九章《二節 監視者、そして》1
まず必要なのは水だ。そして食糧。
街を急いで出ると決めた。そうであるが、補給なくしては、次の人里への道中で倒れてしまうことになりかねない。
翌朝、旅装束のまま起きてすぐに取り掛かったのは、それらの調達だった。
「一人つかまえられたら話を聞けるのだけれどね……」
「……あまり物騒なことを言うな」
ロゼが小声で言う。オルグレンは小さくたしなめた。
商人たちが慌ただしく商売を始める中、眩いばかりの陽射しが地表を照らしている。
日干し煉瓦の家々が連なった目抜き通りには、夜と同じくあふれんばかりの人出があった。
その人々に紛れて、荷を運ぶのは馬ではない。
駱駝だ。
大きなこぶのあるその背に荷物を満載し、蹄のない二股に分かれた足先で、どこかのっそりと通りを移動している。
人とそれらの間を縫うように移動し――、街角でロゼがふと足を止めた。
外套を目深に被り直す。彼はついでに、と言った仕草で自身の顔をこねるように擦り、何かを振り払うように首を振る。
オルグレンも彼と同じような調子で、首の後ろに手を当て揉んだ。
宿を取り休めたとはいえ、しっかりと休めた体感はない。
宿を出る前に顔を洗うなどもしたが、気分はあまりすっきりとはしなかった。
徒歩による長旅の疲れだけではない。得体のしれない視線というものが、いかに神経に負荷をかけるか、彼は身をもって体感した。
まだ、明確な敵意の方が、覚悟を持てるだけ良いのではと、迷いごとさえよぎってくる。
この状況がしばらく続くと考えると、気が滅入る話だ。
ふと、ロゼが通りの向こうを見るように、視線を動かす。オルグレンは彼の視線の動きを、うっかりと追いかけ……しかし、意識して動きを止めた。
恐らくは……
「誰か付いてきているか?」
オルグレンが聞けば、ロゼが被った外套の中で、うん、と返答する。
あのまま振り返っていれば、相手の方に気づかれていたに違いない。
「昨日の酒場の人と、新しい連れが二人……傭兵団かな。個人じゃない気がする」
勘で申し訳ないけれど、とロゼが言う。
その見立てを、オルグレンは正しいと思った。先を争うように接触してこず、一様に様子を見ているような雰囲気があるのだ。
このことは、ある程度、意識がそろっていることを感じさせた。
「と言っても、ウルローグのとこみたいなとこじゃなく、もっと小さいのだろうね」
一口に傭兵団と言っても、『猛りの尖兵』のように三百人規模の大所帯から、十人弱の小さなものまで様々にある。
銭貨によって契約主と結ばれ、荒事を果たすという形態は共通しているが、あとはやることなすこと多種多彩だ。
戦争をこなすようなところもあれば、村や行商、あるいは個人の護衛、稼げそうな話を追い求め、都度所在地を移動しているところもある。
「だが、だとすると、門兵は……?」
彼はどんな関係がある? オルグレンは疑問を口に出した。
やはりそこだけが説明がつかない。この国の者だと思われる、門を守る兵士だけが違うのだ。
昨日ロゼと共に立てた予想。
不穏な動きの出どころは行き先であるリリートゥ側から、そしてクゼリュスの一手という見立て、これにも門兵だけが当てはまらない。
そして今日の推測、ある程度まとまった意志を持つ組織であること、これも門兵だけが枠外となる。
ロゼが自身の唇をつまむようにした。
その点について、彼もまだ推測が立っていないらしい。その喉から、かすかに唸る声を漏らす。
「別物、だったりして……?」
ロゼが言う。
彼としては苦し紛れといった調子……だが、あり得なくはないとオルグレンは感じた。
ともあれ――推理よりも、やらなくてはならないことは決まっている。
「ロゼ、そろそろ行くか」
一言。オルグレンはそう声を掛け、薄紅色の双眸と視線を合わせた。




