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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
九章〈ツァーカの荒れ野〉
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九章《一節 行く先の夕暮れ》3

 

 宿を取り、夕食をと二人で食堂とも酒場ともつかない店に入る。

 それと同時に、何人かの視線が自分達に向き――ロゼは、やはりと胸中に呟いた。

 

 夜を誘う仕事の女性を追いかけるでもなく、慌ただしく料理を運ぶ給仕に目を向けるでもなく、あれは……と確認するような視線は、雑踏の中でも異質だ。

 その目をロゼは、気配として感じた。


 そして、同時に――

「どうやら、俺の方も知られているらしいな」

 オルグレンが言う。

 注文を済ませ空いた席につき、そう小声で話す。確かに彼の言う通りだった。


 ロゼは今外套を被り、顔を隠している。外見からわかるのは、身長と大雑把な体格ぐらいなものだ。

 それでも視線は向いてきたのだ。

 門兵だけではなく、この場の幾人かが、自分達について何かを握っているらしいと知れた。

「……姿形が知られてしまっているのかな」

 推測だけれど、ぼやきロゼは自然に自身の顎に触れた。言ったものの確信が持てず、もやもやとした砂煙が立ち込める心地が過ぎる。

 

 オルグレンも同じなのだろう。彼が小さく頷く。

「ああ。ただ……どうも、門兵と彼らとで反応が分かれているのが気にかかるな」

 オルグレンが言う。その通りだった。

 門兵ははじめオルグレンには反応を示さず、ロゼを見てからオルグレンへも視線を走らせた。

 一方で、ここではオルグレンだけを見てこの反応なのだ。彼らの反応が連動してのものなのか、全く違う事情でのものか、判断材料がなく、わからない。

 

 ロゼは少しの間、思案にふけったが……近くからも意識が向けられるのに気づき目を上げた。

 その先では、オルグレンが微笑んでいる。

 それはあたたかさを感じさせるもので、ロゼは一言言われた心地になった。


 ほら、お前だけの事情じゃなかったぞ、と。自分も紛れもない当事者なのだ、とその青い目が言っている。 

 それにロゼは思わず、一息をついてしまった。彼を自分の事情に巻き込んでしまったわけではなかったと安心しかけ……しかし、そのような場合ではないと小さく首を振って、気を引き締め直す。


 そこへ、

「おまちどうさまです」

 丁度入ってきたのは、給仕の女性だ。ロゼは、反応が追い付かず思わず瞬きをした。

 手際よく配膳を済ませる彼女へと、オルグレンが柔らかく応じる。

「ありがとう」

 そうして、ロゼより少し年上かとみられる彼女へ、そう微笑みながら礼を言う。

 途端、少女が息を吸い込むのをロゼは聞いた。

 黒い瞳が見開かれている。少女が自らの手で頬を覆った。まるで冷まそうというように。

 そうするうちに別の客においと、呼ばれ――彼女は少し慌てたような動作で頭を下げ去っていく。

 

「…………君はやっぱり目立つね」

 ロゼはそれを見送り、呟いた。オルグレンの方はと言えば、首を傾げている。

 とはいえ、思う所があったらしい。

「……お前に言われたくないな」

 反論の口調で言われ、ロゼもまた首を傾げた。


 言い返される謂れがわからない。派手ではない、ロゼは自身でそう思う。それに今は外套も被っている。

 一方で青年は、この国を代表する色である黄金の髪に、晴れ渡った青い瞳と言う容姿だ。その圧倒的色彩を惜しげなく晒しているのだから、明らかに彼の方が鮮やかで目立っている。

 互いに小さく唸り、かといって議論する気もなく、届けられた料理に視線を落とす。


 使い込まれた陶器の小鍋。厚布が当てられた蓋を取れば、途端に複雑な香辛料の匂いが立ち上った。

 蒸された赤茄子や寨瓜(かぼちゃ)など果菜と小麦を練った粒が詰め込まれた料理だ。

「……あまり辛くない。大丈夫だ」

 祈りを終え、先に口にしたオルグレンが言う。


 それを聞いてから、ロゼは匙で柔らかくなった赤茄子を口にした。少し舌に刺激はあるが、ツァーカの料理によくある、頭を突くような辛さはない。

 食べられる。むしろ、ツァーカの夜風で冷えた体が温まりそうな心地に、ゆっくりと息を吐く。

 とはいえ、監視するような視線の中でだ。

 周囲に注意を配りながらの食事となり、あまり味を楽しむことはできなかった。

 


 その夕食の終わり。

 「……ベイセルの差し金かな」

 透き通るようなほのかな香りのある葉が沈められた水を、一息に飲み切りロゼは小さく言った。


 隻腕の騎士は、タロト東岸街を最後に見かけていない。しかし、仕留められなかったのだ。だから生きているだろうとロゼは思う。

 かの猟犬が何らかの方法で、自分たちより先にツァーカへと入って何かを吹聴して回ったのではないか……、これについては単なるロゼの勘と思いつきだが。


 案の定、オルグレンが首を振る。

「いや、前の街ではこんな事はなかったからな……」

 アディーシェからの情報の伝わりであれば、ここまでに立ち寄った場所などで、既にこの異様さを感じていなければおかしい。オルグレンが言うのはそういう事だ。

 言葉を口にしながら、彼はそれとなく店内を見渡した。

 雑多で賑やかな店の中、相変わらずの不明な視線の主達がその行動で顔を反らしていく。それぞれ仲間内で小さく話し合う様子だ。食事の最中も手を出してこなかった事を考えれば、ここで何か仕掛けるつもりではないのだろう。


「だとすると、――クゼリュス本国だね……」

 ロゼは言った。

 オルグレンは追いかける価値のある人物なのだ。ベイセルほどの手練をよその国へ寄越すほどに。

 その追手が、ベイセルだけとは考え辛い。異国の地であるから、大人数の動員は無いにしても、別の一手はあってもおかしくない。


 確か、とオルグレンが繋ぐ。

「リリートゥにも、交通の要所があるんだったな」

 彼の言葉に、ロゼは首肯で返した。

 ――リリートゥ。

 そこもまた国と国とが交差する場所であると聞いている。そして、アィーアツバスへ至るための、次なる目標地点でもあった。

 ツァーカの西の端。アィーアツバスと黄金の国ツァーカ、標星の大国クゼリュスが陸路でつながる点だ。


 だとすると――

「情報はリリートゥの方から……?」

 ロゼは言いながら、腕を組んだ。推測しかできない。だが、情報の伝わりに対して筋が通る。

 ともあれ、切り抜けなくてはならない。アィーアツバスへの道を遮るものから、何としてでも。

 

「この街は早めに出よう」

 オルグレンのその提案にロゼは、そうだねと頷いた。

 しかし、薄く胸をざわめきが占める。行く先に砂塵が立ち込めているような不快感に、ロゼはそっと自身の腕を握った。

 

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