五章《三節 砦》3
オルグレンの目に映ったのは、探していた姿だった。
ロゼが弩を構えている。特に焦る風でもなく次を装填。もう一度撃つ。矢は、鎧へと突き立った。
しかし、中身を害すほど深くはない。
再装填。
……その間には、別のクゼリュス兵が白い流れ人に迫っており、オルグレンはそれを斬り伏せた。
それのみならず。見れば、大斧の騎士も迫ってきている。
「引きつけるから」
ロゼが手短に言った。
そして弩を投げ捨てる。代わりに彼は足元に転がった槍を蹴り起こした。
自身ほどの丈のクゼリュス兵のものだったと思しき、短槍を手にする。
そして、真っ直ぐに駆け出す。
「――心意気やよし!」
駆け寄るロゼを見てか、大斧の騎士が吠えた。
大斧の間合い。唸る鋼の塊が、ロゼを斜めに断たんと振り下ろされる。
一方でロゼの方は、自身へ急制動をかけていた。跳んで後ろへ。
その動きで、敵の目測を外す。
しかし、騎士は冷静だった。大斧の勢いを殺さず、獲物を腕で外に取り回す。
――踏み込んでの、二撃目。
この瞬間。
ここで……兜をかぶった大斧の騎士は、ロゼを見失っただろう。
頭のすべてを覆う兜は、目元しか空いていないのだ。つまり、視野が狭い。
オルグレンは見た。
ロゼが跳んでいる。斧が振り下ろされる一瞬前に、しならせた短槍を支えにして高く、上へと。
槍は断たれた。だが、その間にはすっかりと白い流れ人の姿は、空中にある。
身をひねり、大斧の騎士の上へと降り立つ。
鎧の首を掴み、彼は背へとしがみついた。
大斧の騎士が重量からか、何が起こったか悟ったらしい。振り落とさんと激しく身を揺する。
片腕を振り回し――その中でロゼの服か胸当てでも掴んだか。白い流れ人が引き剥がされ、投げ飛ばされた。
その小柄な体が、瓦礫の向こうへと荒く転がり落ちる。
この隙。
オルグレンは、斧の男の膝裏へと剣を突き立てた。
さしもの全身鎧も、その部分は薄い。
そして、全身に金属をまとった身の上では、負荷は特に脚へと掛かる。斧の騎士が、たまらず膝を落とす。
ここで首を取ればいい。実際、一瞬だがオルグレンの思考には、急所を探す思考も過った。
だが、体はすでに別の行動へと出ている。
思考と、体の不一致。しかし、今はそれで構わない。心とは一致しているからだ。
「ロゼ!」
投石機が砕いたものと見える瓦礫――
その方へ投げ飛ばされたロゼのもとへと、オルグレンは駆け出していた。
『猛りの尖兵』の傭兵達が大斧の騎士に留めを刺している。
他の兵士や騎士たちは残兵処理だ。
それを背の少し遠い所に感じつつ、オルグレンは瓦礫を飛び越えた。
主戦場から離れ、倒壊した煉瓦や石の上を滑り降りる。
そして、砦の内部――露出した床へ。
ロゼはと言えば、
「やあ、オルグレン」
そこの瓦礫の上で、寝転ぶような格好だ。
背中を打った可能性がある。転がり落ちた際に、どこかで体を打ちつけているかもしれない。
それ以上に――オルグレンは今認識した光景に、喉が見えないもので締まるのを感じた。同時、音を立てて血が下がり、体温が消える。
「ロゼ!」
すぐに、オルグレンは彼の側へとしゃがんだ。
血まみれだったからだ。
戦場で戦えば、人は大なり小なり血に塗れる。しかし、それにしても、と思う状態だった。
であれば、怪我を負っている可能性が高い。どこをどう、負傷したのか傷を診ようとする。
酷いものでなければいい、と願う。
とはいえ、オルグレンのその手はやんわりと止められた。
「大丈夫。返り血だよ、問題ない」
少し背中を打ったけれど、と彼は言う。
証明となかりに、何事もなかった様子で体を起こした。
息の乱れや、疲れは見て取れるものの、ロゼの動きには異常は見て取れない。
丹念に観察し――オルグレンは息を吐いた。
それは少し強めの吐息となる。安堵を覚えた傍から、ささくれ立ったものが首を擡げてきたのだ。
その感情のまま、オルグレンは荒く座った。ロゼの横に。
「……君、……何か、怒っているのかい?」
ロゼが言った。どうして? 何かあったのかい? ロゼの言葉はそんな調子だ。
何か考えるより先にオルグレンは思った。
――お前だ、と。
そう、――ロゼだと、彼は自覚した。
なぜ、一人で離れた。
なぜ、一人になろうとする。
独りで戦って、怪我でもしたらどうするのだ。
なぜ、無茶をする?
――なぜ、声を掛けてくれない。なぜ、話してくれないのだ、と。
それらの言葉が、一気にせり上がり溢れる。
故に――
「心配したんだぞ!」
その言葉は、オルグレンが己で思うよりも、語気が強く出た。
彼もロゼが強いことは、重々承知だ。
それはオルグレンを凌駕する。
ここ暫くの砦攻めでも、彼は独りで特段の武功を立てている。
だが、だからと言って……共に歩んできた友人を、案じない理由にはならない。
ロゼが、驚いたような顔をしている。
「それは……」
声を出したものの、言葉が続かない。
彼が言葉を探しているように、オルグレンには感じられた。
ロゼが、ややあって膝を抱えるように座り直す。
「……申し訳なかったね」
ようやくの、一言。
「……ごめん」
そして……
「大丈夫だよ。……私は、大丈夫だから」
何も問題ないよと、抱えた膝の中で俯いたまま言う。
その言葉は、オルグレンには言葉通りには聞こえなかった。
まるで言い聞かせるような言葉として、耳に残った。
寂しい言葉だ。
何か、もっと言うべきか……。
だが、オルグレンは言葉を出せぬまま、口を閉じた。
胸に、疑念が過る。それで揺らぐ。
足元の不確かさを彼は覚えた。
果たして、自分は少年に何もかにもを話してもらえるような、信頼をしてもらえる者であるのか……。
薄い自身。
不明瞭な自己。
名すら曖昧な自分。
オルグレンの心には、暗色の朧がかかる。
これ以上、彼に踏み込み探る資格はあるのか……
恐らくまだない、そう胸中に呟く。
それでも……、オルグレンはロゼを見た。
何かを隠すように、体を丸めてしまった少年を見つつ思う。
何かしたい。
些細なことでも、何かしてやれないか、と。




