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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
一章〈名もなき目覚め〉
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一章《三節 接触》1


「人がいる。槍と剣、馬で並足。――念の為だ、少し待っていてもらえるかい?」

 流れ人のロゼが振り返って言う言葉に、オルグレンはしかと聞こえたことを示して片手を挙げた。

「承知した。気をつけてくれ」


 その上で、オルグレンは牛車の御者カマスに顔を向けて問う。

「あの先は……?」

 流れ人が見ているはずの地形が気になったからだ。

 乗りこんだ牛車からでは、丘の先でロゼが見つけたという人を見ることができない。 

「見通しのいい下り坂ですよ。低い草以外、特に影もないから、しばらく先までよく見えます」

 穏やかな顔に今は強張った表情を浮かべ、カマスが答える。

 魔物ではなさそうなことはよいものの、それでも武装した者が近づいてくるというのは恐怖心を煽られる。


 しかし、カマスの返答を聞き、オルグレンは少しだけ肩の緊張を緩めた。

 ならば、ロゼが適任だ、と胸中に呟く。なにせ彼は弓を持っている。

 弓矢は槍と剣よりはるかに長い射程を持つものだ。オルグレンはロゼの射手としての腕前を知らないが、きっと大丈夫だと確信していた。

 手にとって見たわけではないが、傍目にもロゼの武装には風合いがあり、いずれもよく使い込まれているのが見て取れたからだ。


 そう強く思い……、一体自分は何を考えているのか、と首を傾げる。

 オルグレンは、船人だ。そうと思える情報以外持ち合わせていない。

 だが、甲板の仕事をしろ、と号令をかけられても動ける気がしなかった。むしろ、今の方がするすると頭が回っている気さえする……。


「大丈夫ですかね……」

 御者に不安気な声で聞かれ、オルグレンは、意識の焦点を取り戻した。気づけば、御者も船人もオルグレンを見ている。

「なあ、賊じゃねえよな?」

「違う、……と思う。それだったら彼は身をさらしていないはずだ」

 船人の言葉にオルグレンは、首を振って答えた。

 ロゼは小高い丘の上で、特に身を隠したりなどはしていない。薄くあたたかい風に、白く長い髪を撫でられるままにしている。


 あからさまに武器を構えたりなどは、していなかった。

 とても自然体で流れ人は立っている。そうでありながら、目に見えぬ冷たい糸のような雰囲気があり、オルグレンの眼には、彼がいつでも弓を構えられる姿勢であるように思えた。


「俺たちにできるのは、彼の邪魔をしないことだ」

 ……静かにしていよう、と。荷台の上に座したまま、オルグレンがそういえば面々も理解してくれたらしい。

 落ち着きなく浮かせていた腰を、皆荷台へと落ち着け直す。


 やがて――

「我々はルキフの兵である。そちらは旅人か、それとも難破船〈風の女神号〉の者を救ったという村の者か」

 声が聞こえた。離れていても聞こえるよう、大きく響かせんとする声だが、怒鳴るような強さはない。

 なにより、〈風の女神号〉――それは沈没した船の名前だった。

 あえて口にされたそれは、あらかじめ伝書鳩で打ち合せた符丁だ。

「村の者だ、私は護衛役のロゼ。村長の名代、カマスが共にある」

 同じように、こちらは透き通った声でロゼが答える。


 こちら側の符丁は、村長の補佐であり御者であるカマスの名前だった。

 本来の予定では街に入ったとき、よそ者と紛れぬよう使う予定だったはずだ。だが、何らかの予定の変化があったのか。

「ご苦労である。しばし待たれよ」

 あちらも間違いない、と確信したようだった。ルキフ兵が大きく答える。そして、ほどなく腹を蹴られた馬の駆け足の音が近づいてきた。

 

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