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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十章〈兄姉なる者〉
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十章《三節 キグナ》2


 自身が住処としている横穴へと入る。

 岩をくり抜いた空間を幾つか抜けると、その部屋があった。


 そこにあるのは白い姿。

 キグナが中を伺うと、ロゼは寝台にいた。綿詰め(クッション)を背に当て預けてはいたが、背筋を伸ばしている。

 長い白い髪と、伏せられた薄赤い目。

 それは何度見ても、キグナに鷲獅子(ルー・ルアハ)の白銀の姿を思い出させる。


 キグナは、目を伏せた。

 初めは腹を立てたのだ。末弟の力をもらい種族に連なっておきながら、自身の役目を果たさぬ、その子供に。

 だが、それはなぜと探ろうと、こころの繋がり――精神の感応から、無遠慮に内に入り見たもの……

 知らなかったのだとしか、彼は言葉がなかった。


 人が人を襲う光景と、炎、血と臓腑、謝罪を泣き叫ぶ、幼い子供の記憶――。

 判然としない部分も多い酷く混乱した……、胸を引き裂かれるような、まだ生々しいこころの疵。


 そして、その子供に刻まれた鷲獅子(ルー・ルアハ)のこころとも感応し、キグナはそれを見た。

 胸に受けた矢傷から、息絶えようとしている子供。

 それがあまりに辛いと、震える弟妹なる者達のこころは、魂から小さな命を助けたいと、ただそれだけを願っていた。


 それが行きついた先が、鷲獅子(ルー・ルアハ)が神から頂いたものを手放し、子供に渡す光景だった。

 つまりは、力の譲渡。

 人間という器に、神秘という力を注いだのだ。

 かつて、幼 神(エル・ツァイル)が、始まりの種族を作った工程と同様に……。


 それが子供の魂を修復し、命を再び動かした。

 髪の色も、目の色も鷲獅子(ルー・ルアハ)を受け継いで変わり――結果、生じてしまったのが、人であって始まりの種族に連なる者。

 現世と隠世の狭間にある者……。


 キグナは五年前のその日、多くの鷲獅子(ルー・ルアハ)が失われたことは知っていた。

 それでも、遠いつながりであるために、解放の者があのような形で生まれたとは……、仔細までは感じられず、また考えきれていなかった。


 そして、あの時何が願われていたのかも……

 ――死なないで。どうか、生きて。生きて。

 弟妹なる者たちの胸を切るような叫びは、キグナの奥底に何度となく響き渡っていた。


「……キグナ」

 声を掛けられ、キグナはいつの間にか逸らしてしまっていた顔を、ロゼへと戻した。

 子供は力を抜くように、正していた背を綿詰め(クッション)へと崩す。

 その動きは緩慢であり、顔色もまだ優れない。つい二日ほど前まで、その子供は高熱を発して朦朧としていた。無理もない。


 体が弱っていた所に無茶を重ね……、それを更に追い詰めてしまったのは他ならぬキグナ自身だった。


「落ち着いたか」

 キグナは努めて平静のまま言った。

 そして目顔で促す。

 その意味を解したか、

「うん」

 ロゼが頷き、寝台から床の敷物へと座り直す。


 その子供の前に、キグナは籠を置いた。

 中から取り出すのは器だ。

 ほんのり温かい陶器の中は、大麦と乳を煮込んで作った粥で満たされている。


「……頂くよ」

 短く断りを入れるロゼへ、キグナは頷きを返した。

 子供はここの者と同じく、幼 神(エル・ツァイル)への食事の祈りをしない。代わりに目の前の者や作った者へと感謝する。


 キグナは同じ籠に入った棗を取り出し齧った。彼はその実をあと一つか二つかで事足りる。

 しかし、ロゼの食事は人と同じだ。

 とは言え……、やはり体調が戻りきっていない。だいぶ食べられるようになってきたようだが、粥が半分も減らないうちに匙が鈍った。やがて止まる。

 人間は食べなければならない。食物をさほど取らずとも体が維持される始まりの種族とは違うのだ。

 弱った体を回復し、体力を取り戻さねばならないとなれば、尚のこと。

 

 それがわかっているからか、ロゼが押し込むように粥を口にしたが……、身体が飲み込んでくれないのだろう。残った粥を前に子供が息を吐いた。

 

 放っておけば、体の状態を無視し強引に口にしようとする。

 少し前の食事の際学んだそのことを思い出し、

「無理をしては、意味が無かろう」

 キグナは籠に添えられた茶を注ぎ、片手で差し出した。

 もう片方の手で、粥を渡すように促す。

「……ありがとう」

 ロゼが小さく言った。


 あとは、前の食事と同じだ。その時よりは食べ進められ、幾分かは軽くなっている器を受け取る。そして、キグナは残りを口にした。

 特に必要がないとはいえ、集落の者が懸命に作っている糧を無駄にする気などない。


 そうしてしばし無言で食事を取り……

「――そういえばさっき」

 ロゼが言う。



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