五章《三節 砦》2
オルグレンは周囲を見た。
砦攻めの最中だ。
結果からいえば兵站攻撃を始め、占拠された砦の補修妨害など一連のアディーシェの行動は、一定の効果をあげた。
攻城戦は、片手と少しの日数ほど、膠着の様相を見せたものの……その後、クゼリュス側の矢弾の枯渇が見られてからが一転した。
とはいえ、城内で始まった混戦は、熾烈を極めた。
その中で、傭兵団『猛りの尖兵』は、名の通りの働きを示し、勇猛果敢な突端と化している。
最も死傷率が高い役割でもありながら、『猛りの尖兵』は突き進む。ウルローグが指揮官先頭を持って示す武威が周囲を鼓舞した。彼女に続き、団員が堪えられぬ怒りや、望み、悲願、それを忘却してしまう不安を携えて突き進んで行く。
「大将首を獲れ!」
いよいよ砦の主塔へと突入し、ウルローグが叫ぶ。
首を獲れ、一人でも多くを倒せ、平らげろ、と。
同時、我らならば、それが成せるという叫びでもある。
それが『猛りの尖兵』を奮起させる。噴き上がる熱量が、うねりとなり他の部隊へも伝播していくようだった。
オルグレンは、共に走りながら、それを肌で感じた。
戦場に必要なのは、猛将だ。
彼女はそれを見事に果たしている。
この場において彼女は、すべてを牽引する馬だった。
そして、ダグエルが御者だ。指揮官が先頭となることによって、難しくなる俯瞰しての視点を彼が調整していく。
オルグレンは彼らを守るよう、剣を振るった。
傭兵団『猛りの尖兵』――普段は穏やかに、家族のように集う彼ら。その存在は、彼にとって失い難い、大切なものとなっている。
襲い掛かってくるクゼリュス兵は、オルグレンにとって害悪以外、何者でもなかった。
剣は今、思いのままに振るうことができる。
望む剣筋を描き、オルグレンはクゼリュス兵の脚へと振るった。
当然、敵は跳び退こうとする。その浮ついた動きを前に剣を引く。腕の力を貯め、次なる一撃で胸を突いた。
鉄の鎧で身を固めたものに、それは必殺の剣とはならない。
だが、態勢が不安定なところへの衝撃は、転倒させるに十分。
そして、敵があおむけに倒れれば上から容易に頭を狙うことができる。血が爆ぜた。
更に駆け寄ってくる敵に、オルグレンは剣を掲げた。
長剣は、魔物に相対するにはいささか短い剣だが、人を死傷させるには十分な大きさと重さを持つ。
剣身を、己の体の外をなぞるように取り廻す。
そうして勢いをつけ、斜めに振り下ろす。
敵は、迎え撃つように剣を振るっていた。だが、振り下ろしのオルグレンの方が勢いに勝る。そうして、相手の剣をものともせず、肩口から胸を鎧ごと断ち切った。
そのまま勢いは止めない。動き続ける方が、剣に勢いが乗る。
ただし、大振りではいけない。
勢いを殺してもいけない。しかし、剣筋を読まれてもいけない。
一手打つときには、次の一手、その先を意識し振るう。
不意を狙おうとしたらしい、死角からの飛び出し。それにも、オルグレンは余裕を持って対処した。
剣を弾き落とし、代わりに胴を薙ぐ。ロゼと比べれば、その敵の動きは、易い動きだ。
その敵を排除し――
オルグレンは、振り返る様に視線を走らせた。
そして、また、と思う。
目を四方に配るが、特徴的な白髪が見当たらず、オルグレンは強い鼓動が胸を叩くのを覚えた。
刃に倒れてはいない……、そうとは思う。
だが、ロゼの様子に、オルグレンは気になるものを抱えていた。
シルユーノと出会って以降、彼は何かが変わってしまった。
表向きはそれを取り繕っていたが、輪から外れ、独りであろうとする。砦攻めの間も飄々としたような様子は失せ、ロゼは何かに急き立てられるような動きをしていた。
今もまた、姿が見えない。
気づけば、オルグレンは体を返していた。少年の姿を手繰ろうと。
だが、雄たけびが響く。
破ろうと奮闘していた扉が、内側の意思によって開かれる。
その様子に、主塔の中で最奥の部屋に立てこもっていた者たちが、最後に打って出てきたと彼は理解した。
死に物狂いの敵は、手ごわい。
ウルローグが叫ぶ。
「正念場だ! 覚悟を決めろ!!」
旋風が起こる。
それを吹き上げたのは――、身に受ければ一溜りもない大斧。
それを見、オルグレンは息をのんだ。
人対人という戦いが主流となった今の武器ではなく、人が魔物と戦うことが主だった時代のものだ。
最後の攻勢に打って出た騎士。
大斧を持った全身甲冑の男は、威風堂々たる体格をしている。
その男が立てこもっていた奥の部屋から駆け出すや、殺到するアディーシェの手勢を、主塔から追い出さんと一気に押す。
鋼の牙を掲げた鎧の突進は、猪を思わせた。
とても止められたものではなく、幾人かが弾かれる。
オルグレンは返そうとしていた動きをそのままに、一度主塔から飛び出た。
大獲物であることを考えれば、室内の方が有利だが……主塔の中も広間だ。
さほど変わらない。
大斧の騎士が、大薙ぎに獲物を振るう。
それだけで風が起こった。現在の武器――長剣などでは、あの大斧を防ぐことは無理だと、一目でわかる。
飛具辺りで仕留めたいところではあるのだが……問題は、立派な金属の全身甲冑だ。
運動量からみて、分厚い装甲ではない様子だが……恐らく半端なものでは防がれてしまうと、オルグレンの目には映った。
オルグレンと似た判断をしてか、『猛りの尖兵』達も主塔の外へと出ている。とはいえウルローグとダグエルの姿は見えない。
主塔の中からも響く音を聞き、オルグレンは中でも戦闘が行われていると判断した。
同時、そこは彼女たちに任せる他ないとも考える。
最後の大立ち回りを見せる男は、それを振り回すだけで十分脅威だった。
近づけはしない。
ならば……体力が尽きるのを待ちたいところだ、だが、他のクゼリュスの手勢が邪魔をしてくる。
このままでは死傷者が増えかねない。とはいえ、近づけない。
不意に、一発の厳しい音がした。
同時。大斧の騎士の右肩の方では、硬質な音が鳴る。次いで、本懐を果たせず地面に落ちるのは、弩の矢だ。




