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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
九章〈ツァーカの荒れ野〉
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九章《三節 災いの刻》2

 そして――

 事が大きく動いた。

 

 敵はもう十分だと判断したのか……或いは、弱った様子を見せないことに傭兵団が焦れたか。

 風の強い日。雲が流れ、陽射しは幾分かは緩かった。

 その日横たわる街道へとやむを得ず出た途端、敵に囲まれた。その囲いの一点を突破してから、既にどれほど経ったか。


 走っていた足を一気に止める。

 追いついてきた男の剣を、オルグレンは剣を合わせて受け止めた。ここで切り払うか、弾くか、とにかく相手を崩さねばならない。


 今はその駆け引きは、不要。

 オルグレンの横手から、ロゼが飛び出す。


 傭兵の装備は、オルグレンと同じく金属補強があるだけの革の胴鎧、腕などに手甲などを身に着けている者もいたが、身軽さを優先してか、あまり固めてはいない。

 その足をロゼの半曲刀が深く薙ぐ。

 悲鳴を上げたその男をオルグレンは蹴飛ばした。


 次、ロゼが身を翻す。彼の後ろへは別の男が迫っていた。

 白い流れ人を、仕留めるつもりだったのだろう。オルグレンは、そこへ踏み込んだ。少年と背中越しに廻り、ロゼと入れ替わる。すかさず、その敵の喉を突く。


 そうやってある者は傷を与え、ある者は命を刈り取る。

 退って走り出し、後を追ってくる敵の足並みが乱れた所で、足を止め、攻撃に転じる。

 対応しつつ早く、とオルグレンは願った。

 

 傭兵達がこれ以上は、割に合わない、と。そう早く判断することを望み、実際にそうなるよう持ち込むしかない。

 襲われた以上、そうする他にない。

 既に来るかも分からない砂嵐には、縋れない状況となっていた。

 深手を負った仲間の悲鳴。

 転がる死体は傭兵達の士気を削いでいくはずだ。

 それでも、まだ足りない。まだ、退かない。


 オルグレンは内心の焦りに、奥歯を噛んだ。

 耳に届く呼吸音。

 荒れた速い呼吸で喉が引きつり、異様な高い音が混ざった息。

 あまつさえ、走り出した際に、ロゼの足がはっきりと縺れた。オルグレンは腕を伸ばした。空いた手で腕を支える。

 彼はすぐに持ち直したが……体温が異常に高い。

 それが外套越しにもわかる。限界なのだ。それを超えて動いている。


 どうする、とオルグレンは自身に問うた。

 帰らねばならない、という己の衝動が突き上げてくる。

 そして同時に、一つ別の物が混ざった。

 それは疑念だった。自身の目的は、恩人を犠牲にしてでも成し遂げなければならないことなのか、と。


 ――降伏。

 その考えが過ぎり、オルグレンは内心ですぐに首を振った。

 確かにそれで、戦闘を一時的に終えることはできる。とはいえ、それは、ロゼの身の安全を保証するものではない。

 思わず、オルグレンは敵の方へ振り返った。


 その視界に、立ち上る土煙が映る。

 ――嵐。

 一瞬その期待が、胸に浮かぶ。だがすぐにそれをオルグレンは否定した。

 風ではない。それは怒涛のような音を立て圧倒的な勢いで近づいてきている。


 何かの移動音。しかし、馬とは違う。

 オルグレンの耳は音をそう判断した。連想するのは、時折見かけた駱駝での監視者のことだ。

 確かに傭兵団が、今駱駝を使って来ないことが気には掛かっていた。

 それが、まさかここでくるとは、と歯噛みする。


 だから彼らは撤退を選ばないのかと思いかけ……、オルグレンは気づいた。

 何事だと戸惑いの声が交錯する。それを発しているのは、ロゼでもオルグレンでもない。

 傭兵団。これは、彼らにとっても思い掛けないものなのだ。


 誰しもが一体どういう事態か把握できない。

 その内に現れたのは、駱駝を駆る騎兵達だった。頭に布を巻いた彼らは、雄叫びもなく無言。

 しかし、それぞれが槍を手にし、降り注ぐ炎熱のように傭兵達の蹂躙を始める。


 先頭の一人が手で自分達を示すのを、オルグレンは見た。

 そして、息を呑む。

 先頭に躍り出たのは、燃え立つような朱色の髪をした男だった。そして、それはある種の違和感をオルグレンに感じさせる。

 つまり――彼が、隠世の存在であると。

 その朱髪の男が、疾走する駱駝の上で両腕を広げる。


 瞬間、オルグレンの目に映ったのは揺らぎ。揺らぎは熱波のように空気を伝い、一帯へと広がる。


 同時――

「ぐ、っあ……」

 その広がりに触れた瞬間、オルグレンは何かが、きつく身に取り付くのを感じた。

 見えない巨大な手か何かに、軋むほど体を握られている。体中が痺れ、動かない。

 それは、周囲の傭兵達も同じ。体を強張らせ、或いは地に倒れる者さえある。

 身動きが取れず、不可視の拘束に苦しみの声を上げていた。

 そして……、何の抵抗もできないまま、だ。

 駱駝の騎兵の槍の前に、討ち取られていく。


 それは好都合だったが、オルグレンには彼らが味方のようには思えない。

 事実、駱駝騎兵と目が合う。そうして、オルグレンは息を飲んだ。

 騎兵が槍を掲げる……オルグレンへと向けて。


 まずい、とは内心で思う。だが、四肢を動かせなかった。

 いや、酷く重いものに抗うように徐々にであれば動かせるのだが、槍を防ぐには到底及ばない。

 突かれれば、終わる。


 しかし、その騎兵との間に黒い影が割り込んだ。

「ロ、ゼ……」

 締め付けられるような喉で、オルグレンは呻いた。

 ロゼは、拘束の影響を受けていないらしい。或いはセラーフィナが、ロゼのみを眠らせた時のように、今回は逆に彼のみが対象から外されているのか。


 ロゼが立つ。

 とはいえそれは、どうにか、という有り様だった。

 整わない呼吸で背中が揺れている。半曲刀を構える力はないのか、手にしているのは山刀だ。


 オルグレンは、動かない身体を動かそうと足掻いた。

 その目の前で……騎兵がロゼの姿を認めるや、槍を下ろす。

 かといって、安堵はなかった。

 入れ替わりに朱髪の男が近づく。その男は駱駝の足を止め、上から白い流れ人を見下ろした。

 その金色の瞳は、刃を思わせる冷たい色をたたえている。


 二人は無言だった。

 だが、言葉が交わされているのだと、オルグレンは感じた。始まりの種族が交わす特殊な会話……。

 セラーフィナが言った、こころに結ばれた紐を通してのものだと察する。


 オルグレンからはロゼの背中しか見えない。

 苦しそうに身体を俯ける姿が映っていた。山刀をどうにか構えているが、支えることが難しいのか腕が下がってきている。


 一方、朱髪の男の方は、眦を上げた。目鼻立ちのはっきりとした顔立ちが鋭く尖っていく。

 身体からは隠世の揺らぎが立ち上り――それは、炎の陽炎のようだった。


「……嫌、だ」

 ロゼが引きつれた呼吸の間で、首を振りどうにか言う。

 その言葉が契機だったのか。

 荒い音を立て、男が駱駝から降り立った。


 そして――

「――やめろッ!」

 オルグレンは遮二無二に声を発した。

 しかし、その目の前で、朱髪の男が手にしていた槍を薙ぎに振るう。

 苛立たしげなその振りで、柄がロゼの体を強かに打った。

 少年は山刀で受けたものの……耐えられない。

 小柄な身体が横倒しに倒れる。


 荒れた地面を滑り転がる。倒れ伏したその姿が蹲ろうと、……いや、立ち上がろうとするように身じろいだ。

 地面に伏した頭が、オルグレンの方を向こうとするように動く。


 しかし――、まるで糸が切れたようだった。

 急に断ち切られたように……、乾いた土に動こうとしていた体が沈む。


 冷たい血が流れるのを、オルグレンは感じた。大きく鳴る心音と呼吸音のみが耳につき、視界に映るものが鼓動で揺れる。

 すぐに熱い血が身体を巡ったが、身体は動かない。


 その上、朱髪の男の一瞥で、見えない拘束が強まる。

「去れ」

 一言。男は、そうオルグレンに吐き捨てた。

 それを言うだけで朱髪の男はロゼへと歩み寄り、片腕を引っ張り上げる。

 その力まかせのやり方に、少年の身体は何の抵抗もなく、綿入れ人形の様にだらりと下がった。地の方に引かれるまま項垂れている。


 ……意識がない。

 その体を、朱髪の男が肩へと担ぎ上げる。

 そして荷物のように、しゃがんだ駱駝の上へと放って乗せ、自身もまた騎乗した。


 指先の一つも動かすことも、歯を強く噛み合わせることすらできず、オルグレンはただそれを見ていることしかできなかった。

 駆け去っていく姿を見ることしかできない。

 傭兵団を片付け終えた、駱駝の騎兵たちも去っていく。


 ――いや、一人残っている。

 駱駝隊が十分に遠ざかってから、その騎兵が動いた。

 そして、

「キグナ様の命令だ。――街へ案内してやろう」

 騎兵が言う。

 その男の顔に、オルグレンは見覚えがあった。ガマリの街にいた傷顔の門兵で間違いがない。


 そして、ふっと解き放たれるように、体が軽くなる。

 身に取り付いていた揺らぎが煙のようにくゆり、空気へと溶けた。それを捉え、朱髪の男――キグナが拘束を解いたのだと気づく。

 それと同時にオルグレンは動いた。


 剣を手放し、門兵が手にした槍の柄を両手で掴む。

 そうして、オルグレンは感情のまま、騎乗した男を地面へと引きずり落とした。

 


 

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