懸命に抱えて隠す子供が見えた。
そのこころの抵抗こそが、やはり苦しみの要因なのだと感じる。
先ず見えたのは激しい――子供自身を含めた、人間への嫌悪。血に塗れた殺意。鋼を幾重にも連ねた、怒り。
それらをキグナ……いや、始まりの種族に触れさせたくないという思いを同時に感じる。
そして、慕った人間が得た、永遠の安息。置いて逝かれたことへの、心が細くなるような心地。
そして安らかなる顔を、自らの手で壊さなくてはならなかった、名状も形容もしがたい手応えと、心が裂ける感触。
その奥に――隠そうとする中に垣間見えたこと。
自らの行いで鷲獅子を死に追いやったという罪の意識、恐怖。
それを見とがめられたくないと恐れる、幼い願いと深い傷。
今はっきりと感じ……、キグナは束の間、自身が迷うのを感じた。
やめてやりたい、……だが、と。自身へと念じる。非道であれ。恨まれて構わない。元々その覚悟で始めたことだ。
だから、同族には決して使わぬ技を使うとキグナは決めた。
精霊母では、決してそのようには振舞えない。
鷲獅子のわずかな生き残りにしても、彼に厳しくはできないに違いない。
万象父であれば、あるいは成せるかもしれないが……それでも最後は健やかなるを願うに違いない。
なにせ、この子供は始まりの種族こそ、穏やかに生きて欲しいと願ってくれているのだから。
兄姉なる者である己しか、この子供に苛烈には振舞えない。
だから……




