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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
八章 〈癒しと思い〉
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八章《三節 この先へ》1


 タロト東岸街解放後、既に両手と少しの日数が流れた。

 まだタロトの大橋の往来は数日掛かりの混雑ぶりではあるものの、街は徐々に落ち着きを取り戻しつつある。

 

 それとは逆に商人が集まる辺りは、騒々しさを増す様子だった。

 戦時体制から脱したその界隈は、様々な商品を扱う商人が増え、人の往来が激しくなっている。

 滔々たる大河の水運で北と南をつなぎ、陸路で西と東をつなぐ。

 その交差の中心にある街がタロトなのだ。

 

 おかげでロゼは、買い物で困ることはなかった。

 旅に使う道具、血まみれになった旅装束の替え、そして捨ててきた山刀の代わり。

 それらを『猛りの尖兵』の元で得た、戦働きの報酬で買う。

 

 セラーフィナから外出の許可が得られたときから、ロゼはそれらを少しずつ揃えていった。

 体調が戻ってきたオルグレンが加わると、準備がさらに進み……今日は、その仕上げだ。

 干し肉、乾酪、乾果、炒った堅果――つまり食糧。

 最後に堅焼きを買い、ロゼは今日買ったものが入った袋を、二つとも片方の脇に抱えた。

 片腕は空けておく、そうするのが一番落ち着くからだ。

 

 店から通りへ出ると、真上から降り注ぐ陽射しが待ち構えていた。

 刺すような太陽の恵みを避けるべく、目深に片手で外套を被り直す。

 まだ朝の時分だが、既に焼けるような暑さが立ち込めていた。 

 その中を街から離れ、簡素な住宅街へ。すでに慣れた道のりだが、……ロゼは深く息を吐いた。立ち止まると、丘の上に河の賢者が住まう庵の屋根が見える。

 

 それを目にするとロゼの中には、タロトの大橋を通り抜けた日のことが頭をよぎった。

 オルグレンが倒れたときのことだ。

 腕の中にある命を失いたくないと叫んだ、言葉の数々。結果的にはセラーフィナが首を横に振ってくれたことによって、有耶無耶になった対価。

 もしも……、と考えロゼは足元に揺れを感じた。


 どれほど恐ろしいことを口走ったのかという実感と、それでも青年を失いたくなかったという思い。

 それを噛み締めながら、馬車で辿ったのがこの道だった。

 処置が終わりながらも意識のないオルグレンを支え、馬車の中から見た景色にあったのがあの屋根だ。赤い煉瓦のそれと、その奥に広がったすっかり霧の晴れた透明な空の色がまだ目に焼き付いている。


 あの時よりも一層濃く、鮮やかな青色となった空を見上げ思う。

 自分はなんと身勝手なのだろう……。

 ロゼに浮かんだのはそんな言葉だった。


 彼女たちが切望することを交渉材料にしたこと。

 自分の望みの為にセラーフィナ――精霊母(メム・イマム)の力を頼ったこと。

 オルグレンに始まりの種族とのことについて黙っていながら、命を救うためとはいえ彼をその存在に近づけたということ。

 

 どれもが胸に重い。ロゼは、腕の中の荷物を抱え直した。

 苦しい息をもう一度吐き出し整える。 

 高台にある庵までは、つづら折りの坂を延々と歩き続けなくてはならない。持てない程ではないが、荷物が煩わしく腕に下がった。

 

 かといってこれ以上、足踏みをしているわけにもいかない。

 ロゼは歩き出した。一人、人気のない道をゆっくりと登る。

 じわりと重みが、肘にかかった。痛い訳では無いが、きつい坂を登る身には少し堪える。

 そうはいっても放り出すわけにもいかない。時折、荷物を抱える腕を替えながらロゼは、じっとりと浮かぶ自身の汗を感じつつ坂を辿った。 

 

 そうして暫く歩く。

 と、――ロゼの目には、背の高い姿が映った。

 夏の陽射しを浴びて、黄金の髪が色を増している。眼下の滔々たる大河を眺めているような格好だ。

 彼は風を浴びているのが好きらしい。動けるようになってから、そうしてオルグレンが景色を見ているのを、ロゼはよく見かけていた。

 なんとはなしに足が止まるに任せ、夏風を感じながら目を細める。

 やがて青年が振り返った。気配に気づいたのだろう。

 その姿へ、

「やあ、オルグレン」

 メーヴの世話は終わったのかい、とロゼは声をかけた。


 メーヴの世話は、ここ暫くのオルグレンの日課だ。

 彼はメーヴを預けている馬屋へ赴き、彼女や他の馬の世話を、丁寧に、丁寧に施してから庵へ戻ってくる。

「ああ。別れを言ってきた」

 オルグレンが頷く。彼の表情は柔らかいが、遠い雨雲のような陰りが僅かにある。


 あれほど親しくしていた黒鹿毛の馬との別れだ。心が伝わってきたような心地になり、ロゼは自身の胸にも締められるような感覚が生まれるのを感じた。

 青年が愛おしげにメーヴの世話をする姿を、何度も目にしている。それを眺めるか、少しばかり手伝うかと言った程度の繋がりしかないロゼであっても、心が縮む感覚があるのだ。

 あれほど気持ちを通わせていた青年であれば、なお一層だろうと思う。


 ロゼは足元の焼けた石畳に目を落とした。

 しかし、その視界に編み上げの靴が現れる。

 わざわざ坂を降りてきたらしいオルグレンの姿に、ロゼは瞬きした。

 

 更にもう一度瞬きを足す。手が延べられたからだ。 

 その意図は……

 青年は、抱えた荷物を目で指している。ロゼは、少し迷った。

 一人で抱えられないような荷物ではない。少し大変だが、庵までは運べる。現に今まで一人で歩いてきた。

 それでも、向けられた大きな手のひら――それを少しの間見つめ……、ロゼは袋を一つ渡した。 

「行こう」

 渡したものを抱え、オルグレンが歩き出す。

 その背中を見ながら、ロゼは半分に減った荷物を抱え直した。当たり前だが、軽い。

 

 そして、息をしやすいような、そんな心地を覚える。

 ロゼはどんな顔をすればいいのかわからず、顔を顰めた。

 先ほどまでの重さや、胸に乗る不快なものが、僅かにその感触を変えている。オルグレンの側では何かが軽い。土足で踏み込んでくることのない、柔らかな温度がある。

 そして今自身がここにいて、息をしている事が嬉しいような、そんな思いが浮かぶ。

 

「ロゼ……?」

 歩き出さない事を、不審に思ったらしい。オルグレンが振り返る。

「……なんでもないよ、行こう。オルグレン」

 ロゼはその姿の方、陽射しに向かって歩き出した。

 


 その一方で――、

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