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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
四章〈傭兵団『猛りの尖兵』〉
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四章《四節 傭兵達の晩餐》2


 話の内に歩みは、宿営地の中ほどへと差し掛かった。

 馬はダグエルへ倣い、馬繋場に預ける――おそらくは幹部用のもので、幕の屋根を設えたそこには、世話人がおり、またウルローグのものという、つややかに磨かれた馬の姿もあった。

 

 そこから向かうのは、他と少し距離を置いて張られた大きな幕舎だ。

 中は、すでに賑やかしい。幕を突き抜けるほどの声量で溢れかえり、混ざり合い誰が何を言っているのか聞き取れない。

 ダグエルが近づくと、見張りと思しき男が親指で中を指し示す。

 そのまま中へと入れと言ったところか……、とオルグレンは見た。

 実際ダグエルが垂れ幕を捲って進んで行く。その背を追いオルグレンはロゼと共に中へと足を踏み入れた。

 幕舎は漏れ聞こえていた音の通り、人で溢れている。 

 上から下までの幹部が集まっているという具合か、とオルグレンは推測した。

 皆、緊張するほどではないものの敬意を滲ませ、親しみを示した声をダグエルにかけている。

 

 彼らの間を縫うように、独楽鼠(こまねずみ)のように動いているのは給仕の人々だ。並べられた卓の上に料理を持ち込むなど、忙しく動いている。

 祝勝の宴会……その準備と思しき光景。籠には麺麭(パン)が積まれ、大小さまざまな器に肉や魚などの料理が盛られており、干し果物、乾酪(チーズ)、酒の姿もあった。

 脂と、熱さ、酒精の混ざった匂いが立ち込めている。

 実に豪勢な席だ。

 

 だが、幕舎に入った以上分かっていたことだが――注目するべきことがあった。

 ウルローグだ。

 幕舎の奥に、座っていた彼女が立ち上がる。

 そうして、つかつかと彼女が一直線に進みだした。

 その光景ににぎやかだった幕舎内が、切り裂かれたように静まり返る。忙しい給仕でさえ、足を止めた。

 

 オルグレンは一歩出た。

 ロゼの前に。思わずだ。

 鞘に収まったままとはいえ、ウルローグはロゼが渡した半曲刀を携えている。

 加えて、彼女は怒気とも何ともつかぬ険しい表情をしていた。

 彼女が本当に頭を冷やすことができたのか、量ることができない。

 彼女がまた、激情を示すのであれば……。


 オルグレンは、腹の中で決めた。守ろう、と。

 少年がまた目の前で痛めつけられる事は、看過できない。

 ロゼは自身のことについてあまり語らない。白い雲か霧のような人物だ。だが、オルグレンは一つ確信している事がある。


 この少年は、優しいのだ。都合や、利用だと言葉では言っているが、己を常に気遣ってくれている事を、オルグレンは知っている。

 ――だから、傭兵団長……この傭兵団と事を構えることになっても、彼を守ろうと、そう決めた。

 大事な友人なのだ。せめて身の安全だけでも。


 だが、腕を小さく引かれる。

 それへオルグレンは振り返った。

 ロゼがそうしたのだ。言葉を介さないながらも、大丈夫だと示しているように、オルグレンには思えた。


 それと同時、巻き込むまいとしているようにも感じられる。頑なに、火の粉を浴びせまいとするように。

 彼の意思を尊重すべきか……退くか否かの中で揺れ、オルグレンの足が止まる。


 その空白の間に――

 オルグレンの横をすり抜け、ロゼがウルローグの前に立つ。

 ウルローグの方は、身に着けていた外套を捌き腕を出した。

 一瞬、空気が細い糸のようにこよられる。

 肌に痛みを覚えるような、緊張が周囲を苛む。

 

 このただ中――、

「すまなかった、ロゼ」

 彼女は、はっきりと頭を下げてそう言った。


「それから、知らせをもたらしてくれたこと、感謝に堪えない」

 死んだと噂には聞いていたが、ようやく真実を知れてよかった、と。

 そう言い、面を上げる彼女の目元は赤い。だが、腹の座った顔となっていた。

 

「構わないよ、ウルローグ」

 ロゼが答える。

「ここであなたに会い、伝えることができて、本当に良かったと思っている」

 

 すると、幕舎の面々が一斉に息をついた。

 ああ、よかった――などと声が上がっている。安堵のざわめきと、和解への祝い。

 次第に幕舎の中が、先ほど以上の活気に満ちる。

 空気が柔らかくほどけた。

 酌み交わされる穏やかな感情が見える。

 その光景に、オルグレンは、鼻の奥がつんとなるような、これをうらやましいと思うような感覚を覚えた。

 

 その中で、ウルローグは手にしていた剣を、少し持ち上げて示す。

「これは、お前に返す。……哀しいが、私に半曲刀は使えんからな。だが二、三日は借り受けたい」

 そう言って、まるで想い人がそこに宿っているかのように半曲刀を撫でた。別れのための、気持ちの整理をつけたいということだろう。

 ロゼの返答は首肯だった。

 ウルローグが微笑む。

「なら、今日は戦勝の宴と、お前たちの歓迎だな」

 宣言した彼女が首を動かす。

 

 そして――オルグレンは、彼女と目がはっきり合い、瞬きした。

弟弟子(おとうとでし)の友人殿」

 ウルローグが居住まいを正して言う。

「私は『猛りの尖兵』団長、先駆のウルローグだ」

「――オルグレンという。すまないが、身の上は憶えてない……ご容赦願いたい」

 正しい名乗りに、オルグレンははっきりと答えた。

 

「とんでもない。先ほどは見苦しい所を見せ、すまなかった。止めてくれたことに感謝する」

 そう頭を下げウルローグが言う。

 

 そして、さあ、と卓に招く。オルグレンは、ロゼと視線を交わし合い、招きに預かることに決めた。

 ウルローグが戦勝と、戦友との再会を祝う言葉を上げる。


 食事への祈りが捧げられ、こうして宴が始まった。

 

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