六章《二節 霧の未明に》1
見ていた夢。
それへ、やめてくれとオルグレンは叫んだ。
見たくないと、強く感じる。
その意志のまま、振り払うように拒絶し――何かを叫んだ。何かを願った。
途端、眠りから弾き出され――
急に現実へ叩き出された心地。
そんな有様で、オルグレンは目を開いた。
視界の暗さの中に、三角に押し上げられた厚布……天幕の天井が映り込む。
衝撃のような感覚が色濃く、動けない。
その中で天幕を、乾いた息を繰り返しながら、ただ見上げる。
オルグレンの耳元では自身の心音が警鐘のように、耳が痛いほど鳴り響いていた。
天幕の出入口を薄布に代えて開けておかねば、夜半までは蒸されて眠れない。
それほどの気温だと言うのに、オルグレンが感じるのは寒さだ。
冷え切っていた。
にも関わらず、肌は吹き出た汗で濡れている。
それらを確認しオルグレンは、また夢を見ていたのだと認識した。
ゆっくりと片腕を上げ、額を押さえる。その辺りが脈打つように鈍い痛みを響かせていた。
オルグレンが自身のことについて思い出す時、よく痛みを覚える辺りだが、見た夢の内容はまるで思い出せない。
しかし見たくない夢の類だったというのは、今の自身の状態を顧みればよくわかる。
「……大丈夫かい?」
横から声を掛けられオルグレンは、目だけでその方を見た。
丸く横になった影が動き、上掛け代わりの外套から白いはずの輪郭が影として覗いている。
ロゼの声に眠気の色はない。
「うるさかったか……?」
声を潜め、オルグレンは先ずそれを聞いた。
「ううん。ひょっとしたら寝苦しいのかなと思っただけだよ」
気のせいかなと思う程度だった、と少年が言う。
絹擦れの音もありその微かな音で、オルグレンは彼が首を振ったのだと感じた。
「君、時々魘されているよね」
「……ああ。何か夢をみたような気がするんだが……」
ロゼのその言葉に、オルグレンは曖昧に返した。
目覚めれば何をみていたのかも思い出せない夢で、時折こうして飛び起きることがある。
かと言ってなぜそんな夢を見たのか、何から自分が逃れようとしたのかは分からない。
……とはいえ、と。オルグレンは寝返りをし、彼の方へ向いた。
魘されている。そうはっきり分かるものではないが眠り辛そうにしている――或いは、はっと目を覚ますような様子を見せることは、実はロゼの方が多い。
寝ていても微睡む程度のもので、眠りが浅いらしいことは何日か過ごすうちにすぐに気づいた。
オルグレンが夢で起きずとも、小用などで起きた時でも、彼はいつも眠気なく声をかけてくれるからだ。
オルグレンは、深く息を吐いた。夢の衝撃から抜け出せないでいる。
また眠れるだろうかと、彼が胸中で嘆息する内……
「……添い寝でもしてあげようか?」
不意に、ロゼが言った。
それはずいぶんと優しい一言だ。とはいえ、潜めた笑い声が混じっていなければの話だが。
息を震わせるようにして、ロゼが笑って言っている。稚気を滲ませて。
砦を攻略していた時の、張り詰めた様子とは違う。それへ、オルグレンはわずかに心が緩むのを感じた。
それでも、顔は顰めるとも、どうとも言い難いものとなる。
くすぐるような言葉へ、俺は子供じゃないんだぞ、そう胸中で言い返しながら、だ。
オルグレンはロゼへ腕を開いてみせた。
半分程は、意趣返し。
もう半分は……、なにせ魘されるような有様であることは、少年の方が多いのだ。
オルグレンは、ロゼを迎える調子で腕を広げた。
夜目が効く少年は見えているはずだ。
彼へ向けて、腹の前に人が入れるような空間を作る。
一方、ロゼが止まった。
彼はオルグレンが取った姿勢の意味を汲み取りかねたらしい。首を傾げたのか、暗さで子細が見えないが間がある。
オルグレンは吹き出しそうになるのを堪えつつ、空けた寝床を軽く叩いて示した。
それで少年は、意図を理解したらしい。
再び……今度は盛大に、布と髪が擦れる音がする。先ほどより少し激しく、影が頭を揺らす。
首を振ったのだと、再びオルグレンは感じた。
あまつさえ、ロゼが寝返りをうつ。反対へと向いて、犬猫のように体を丸め直した。
彼の想定と違う反応を返せたことに成功と勝利を感じる一方、反面で拗ねさせてしまったなと思う。
こみ上げた笑いを堪えきれず、オルグレンは喉を鳴らした。
自分にもし弟が居れば、こういった感じなのだろう。
そうと思う間には、オルグレンは目を覚ました時とは違う、安らいだ心地となっていた。
ロゼが外套を被り直した音を聞きながら、
「ロゼ。……助かった」
伝える。
「……私は何もしてないよ」
ロゼがぼそぼそと返す。
それを聞きながら仰向けに直り、オルグレンは目を閉じた。
それから、あまり経たずに再び眠りに落ち……どれぐらい経ったか。




