五章《二節 まれびと》1
「姐さんに使いを出してくれ」
ダグエルが言う。その声に、もう行ってるよと、『猛りの尖兵』の幹部らしい返答が帰る。
宿営地を訪ねてきたのは、馬車に乗った客人だった。
がっしりとした体格の重馬が牽く車は、箱型をしており窓には幕が下りている。だが……誰の馬車であるかは、容易に分かった。
オルグレンもこの宿営地で、度々見かけたことがある人物だ。幕舎の前に止まった馬車、その御者台からひらりと降りるのは、傭兵団『猛りの尖兵』の雇い主だ。
「キャリオル卿」
ダグエルが呼びかけ、相手に合わせた挨拶――胸の中央に手を置き、足をそろえたまま丁寧にお辞儀をする。
ダグエルら猛りの尖兵たちが普段とるのは、白き峰々の国エーイーリィのものだ。その挨拶でも問題がないのだが、目上の者には相手の国に合わせた挨拶の方がより丁寧であるとされる。
その作法にダグエルは則ったのだ。
一方、キャリオルは、黒髪に白髪が混じっているが、目は輝くようで肌に艶があり、どことなく若々しい風貌をしていた。
ウルローグ曰く、金と指針は出すが、口はあまり出してこない上玉。
キャリオルがダグエルに向け、胸の中央に手を置き、小さな頷き程度に首を動かす、アディーシェの略式の挨拶をとる。
「ウルローグ団長は、首都アスタの方へ出ると言って、外回りです。申し訳ないが、しばしお時間をいただきたい」
「ああ、構わん。急に押しかけて悪いな」
事情を話すダグエルに、キャリオルが気安い口調でそう答えた。
その様子をオルグレンは少し離れた位置から眺める。
キャリオルに、切迫感や焦燥などの空気は感じられない。
しかし、どことなく落ち着かない……いや、ダグエルにどう話しかけるか選ぶ様子で魚のように口を開け閉じする。
対応するダグエルは、そんな迷いに気づいた調子で、
「しかし、どういったご事情で?」
問いつつ、どうぞ幕舎へと手で示す。
ダグエルの促しに対して、眉を寄せたまま傭兵団の雇い主は馬車を見やった。
すると――
「あ、お待ちください」
馬車の中から聞こえたのは、女の声だ。同時、キャリオルもまた焦った顔となって、馬車へと飛びつく。
だが、一瞬遅い。
馬車の扉が開いた。
そこから、姿を現したのは、女性だ。
明るい陽射しに照らされた髪は、大河を思わせるように長く、輝いた青磁色をしている。肌は、焼かれることを知らぬように白かった。
「……っ」
オルグレンは思わず、息をつめる。
他の者は、ほうっと息を吐くようだったか……彼はその様には感じなかった。
白と緑が合わせられた衣を纏う女性から、自分たちとはまるで違う所にある存在のような、違和感にも似たものを感じる。
ロゼにある皮膚一枚違う存在感を、もっと強くしたような感覚だ。
しかし、オルグレンが感じるものは、他の者にはない様子だ。青磁色という不可思議な色合いの髪色にさえ、誰も何も違和感を持っていない。
ただ感嘆のような声が聞こえた。
「シルユーノ様、どうぞお手を」
あきらめたように息を吐いたキャリオルが、女性――シルユーノの手を取り、馬車を降りる手助けをする。
地面へと降りた彼女は、静かに顔を上げた。
そして、目で何かを手繰る様に、顔を動かした。近くを見渡しながら、それでいて遠くを見ているような目だ。
物が見えているのか、居ないのか、不思議な視線の動かし方をする。
やがて、その視線がオルグレンへと、ぴたりと止まった。
「あなた。……あなたは、我らが末弟と強い縁がありますね?」
その問いは、オルグレンを指してのものである。とはいえ、いったい何のことか察しかねた。
何のことだろうか……と、オルグレンは瞬きをするしかない。
それに構わない様子で、シルユーノは再び視線を動かす。
「あの子はまだ、戻っていませんね」
彼女は、誰にともなく呟いた。
その問いもなにもが、オルグレンには浮世離れして思える。
そしてはっきりと感じた。彼女は自分たちとは少し違う、言うなれば――隠世の人なのだ、と。




