四章《四節 傭兵達の晩餐》1
赤みがさした陽が、ゆっくりと霞みがかった遠景へと沈みつつある。とはいえ、地上はまだ明るく、ぬるい空気が立ち込めていた。
ルキフより西の土地にあり、陽が落ちる方向が高い山脈ではなく、滔々たる大河である土地柄か陽が長い。
それに加え、高い山を越えるうちに、いつの間にか季節が移ろっている。それをオルグレンは肌をあたためる温度から感じ取った。
陽を浴びながら、ゆっくりと周囲を見渡す。
広がるのは無数の天幕群――『猛りの尖兵』の宿営地。
そこは、なかなかに立派なものだった。
ダグエル曰く、団員は三百人。
そこへ商人や娼婦、団員の家族など非戦闘従軍者が合わさっており、魔物避けを施した柵に囲まれる天幕の群れは、さながら一個の村か、小規模な町といった様相を呈している。
張られた天幕の間を、馬を伴って歩く。
そうしながら、オルグレンは隣を見下ろした。
視線の先に居るロゼは、細い輪郭を歪ませて腫れた頬と、唇が切れた痕が痛々しい。
それでも、体の調子を取り戻したようには見えたが……オルグレンは何とはなく気にかかり、彼を視界に入れるように努めた。少し前までのように彼が姿勢を崩すなら、支えられるようにと注意を払う。
無論、白い流れ人の存在を頼りなく思ってなどではない。
実際彼は強く、多くの知識を持ち、オルグレンを導いてくれる人だ。
また、導いてくれなくては困るから……などとしている行為でもない。
どこか張り詰めたままの弓弦を見るような……抜き身のままの刃のような、そんな危ういものを見るような心地がオルグレンの胸の中には過ぎていた。
今はもう彼が調子を取り戻したからか、そのような様子は霧のように消え失せていたが……。
それでもあの時、ウルローグを前に、腕へ触れてきた様子。
そして、避けれる拳を避けなかった、反撃も、身を守ることも最低限にしか取らなかった有様。
一連の出来事がオルグレンは、ささくれのように気にかかった。
そう様子を見ながらも、ダグエルの案内に従って歩く。
時折天幕の方から声がかかり、手を挙げて挨拶し合う姿が見られた。
ダグエルに対してのみならず、ロゼに対してかかる声もあり……久しぶりだな、元気にしていたのか、と傭兵達から言葉が飛び交う。あなた達も、とロゼが応える。そんな気さくな空気があった。
彼らが戦闘を行う集団であることを忘れそうになる、どことなく親しげで、和やかな光景だ。
それが、どこか懐かしい……。心中のままにオルグレンは目を細めた。
活気があり、暖色の話し声に溢れている。
その視界の片隅で、ロゼが仰ぐようにして振り返る。
「あの人たちは、サクラスの元部下さんだよ」
喋ると痛むのか、腫れた頬を押さえながら少年が言った。
「サクラスは傭兵になる前、エーイーリィで将軍をしていてね。とてもすごい人だったと聞いているよ」
口が大きく開かず小声だったが、ロゼの声には師を慕う少し明るい色が滲んでいる。
すると、
「そう。サクラスさんには世話になった」
ロゼの言葉を継いだのはダグエルだ。
俺も元部下、という傭兵団の副団長が、馬を引きながら頬を搔く。
「そっからまあ、色々あって、今は姐さんを慕う集団さ」
言ってダグエルが視線を移すのは、夕陽色の空だ。
「……焦土作戦しかとる気のないエーイーリィの軍とおさらばして、な」
集まったばかりの頃が懐かしい……、そう言ってはるか遠くを見る目となり――彼は、ふと思い出したように表情を変えた。
ダグエルが、愛嬌を帯びた悪戯気な笑顔を浮かべる。
「そういえば、俺は憶えてるぜ」
そう前置き、
「あの頃――五年ぐらい前だったか。初めて会った、これぐらいのちびっこいお前をな」
ロゼを言葉で指し、ダグエルが胸の辺りで手をひらひらとさせた。
それが今のロゼよりも頭一個分程度低い位置。
今でさえ、白髪の流れ人は年若い。それが五年も前ともなれば……と、オルグレンはもう一度横を向き、思わず少し笑った。目に映ったのは幼い顔だ。
ロゼが腫れだけではないもので、ふくっと頬を膨らませ、口を引き結んでいる。




