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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
五章〈砦奪還戦〉
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五章《四節 この日よ、ありし日よ》1


 昨日までいた顔が、今日にはない。


 それは傭兵団『猛りの尖兵』――いや、戦場を駆ける者たちにとってよくある日常だった。

 金、怒り、復讐心、名誉から刃に手を伸ばし、戦って、戦って、果てていく。


 十数人で掘った大きな穴を、ダグエルは見つめた。

 昨日、雨の降るぐずついた天気の中、泥だらけになりながら掘りあげたものだ。

 今そこでは天への篝火のように大きな炎が、燃え盛っている。

 

 戦闘で散っていった仲間の遺体は、こうやって弔う。

 大きく穴を掘り、その中で燃やし埋めてしまうのだ。

 

 炎に焼かれて赤子のように体を丸めていく様子を見守り、空高く舞い上がっていく灰を、各々で見上げる。

 ウルローグが見送りの言葉を送った後は誰も何も言わなかった。

 立ち上る煙が周囲の者に泣けと訴えかける中、思い思いの弔いを胸に浮かべる。

 

 ダグエルは空を見上げた。

 この戦いでは、自身と同じく復讐で刃を握った者も、多く逝ってしまったのだ。

 逝って失った者たちと再会できただろうか、とふと脳裏に浮かぶ。

 無論、答えはない。


 砦を奪還してから三日目――、降り続いていた雨が止んだ空は、目に染みるような青空だった。

 

 ❖ ❖ ❖

 

「ずるいっ」

 弔いの後片付けを終え、ダグエルは声に気づき、その方を見た。


 宿営地の中ほど、広場を設けた場所だ。

 子供のような言い方だったが、確かにロゼの声――と判断し彼は瞬きした。

 その視界の中で見えたのは、若人と子供のじゃれ合いだ。

 

 オルグレンが高く、己の頭の上の方へ何かを掲げている。

 ダグエルは目を細めた。目を凝らせばそれがさらしを丸め紐でまとめた、大人の手のひらほどの玉だとわかる。

 本来、手で玉を打ち合う遊戯のものだ。

 彼らはそれを単純に取り合っている。

 

 動きを眺めダグエルは片隅にあった、心のわだかまりが少しほぐれるのを感じた。

 それは、ロゼへの心配だ。

 

 砦攻めを始める前……正確に言えば、あの河の賢者シルユーノと出会った奇妙な出来事の後から、古馴染みである子供の様子はどこかおかしくなった。

  それに気づいたのは、青年が一人で行動しているのが、目につくようになったからだ。


 以前まではよく共に行動していたはずの二人が、共にいない。

 オルグレンが一人で歩き、天幕の間を縫うようにして辺りを見回す姿が増えていた。

 

 そうして気づけば、ロゼは人を避ける――他を拒絶する様な、そういう行動をとっていると分かるのにそれほどの間は必要なかった。

  砦攻めの間もそれは続いていた。

  少年の悪癖だと、思い出す。


 ダグエルが知る限りでも、ロゼには幼い頃から、そう言う癖がある。 

 あの子供は、一見人懐っこい。

 それでいて飄々とした姿を保っているが、その実、内心には何かを抱え、誰にも悟られまいと必死になって身を固めている子供なのだ。

 

 砦攻めの間は、河の賢者シルユーノがきっかけとなって、自身に生じた不和を懸命に隠そうとしていたのだろう。

 自身が問題ないことを示そうとしてか、或いは普段と変わりないことを示そうとしてか……。

 砦攻めから落とすまでの間、少年は異様な戦功を立てた。

 

 それへダグエルは、サクラスの姿を見た気になった。

 血気に流行り仲間内にさえ、あの禍々しい二つ名で呼べばいいと言い切った姿……。

 家族を失った悲しみを、血で覆い隠した姿……。


 ロゼが何をどう考えているのか、ダグエルは知らない。何を隠しているのかも。何を悩んでいるのかも。

 師を務めた二人、ひいては大人……、今親しくしている青年にさえ、なぜ話さないのかも。

  

 ともあれ、その孤独な足掻きが特段の武功につながるのは、死神と剣聖の愛し子であるが所以だろうか。

 果ては主塔の大扉を破る際に邪魔となる、塁壁内の通路の敵を一人で倒していた。それは、砦の攻略として助かった事は言うまでもない。


 ウルローグもそこには礼を言った。だが、その後、彼女は苦言を呈した。危険だったことは、間違いないのだ。声を掛け、誰か連れていけばいい状況で、そうしなかった事は、叱責に値する。


 なぜ、そうしたかをロゼが答えることは無かった。

 とはいえ、――心配をかけて申し訳なかった、と素直に謝っていたのはダグエルにとって少し以外だったが。


「おっと、」

 耳に届いた声で、ダグエルは現実に引き戻された心地となった。


 オルグレンの声だ。

 少し低くした隙に、玉を奪われかけたらしい。

 青年がまた玉を高く掲げる。

 そうすると、頭一つ分はゆうに身長差があるのだ。

 青年が均整のとれた長い四肢であることをも相まって、ロゼは跳ばなければ……単純に跳び上がっただけでは奪えない。

 

 これが本当に玉を奪わなくてはならない状況であれば、ロゼは足を崩すか体を蹴り登るなどする。

 だが、そうはしていなかった。


 軽やかであたたかみのある、遊びに興じる有り様。 

 そんな彼らはダグエルの目に、仲のいい友人として映った。

 ほどほどのところでオルグレンが玉を奪わせてやっている有様は、年の離れた兄弟のようですらある。


 ロゼもまた跳んで跳ねて穏やかに玉を奪い、そうしてはオルグレンが届きづらい下の方に玉を隠す。

 それでいて、ふとした時に青年に玉を返していた。まだ続けてとでも、言うように。


 ――あの返り血にまみれて赤黒く染まった姿とは、まるで違う姿。

 あの少年なりに懐いているのだ。ダグエルはそう感じた。

 

 いい気晴らしになっていそうだ。

 そうダグエルはぼんやりと思い出す。


 弔いの準備の最中に、青年から聞かれたのだ。何かいい気晴らしはないだろうか、と。

 体を動かすなどし、外へと目を向けさせ、気を紛らわせられる何か。

 傭兵団に居る男の気晴らしとは相場が決まっている……とはいえ、青年の相談は、そういう話ではない。そうと察して、ダグエルは遠乗りでもどうだ、と答えたのだ。


 とはいえ、ロゼの乗馬の腕前は、乗って進ませるのに問題はないといった程度だ。

 ダグエル率いる騎兵隊の馬達全てに、不思議なほど懐かれている青年とは腕前にだいぶ落差がある。

 ダグエルはその辺りのことも話そうとしたが、団員に呼ばれ、話は途中やめのままとなった。

  

 あれから青年は考えたのだろう

 そしてそれの一環が、これなのだ。

 幼い遊びのようだが、体を使うことは、余計なことを考えずに済む。傭兵団の中でも、球蹴りや弾打ちに興じる一団が居るほどだ。

 

 ダグエルは緩く笑んだ。

 傭兵団の中である以上、複雑な部分もあるが、若者の弾んだ声にはいい響きがあった。

 戦が終わったばかりでささくれた神経に、日常を感じさせてくれるものだ。

 

 そして、わずかばかりの安堵も覚えた。

 サクラスにはゼオンが居たように、斬れすぎる刃のような人間には、鞘のような押し留める人間が必要だ。

 その鞘のような人柄を、ダグエルはオルグレンに感じた。

 

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