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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十章〈兄姉なる者〉
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十章《二節 解放の者》2


 キグナとの接触以降、ロゼはまた意識を保っているのが難しくなっていた。

 意識が途切れてしまう。そこに眠りの安息はなく、いつまでも目覚めているような、休まらない感覚だけが降り積もる。


 何度も、何度も夢と呼ぶには鮮明な過去を垣間見――

 そして、魂を裂かれて目を覚ます。

 

 その意識の明滅の中。

 幾度目かでロゼは自身が横たわるのが、いつの間にか寝台に変わっていることに気がついた。

 そう幾分かはよい状態で寝かされているものの、体調は良くない。

 熱感と寒さに同時に苛まれ、起きては気を失う体たらくであることに進展はない。

 

 その中で、誰かが近づくのをロゼは気配で感じた。

 だが、接近を感知できたと言っても、対応が取れる訳でもない。

 身動ぎすらままならないのだ。


 ――戦うことも、何もできない。

 もしかすれば、もう二度と……。その考えがよぎり、声を上げたくなる。しかし、喉すらロゼの思うようには動かなかった。

 ただ砂のように乾いた、整わない息が漏れるだけだ。

 

 その自身の体を動かされるのを、ロゼは途切れ途切れに認識した。 

 肩を支えられ、少しだけ上半身を起こされる。

 放っておいてほしい、と思わず願った。外から体を動かされるだけで発熱した全身が痛む。

 どうすることもできないまま、仕方なく喘ぐように息を繰り返した。辛さを和らげられそうな手段が他になかったからだ。

 

 そして瞼を上げることさえできず、ただされるままになるしかない。

 起こされ……、口に器を当てられる。

 息を繰り返す口に、わずかずつ与えられるのは液体。

 味もわからないそれを飲み下しつつ、ロゼはふと師を思い出した。


 起きることもままならず、世話をされることから蘇るのはサクラス、そしてゼオンの姿だ。


 故郷を失い、家族を失った……あの出来事からそう経たぬうちに、ロゼは彼らに拾われた。ベイセルと遭遇したのも、その時のことだ。


 再び横に戻され、人が立ち去っていくのを気配に感じながら、ロゼはとりとめなく、浮かぶままに記憶を追った。

 あの時は……、と胸中に呟く。

 そうして、心に過ぎ去るのは、師に拾われる少し前のこと……


 鷲獅子(ルー・ルアハ)たちの遺骸と共に運ばれたらしく、ロゼが目を覚ますとそこはクゼリュスの首都だった。

 どこへ来たのかも、何が起こり、これから何が起こるのかもわからない中。

 ただ見知らぬ広場に、家族たちの遺骸が横たわるのを見た。

 あたたかかったはずの白銀の体が、氷よりもひんやりとした塊と化している。


 ロゼは鷲獅子(ルー・ルアハ)の体を揺すった。

 何度そうしても、身じろぎすらしてくれない。翼の下に抱いてくれることもない。

 それでも、何度も何度も家族の体を揺すった。

 大丈夫と言って欲しい、どうしたのかと問うて欲しい。

 そして何よりも、ロゼは謝りたかった。自分が――、自分のせいで――と。

 しかし、返事はない。温めてくれることも、ロゼの言葉を聞いてくれることもない。


 それでも、何度も揺すった。ロゼは恐ろしかったのだ。

 知らない上等な服を纏った大人たちが話す、その言葉が。鷲獅子(ルー・ルアハ)の遺骸をどう加工するか。肉は食えるか、毛皮をどう剥ぐか、爪はどうする、牙はどうする……その声につぶされそうになる。


 怖くて、逃げたくて、……と、ロゼはゆっくりとまた眼裏に映る当時を追った。

 どうにかしたいと願いつつも、どうにもならない。

 このことは幼くともさほど経たずに理解ができた。


 かといって、家族たちをそのまま残していくのか。

 この見知らぬ広場を家族たちのお墓にするのか。

 それは哀しく、――考え抜いた末。ロゼができたのは、鷲獅子(ルー・ルアハ)たちの立派な鉤爪で、自分の腕を引っ掻くことだった。

 彼らが居たという証を残したい一心。

 それで必死に深く傷を作った。消えないように、共に在れるように、――彼らにふさわしい眠りの場所へ、連れて行けるように……


 ふっと過去から離れ、ロゼは目を閉じたまま自分の腕を抱いた。

 前合わせの緩い衣……、いつの間にか着替えさせられた袖を手さぐりにめくる。すると、腕に傷跡を感じることができた。

 それは自らに刻んだ、家族たちの仮の墓……。

 自らへ残した、家族が確かにいたのだという証……。


 よくするように、その歪になった皮膚を指でなぞる。すると家族達の身の暖かさが、ぼんやりと染みるように思い出された。

 ロゼの口からは、自然と小さな息が漏れた。そのまま、腕を抱いて体を丸める。


 そして、彼は記憶か、夢か、曖昧なものを見た。

 純白の毛皮と翼が、肉と分けられる悍ましい光景。

 ……そこから走って逃げ出し、……逃げ出した先で、ベイセルにつかまり、ゼオンとサクラスに拾われた出来事。


 そのゼオンに抱えられ、クゼリュスの首都を離れる間、朦朧としていたことを思い出す。

 彼の大きな手が、幼かった頃のロゼにとっては怖かった。家族達を、集落の人々を切り裂いた手と同じにしか見えない。

 ウルローグやダグエルを初めとした大人たちも……。

 怖くて、心細くて、これからどうすればいいのかが分からなかった。


 ――何がしたいのかさっさと決めろ。何もわからなかった中に、ロゼはサクラスの言葉から形を得た。

 一度死に、鷲獅子(ルー・ルアハ)から与えられた命で目覚め……それで何がしたいのか。


 ロゼは、自分がどういった者になったのか、分かっていた。

 始まりの種族達を、その力を、器を……彼らのすべてを無に帰す力。

 再び目覚めたとき、それがいつの間にか魂へと刻まれているのを感じた。

 故に役目を知っている。

 

 とはいえサクラスの言葉に、その役目があるとは答えることはできなかった。

 思ったのだ。

 消えてなくなるべきは、始まりの種族たちではない、と。

 消えてなくなるべき者は――


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