表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
七章〈タロトの大橋〉
62/75

七章《四節 君がために》1


 倒壊する木材が埃を舞い上げる。

 それらは土石流と呼ぶべき様相を呈した。

 圧倒的な質量で、複雑に倒れ赤髪の騎士と彼の駆る馬を瓦礫の一部と化していく。彼らの鍛え抜かれた体も、魂も、断末魔さえ、圧倒的な轟音が押しつぶしていった。

  

 振り返らない。

 オルグレンは己が引き起こした結果を、背後にただ感じた。

 先ず、一人。

 しかし――、安堵するような間などない。

 

 無念の渦を巻く粉塵を裂く、銀色の閃き。自身のものではない、鋼をオルグレンは見た。

 察知したのと同時、身を守る。剣を構え、オルグレンはその凶刃を受けた。


 空中に粉塵が漂う中、硬質な音と火花が散った。

 そして、そのまま刃が組み合う。

 耳障りな鋼の擦れ合う音。互いに互いを崩さんと、力でせめぎ合う鍔迫り合い。


 正面から間合いを詰めてきた鉤鼻の騎士と、オルグレンは馬上で争う。

「まだ若き方を! 未来あるお方を!」

 よくも、と。その騎士の顔を、激情が染め上げていた。

 両眼には、血の滾りが浮かぶ。

 それでも冷静さは手放すまいとするように、騎士は奥歯を噛み締めていた。

 奥から漏れるのは、まさに獣の唸りだ。


 言葉の通り、無残な最後を遂げさせられるに至った、アベスを思ってのものに違いない。

 恐らく彼もまた、オルグレンを生かして捕らえるように申し渡されているはず。

 だが……それよりも優先されるものに覚醒している。

 千々に裂いても収まらぬとばかりの、殺意。

 

 そうと感じるのは難しいことではない。 

 剣さえ交えず、自滅を選ばされた若き騎士の無念。

 今まさに受け取ったそれを晴らさんと、鉤鼻の騎士の剣の切っ先が向いてくる。


 とはいえ、オルグレンはそれを受け取るわけにはいかない。

 帰らなければならない。生きて、帰らなければならないのだ。

 どこへ帰り着くべきかはいまだにわからない。

 それでも自身が何者であるか、何をすべきか、知らなくてはならないのだ。


 だが、状況は悪い。

 オルグレンの息は切れていた。あまつさえ、目が霞む。

 しかし、それでも……オルグレンは痛む足で、メーヴに指示を送った。

 不完全だろうそれを、黒鹿毛(くろかげ)の馬はよく拾ってくれる。動き――クゼリュスの騎士から遠ざかるように、足を運ぶ。


 逃がすまい、としてか。強い斬撃が来る。

 鉤鼻の騎士の攻勢は、メーヴを狙った打ち下ろしとなった。

 寸前を、軌道に剣を差し込み防ぐ。

 阻止は、できた。

 だが、オルグレンは目眩で天地が歪むのを感じた。加えて、鋼のぶつかり合いによる手のしびれが抜けない。


 一方で好機と見たか。

 反動をも勢いとし長剣を掲げ、柄を鉤鼻の騎士が両手で握り直す。

 その形相、その気迫――……。

 それはまさしく、かの騎士を刃であると見せた。硬く鋭い、剣であるかのように。


 圧力さえ感じる。それに押され意識が遠のく。暗く、遠い、黒い波濤の中に呑まれそうになる。

 押し流されていきそうになる精神を、辛うじてつなぎ止め、オルグレンは胸の底に鉛を飲んだ予感を覚えた。

 恐らく、と胸に抱く。

 受けきれない……、その予測が一瞬脳裏をよぎる。

 血が足りず、彼は腕を重しのように感じていた。


 だが、相対する鉤鼻の騎士の目は光る。

 そして叫ぶ。

 唾を散し、叫ばれた言葉は――

「観念されよ! オルグレン・サイラス・レヴァニール!」

 それは、その名を持つものを討ち取るという意思表明。


 刹那。閃光が、意識を駆けた。

 音を、心が捉える。理解よりも早く、脈打つのを感じた。

 瞬間、オルグレンは目を見開いた。

 そして、理解する。

 それが、名なのか、と。


 同時、オルグレンを満たしていたのは、単純な思いだった。

 歓喜。興奮。そして、納得。

 ――オルグレン・サイラス・レヴァニール。それが名なのだ。

 次にこみ上げる、願いがある。

 伝えたい、と思った。


 潮騒と共に問われたことが、オルグレンの中に蘇っていた。

 ――君は?、そうと尋ねた柔らかい声だ。

 今ならば、はっきりと答えられる。

 他でもない、自身の名を。

 誰も知らぬ、何者でもない、名もなき幽鬼などではなく、自分はその名を持つ者なのだと。

 確かにお前の前にいる人間なのだ、と。

 それを共に歩んでくれた者へ、しっかりと伝えたい。

 

 そのためには――

 オルグレンの目は敵を写した。

 生き延びなくてはならない。なんとしてでも。この騎士を排除する。

 どうしても、どうあっても、絶対に。深手を負い、多くの血を流し、疲弊する中。

 強い血潮がオルグレンの中を、鮮烈に巡った。

 四肢がよみがえり、充足を覚える。 


 刹那――、鉤鼻の騎士が鋼を振り下ろす。

 動け、と。オルグレンは自身に強制した。

 腕が応え、剣を持ち上げる。足は鐙でしかと体を支えた。

 

 待つのではない。受け止めるのではない。

 己から、振り上げる。

 打ち下ろされる鋼を迎え撃つ。

 刃が激しくぶつかり火花が散った。


 その衝撃に、オルグレンの腕は耐えた。

 対する鉤鼻の騎士は、馬上でよろめく。思わぬ力の衝突に、競り負け押された格好だった。

 上の主人の動きにつられ、馬さえ足を不確かにする。

 

 一方、メーヴはオルグレンの意思を汲んでいる。

 踏み込む。相手を押しやるように深く。

 メーヴに支えられ、オルグレンは剣を持つ腕を引き絞っていた。迷いなどあろうはずもない。

 貯めていた力を、体ごとで放つ。

 突き。一点を突破する力。

 それによって鉤鼻の騎士の喉を貫いた。

 

 ぐっと、その騎士から音が漏れる。

 もはや喋れず……だが、まだ足掻こうと双眸がぎょろりと動く。

 とはいえ……

 鉤鼻の騎士の腕が、操り糸が切れたように肩から下がった。力を失い、均衡を失う。そして、地面へと引かれるがままに、重い音を立て身をゆだねる。

 瓦礫と埃に身を沈めた姿にあるのは、失われた気配だけだ。起き上がりはしない。二度と。

 

 一部始終の間、オルグレンはただ荒れた息を繰り返した。すぐに動けない。

 身の内からとめどなく熱が湧き出すが、同時に寒いという矛盾した感覚も得る。

 その原因は至極単純。

 ここでようやくオルグレンは、手巾を取り出し、鏃の残る傷の上の辺りを強く縛った。

 処置の合間にも意識が霞みそうになる。

 足の惨状に彼は身を巡る命が、だいぶ流れ出てしまっていることを自覚した。

 

 ……それでも。

 

 オルグレンはタロトの大橋へと、視線を走らせた。そして震える唇で、口笛を吹く。

 メーヴへと、もう少し走ってくれと願う。

 駆け出した、その一歩。

 伴う振動が、傷に障り途方もない痛みで、オルグレンを襲う。


 だが、止めない。止まらない。 

 強く、強く。そして速く、速く。

 駆け抜けさせてくれ、と指示を送る。


 今知ったこと――自分の名を、白い流れ人へと伝えさせてくれと、願う。


 そして、かの少年へ……

 どうか無事であってくれ、と彼は祈った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ