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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
九章〈ツァーカの荒れ野〉
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九章《一節 行く先の夕暮れ》2


 やがて近づいた街も遅くまで門を閉めない様子だった。

 タロトなどアディーシェの市街地では、もう門を閉め切っているだろう暗さとなっても、まだ門が開け放たれている。

 そして、門兵が二人立っていた。外套を纏っているために鎧はわからないが、手にはきらめくような槍がある。

 

 近づく間にオルグレンは、被っていた外套を背に落とした。

 晒した顔を昼間とはまるで違う、芯に冷たさを宿した風が撫でていく。

 向かう先では、ツァーカの土地の者らしい褐色の肌をした門兵が、槍を持ち上げた。その警戒は、こちらが武器を持っているからか。

 オルグレンはゆっくりと足を止めた。

  隣ではロゼが胸の前に腕を上げ、礼を取る。エーイーリィ式の挨拶。

 彼に続く形でオルグレンは、やはり取るべき挨拶がなく一礼をするに留めた。

 

 ともあれ一応の礼節をはたし、遅い時間の来訪者が無作法者ではないと受け取ってもらえた様子だ。

 門兵が槍の石突きを、地面に下ろす音がした。

 そして、

「なに用かね」

 門兵が訊ねるのは、よくある問答。

「私達は旅人だよ。ここへは旅の途中の休息に」

 風に流れる砂のような、さらさらとした口調でロゼが答える。

 それで門兵は此方が慣れていると悟ったらしい。先を促すように顎をしゃくった。


 質問が省かれてしまったが、言わんとすることはわかる。

 それに則りオルグレンは名乗った。

「私は、旅人のオルグレンという」

 短くそれだけを言う。正しく名乗ることのできる名があったが、自身が何者であるかまだ分からない以上、不用意に名を口に出すのは危険だからだ。

 

 次にロゼが動いた。彼が被ったままだった外套を外す。

 その瞬間の反応を、オルグレンは視界の端に映した。一方の門兵、鼻筋から頬へと傷のある男が少しだけ目を張ったのだ。

 その傷顔の兵はすぐに居住まいを正したが……、オルグレンは少しだけ肩に力を入れ身を構えた。

 その一方で、ロゼが名乗る。 

「……私は流れ人のロゼと言うよ」


 ロゼは何をするでもない。門兵が検疫を始めるのもおとなしく受け入れている。

 かがり火の方へと向かせての顔色の確認から始まり、首などに発疹はないか、病を媒介する虫などがついていないかや、瘴気を帯びていないかが、つぶさに確認された。簡単ではあるが、持ち物の確認も行われる。

 

 少年が検疫を受ける横で、オルグレンは妙な反応を示した傷顔の門兵を、それとなく伺った。その兵の視線には、どことなく白い流れ人を検分する色が抜けなかったからだ。

 加えてオルグレンとロゼを交互に見るように視線の行き来をする。

 

 幸いにして、と言うべきか。

 懸念したような騒ぎは起こらなかった。オルグレンも検疫を受け、何事もなく終える。

 そしてあっさりと、一通り役目を果たした門兵が言った。

「ここはツァーカが街の一つ、ガマリ。旅人のオルグレン、流れ人のロゼ、歓迎しよう」

 

 ❖


 そうして街に入ることを許されて少し。

 門から見えていた通り、目抜き通りは賑やかな有様だった。色とりどりの灯籠が店の前に下がり、暗くなりつつある街を彩っている。

 どこからか調理をしているらしい脂と香辛料の匂いが漂い、酒が香り、煙草の匂いも立ち昇っていた。

 一先ず宿を探すべく、オルグレンはロゼと共に通りを進んだ。


 その途中、

「――オルグレン」

 少し人気の捌けたあたりで、不意にロゼが口を開く。彼は少し眉を顰めた表情で、オルグレンを見上げた。

「もう遅いのかもしれないけれど、別行動を取った方がいいかもしれない」

「……門でのことか?」

 オルグレンが問うと、ロゼが頷く。


「私の名前か姿……どちらかといえば姿かな? それに反応したのだと思う。はじめは、私の異名のせいかとも思ったけれど……」

 ――狂った死神の剣、エーイーリィの狂った剣、狂剣のロゼ。

 クゼリュスがそう呼ばわったと言うロゼの名は、少年を指すにはあまりにも禍々しい。

 その名は、彼の師が勇名だったこともあり、一部の戦人(いくさびと)には知られている。ともあれ、彼はそれではないと判断した様子だ。


「あの名が理由なら、もう少し違う反応だと思うからね」

 自身でも言う通り。彼はオルグレンよりも頭一つ分背が低い。その上肉がない体つきは武名の印象とは、程遠い所にある。

 ロゼを目にしすぐに、その禍々しい名と結べるかといえば……難しいだろう。

 エーイーリィで、彼を言い表す際に使っていたという異名、白燕(はくえん)。その方が彼を言い表すに的確で、似合いだった。


「それで理由が分からないから、別行動を?」

 オルグレンの言葉に、ロゼが首肯する。

「君と交互に見られていたのが分からないけれど……私個人の事情のようなら、私がどうにかするのがいいと思うからね。行動が読めないのは厄介だし、……どうだろう?」

 ロゼがそう口に出した。


 これにオルグレンは内心では、お、となった。

 今までであれば、彼は説明もなく、別行動を実行しただろう。オルグレンが事情を察する、察さないに関わらず、やることは変わらないとばかりに。

 このことに心に小さな感情を覚えつつ……、

「――却下だ」

 オルグレンはしっかりと、そして端的に言った。


 言いながら腕組をする。

「お前の言う通り、二人連れなのは既に知られていて、今偽ろうと意味がない」

 門兵には、既に知られているのだ。門兵がロゼに目をつけているのなら、今さら無関係を装っても意味がない。

「ならば、これから取るべきは、二人連れであることの利の方だろう」

 オルグレンは言ったが、ロゼは頷きかねる様子だった。片手を顎にやり、眉を寄せている。


「それに、お前を連れ回しているのは、俺の方だ。だから、例えお前の事情だろうと付き合わせてほしい。俺にも恩を返させてくれ」

 オルグレンは、そう告げた。

 ロゼが、小さく喉を鳴らして唸る。


 その逡巡する様子を見て、オルグレンは軽く彼の肩に触れた。悩むな、と。

 ロゼは明確に返答をしない。だが、意図は受け取ったらしい、ロゼがオルグレンの腕を軽く叩いた。


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