表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
五章〈砦奪還戦〉
37/75

五章《一節 強さ、とは》3


 傭兵団副団長の、その顔にオルグレンは笑って見せた。

 ――自身の名前さえ、いまだに確信を持てていない。

 焦ってはいる。欲してもいる。不安でもある。


 しかし、とオルグレンは思う。

 心を俯かせる必要はないのだ。思い直すと同時に、いつかの夕暮れに聞いた言葉を思い出す。

()()()()()()のだから、問題ない」

 そう――ロゼが言ったのだ。

 これから探せばいいじゃないか、と。

 分からないと、いつまでも失った方を向くのではなく、 前を見る。


 言ってオルグレンは、白い流れ人の姿を思い浮かべた。

 今日はウルローグに連れ出され、彼は出かけている。

 ――一人にするけど、大丈夫かな?、と。

 離れる前の、いたずらめかした顔と言葉を思い出し、オルグレンはくすぐられたような心地で口元を緩めた。

 同時――あの少年は、ああしているぐらいが丁度いいのだとも声に出さず呟く。 


 そう、ついオルグレンが表情を緩めたのを、どう感じたか……

 ダグエルの表情が、曇りを帯びた。

 彼は陰から日向を見るような顔だ。


 「――ああ、兄さんも、強いんだな……」

 ぽつりと、ダグエルが言う。

 その声はどこか重い。引き戻され、オルグレンはダグエルを見た。

 彼の言葉には納得と、僅かにだが自嘲の色があった。

 自分はそうではない、とばかりに。


「いや、俺は……」

 そんな大層なものではない、オルグレンは否定した。

 

 彼は、今ここに在れるのは、縁に恵まれたからだと思っている。

 確かに、使命は自身で持った。帰らなくてはならない――その何処かへと帰ろう、と。

 だが、ここへ来たのは、ある意味ではクゼリュスの騎士を含め出会いがあってこそだ。

 それらがなければ使命を思い出せもせず、彷徨っていたに違いない。

 

 思い出したとて、ロゼとの出会いという幸運がなければ、少年の友人という今の居場所もなく、旅の歩み方も知らなかったのだ。

 恐らく、長く足踏みをしていただろう。

 自身は何者であるのか、どこに居ればいいのかも分からぬまま……。

 

「それでも、諦めようなんざ思っていないんだろ?」

 オルグレンはその問いに、首肯を返す。

 そもそも思い出していない場合を除けば、自身はいつか歩き出していたと、彼は思った。

 己の生命が続く限り、一歩でもどこかへ、と。

 

「そういうのが、強いというんだぜ。そこから、諦めねえのが本当の強さだ……多分、あんたらはそうやって進み続けられるんだろうさ」

 きっとそうだ、そうに違いない、とダグエルが言う。

「気持ちを忘れず、ずーっと先を見て。俺は、凡人だから忘れちまうし、気持ちも変わっちまう」

 話すダグエルは遠くを見ていた。

 遠景に見える鮮やかな緑の山脈ではなく、もっと遠い白き峰々へと心を飛ばすように。

 

 その様子に、オルグレンは静かに思った。

 これは自身が親しい部外者だから、聞ける話だと。傭兵団の副官は、団長にも配下にも、決してこのようなことは話さないに違いない。


「俺は、クゼリュスと……ある意味じゃ、エーイーリィのお偉方の連中に女房と子供を殺されていてな、一矢報いてやろうと傭兵になったんだ」 

 その言葉で、オルグレンには脳裏に蘇る言葉があった。

 傭兵団の副団長はいつか、焦土作戦しか、とる気のないエーイーリィの軍とおさらばして……と口にしたことがある。


 傭兵団『猛りの尖兵』の団員は多くがそうだと、ダグエルが言った。

 エーイーリィは焦土作戦をとり、強固な守りを固めて籠城作戦をする……いつかロゼが語った話だ。だが、それで守れるのは首都と、その中に避難できた者のみ。では、それ以外は……。

 

 ダグエルが息を吐く。

「……もう、声も顔も思い出せねえよ。何年も経っちまうと、な」

 オルグレンは、己の中心に冷たいものを流し込まれたような心地を覚えた。

 

 あきらめないと、今ははっきりと言える。

 だが……ダグエルの言う通り、これから先強く在りつづけられるのか。

 ロゼと交わした一年という約束の期間は、きっとどうにかなる。

 彼との歩みは、オルグレンに友人だと言う立場をくれ、支えてくれるものだからだ。


 では、その後は、どうなる。

 それを超えて同じ意思を持ち続けていられるか。

 幾年かは、大丈夫かもしれない。


 しかし――……。心臓がどくりと脈打つ。

 

 オルグレンはダグエルの横顔に、視線を移した。

 そうして、だが、と彼は思う。

 傭兵団の天幕群を見る、副官の目に対して。

 忘れてしまったと悲しむダグエルの眼差しは、もの悲しくもあるが、天幕の群れを柔らかく包むようにあたたかい。

 

 どうとも言葉にできず、オルグレンは口を閉じた。

「ははは、変な話をしちまったな。男同士の秘密ってことにしてくれや」

 酒でも飲もうぜ、と野太い腕に肩をたたかれる。


 オルグレンは、ああ、と応じたが――ふと気づいた。

 傭兵団の団員と思しき一人が、大きく手を振り駆けて来ているのが見える。

 その彼は、ダグエルの名を呼ばわっていた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ