五章《一節 強さ、とは》2
オルグレンは心算した。十分に斬れる。
そしてそれをロゼもわかっていると感じる。
それが故に、か。白い流れ人はオルグレンの剣を、せめぎ合いながら退けようとした。逸らそうと手首を、力の強弱を繰る。
しかし、鞘を合わせたままオルグレンは受け応えた。手元での牽制、陽動その全てをねじ伏せ、あくまで押さえ込む。
この攻防の中で、薄紅い瞳と視線がかち合う。その目にあった余裕は消え、鋭さと硬質な光を帯びていた。
力が返される。
だが、オルグレンが御するに困るほどではない。純粋に力で打ち勝つにはロゼの体格では難がある。
姿勢が不利であれば尚更に。
「……私の負けだ」
少し力勝負を粘っていたものの、進退窮まり……今度の負けはロゼが宣言した。
彼の弱みはこれだ。
加えるならば、強い打ち合いも厭う様子が見られた。太い剣と細身の半曲刀、この二つの特性の違いもある。
しかし、それ以上に力のせめぎ合いを苦手とすることの証左でもあった。
力を抜き、離れる。
また、距離をとり構え――……また勝負を、繰り返すうち、オルグレンは心の中が軽やかに跳ねるのを感じた。
さて、いかに相手を上手く打ち負かすか。
今度はどう持ち込むか。
ああすれば、どう返されるだろうか。
それらの思考が弾けるように次々と浮かぶ。
あまりにも自身と違う手管に興味が尽きない。
ロゼもそうだろうか……オルグレンは彼を見た。対峙する少年は、浅く息を荒げながらも口元が笑んでいる。
❖ ❖ ❖
斥候がクゼリュスの補給隊の動きを捉えれば、出向いてそれを叩く。
そういう日が続いた。
知らせがないか、あるいは『猛りの尖兵』に声がかからなければ、宿営地で傭兵団と共同生活だ。
オルグレンは、そういう日々を過ごしている。
彼は腹に早く動き出したい焦燥感を抱えてはいたが、ここでの生活そのものには、満ち足りていた。
なにせ十分なのだ。
貸し与えられた天幕は、地面から底上げをした床を兼ねた寝床があるだけのもので、一回と少しほどの寝返りでロゼと体が当たる。決して広いとはいえなかったが荷物が置け、雨風は問題なく凌げた。
それに寝床が狭くともオルグレン自身、寝相が悪いと名乗るほどの悪癖はない。
ロゼの方は体を丸めて眠る癖があったが、小さく手足を折りたたむ格好で、それほど場所を取るわけでもなかった。
それに絨毯や毛皮を敷いてあり程々に柔らかい。野ざらしだった山越えのことを考えれば上等な寝床だ。
野外と異なる幕内の狭さという要素は、一晩もすればお互いに慣れた。
温かい食事があり、酔える酒があり、語らえる仲間がいる。それはオルグレンにとって、心地よく身の底から馴染む空気だった。
自身もかつてはそんな生活をしていたのかもしれない、と思う。それほどに彼は、傭兵団での生活に肌に合うものを感じていた。
「……一度、切り上げないか」
さすがに……、となってオルグレンは声を上げた。
太陽が真上となり、上がった気温と、体力の消費で汗が落ちる。
手合わせだ。対峙しているのはロゼ……、ではなく同じく汗をぬぐって笑うダグエルだった。
手合わせにはいつの間にか、観衆がつくようになっている。
傭兵団と打ち解けてくると、勝負勝負と人が寄る様になり……ついに傭兵団の副官まで寄ってきたという訳だ。
オルグレンとダグエルの勝負は、数十合にも及ぶ、激しい打ち合いとなった。
その果てに決着はついていない。
それが三度繰り返されて、互いに荒い息を繰り返す。
そうしよう、と。ダグエルが応じたのを機に、観衆たちもはけていった。
獲物を担ぎ、幕の影に入って、近場の木箱の上に座り込む。日差しさえ浴びなければ、通り抜ける風はまだ涼しかった。
「もともとだが、更に動きがよくなってきたなぁ。兄さんは」
「前は体ばかりが先だったが……今は思考と一致してきたように思う」
ダグエルの賛辞に対し、オルグレンは答え、
「ロゼと、それにあなたたちのおかげだ。感謝している」
続けて礼を言った。
ダグエルがいやいや、と手を振る。
「なら、よかった。だが、何か思い出したりはしてねえのか?」
「そっちについては……、すまないが進展なしだ」
オルグレンは言った。体の感覚――身を守り抗う為の身にしみた技術は戻りつつある。とは云え……自身に関する事は、まだ荒波の向こう側だ。
オルグレンの前でダグエルが、顔をしかめた。
荒く短髪を掻く姿は、するべきでない質問だったかと悔いるようだ。




