七章《三節 剣と半曲刀》2
その上でロゼは、ふ、と意図的に笑った。
「……――ああ、こんなことなら、右腕も奪っておくべきだったね」
こんな苦労をするんだったら、とロゼはそう続けた。
息を飲む気配。
ベイセル――ではなく女騎士の目が、鋭く眦を上げる。
次いで、槍だ。踏み込みざまの一撃は、それもまた鋭い。
しかし、直線。ロゼはこともなくそれに合わせた。
半曲刀で短槍を掬い上げる。事態を悟ってか、女騎士の顔色が焦りに濁った。
好機。踏み込みと共に更に槍を押し上げる。
そしてロゼは山刀を振るった。
彼女の喉に突き立る。
その、わずか前――
「ノージス!」
ベイセルが吠える。
この一喝で、女騎士の瞳が光りを戻した。ノージスが自ら武器を手放す。
そして、なりふり構わず、後ろへと自ら体勢を崩した。
舌打ちする以外にない。ロゼの手にあるのは硬い感触。
狙う場所へは刃が届かず、固い胸鎧を突いただけだ。
追撃を――。
それが一瞬、ロゼの脳裏を過る。
だが瞬間、彼は前に跳ぶように身を投げ出した。
転がる視界で見るのは、背後からのベイセルの横薙ぎだ。
悟る。追撃を選んでいたならば、斬られていた。
とはいえ、ロゼは無事だ。
加えて、――好機。
ロゼは前転のように転がり、起き上がりざま駆け出した。
目の前には、弩を構えた騎士――つまり、ジナがいる。
彼は唇を噛み締めたような、堅い表情だった。
それの意味するところは、覚悟。
金髪の騎士は、冷静に弩の引き金を絞る。
ロゼは再び山刀を盾にした。
しかし、数歩程度しか離れていない、至近距離の矢だ。
弩は鎧をも貫く突破の力を誇る武器。
山刀程度の厚みでは、防げようもない。
実際、そうだった。山刀の刀身を食い破り、矢はロゼの左肩へと突き立つ。
途方もない痛み。それでも、ロゼは駆けた。
この一撃を避けられないことは織り込み済みだ。
自身の意志を、集中を、体の損傷から切り離す。
己の全てを敵のみに向ける。
再装填の隙は与えない。
痛みに怯まなかったロゼの足は、ジナに届く。
山刀を振るう……いや、矢傷を受けた左腕はロゼの思うようには動かなかった。
振り回したにすぎない。
先が折れ飛び、曲がってしまった山刀。それでも、ジナは脅威と捉えたか、弩を盾に防ぐ。
山刀と弩の衝突。交錯。
刃は騎士に届かない。防がれた。
しかし、そのままの勢いで駆け抜ける。ロゼは一息に騎士の背後へと回った。
次いで振るうのは、半曲刀。狙いは白い首。
後ろからの斬撃でジナの首を落とす。
彼の金髪が舞い散り、霧の中の陽に輝いた。
ごとん、と重い音がする。
それは、跳ねることもなく、ただ転がった。物として、もう動くこともなく。
一瞬の、空白。
「――――いやああああああ!! ジナ!!」
どうして、と。血と共に吹き上がる、女の悲鳴。
拒絶する半狂乱の金切り声は、ロゼにとってただの騒音だった。
寧ろ、何なのだと思う。
戦っているのだ。殺し合っているのだ。
憎いと腸の底から感じ、血の海へ相手こそをと、引きずり合う。
生き残りたいのならば、生かしたいのならば、先ずはこの場にいること自体が間違いなのだ。
ああ、でも、と。ロゼは思った。
頭の片隅では、同意を示す。
彼の頭に浮かぶのは、青年の姿だ。
無事に、これ以上の痛い思いをさせることなく、西に連れて行きたいと思う。
彼がもし、今倒れることがあれば……。
自身は叫ぶかもしれない。悲しんでしまうかもしれない。
そして、ふっと息だけでロゼは自身を笑った。
初めは利用しようと、遺言の真意を探るのに便利だなと、思っただけだったのだ。
そしてそれは……サクラスにも、ゼオンにも、自身を取り巻くすべてへロゼが思っていること……思っていたことと同じだ。
今やそれが……、それが――……
ロゼは、左肩の矢を引き抜いた。
栓がなくなり出血が増える。とはいえ鏃が刺さったままであるよりは、まだ動かせる。
負傷とで息が上がり、疲労感が深い。熱いような、逆に寒いような汗が全身から湧く。
それでもロゼは、右手の半曲刀と、欠けて曲がった山刀を握り直した。
捉えたのは、ベイセルの動きだ。
彼は足の止まったロゼへ駆けてくる。
隻腕の騎士の袈裟斬り、それに対して、ロゼは無理やりに左腕を持ち上げた。
だが、
「……っ!」
呻く。
ロゼは刃を受け止めた。
しかし、剣が重くのしかかる。片腕でありながら、あまりに重い。
逆手に握る山刀の背を腕につけても、弾く力が全く足りず、ロゼは剣に押し出されよろめいた。
直後、彼の身を襲ったのは重い衝撃だ。
背後にぐらつき――転倒を避け、ロゼは後ろへ跳んだ。
重い痛みに、身体を折る。ベイセルに腹を蹴られたのだと、後追いで理解する。
息が詰まる。それでも呼吸だけは続けようとし……、上手くいかずロゼは咳いた。乾いた咳が、ただそれだけで腹から鈍重な痛みを響かせる。
それでも、ロゼは顔を上げた。
視線の先ベイセルは顔を怒りに染めるでも、叫ぶでも、嘆くでもない。
泣き叫びへたり込んだ女騎士とはまるで違う様子を示す。
隻腕の騎士は感情を噴出することはなかった。
ロゼは見る。
隻腕の騎士の表情はどこまでも黒く、冷たく……瘴禍を感じさせた。
その目でロゼを冷たく見下ろす。
深い、暗い、重い感情。それを恐ろしい等とはロゼは思わなかった。
自身にもあるものだからだ。黒い隻腕の騎士と、無言で対峙する。
ロゼは、口には出さず呟いた。
――此の敵を斃さねば。
そして、推測する。
敵も同じ事を考えているだろう、と……




