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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
四章〈傭兵団『猛りの尖兵』〉
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四章《三節 死神の縁者たち》2


 空へと感情を放出し、

「――ダグエル!」

 次いで、彼女は副官を呼んだ。

 そのまま、片手で顔を覆い、事後処理を言いつけていく。

 ややあって……ひとしきり言い終わった後、

「あと、そいつの手当てをしろ。思いっきり殴った」

 私は頭を冷やしてくる、と言い終わるが早いか。

 ウルローグが長髪を翻し、背を向けた。




「目はしっかりしてきたな。気分は悪くないか?」

「……うん。まだ空が回るけれど」 

 顔を覗いて確認するオルグレンに、ロゼは答えた。

 

 ウルローグが立ち去ってすぐのことだ。

 ロゼは自分が、全く立ち上がれないことに気がついた。

 大丈夫かと振り向いたオルグレンに対し、同じ言葉を返し、立ち上がろうとはしたのだが……ままならなかった。

 体が定まらず大きく傾ぎ、膝が抜け、両手を地面につくような有様。

 いや、その両手さえ体を支えられなかった。

 オルグレンが肩を掴まなければ、ロゼは地面に突っ伏していたに違いない。

 顎や頭に衝撃を受けると、そういう状態に陥る者がいる。

 まさにその状態でウルローグの拳が、どれだけのものだったか、改めてロゼは実感した。

 

 ともあれ、遺体なども転がっている場所から、オルグレンとダグエルに連れ出してもらい……そこから彼は切った口の中の止血と、濡れた布で顔を冷やすなど手当てを、受けたのだ。

 

 ロゼは周囲を見渡した。

 少し前まではそうすると天地が廻るようであったが、ダグエルの勧めもあり、しばらく荷物を背に目を閉じ休んでいたおかげか、いくらか落ち着いている。

 

「まあ、姐さんに殴られて、それだけで済んだなら、いい方だ」

 ダグエルが言う。俺なら半日以上死んでいる、と。

「それに、上手く殴られてたしな」

 当たりに行っていたろ、と自身の頬を、傭兵団の副官が指す。

「もともと殴られるとは、覚悟していたのだよ。それにもっと酷いことも言われるかと思っていた」

 ロゼは言った。

「私は、……サクラスを止められなかった。守れなかったのだから……」

 この件については、ダグエルもまた目を伏せるようにする。

 

 その表情を見る片隅で、それに……とロゼは胸中だけで呟いた。

 自身の手に視線を落とす。

 その手は多くの人を斬り、殺してきた手だ。数多の死を知っている。

 人を切り慣れているはずだが、まだ……、彼の手には躯となったサクラスを斬った感触だけが残っていた。

 あの時――死体を連れては逃げられない。そう判断し、ロゼはあの渓谷の河原で()()を行った。

 火も準備したが、渓流の脇でどれほど燃えるか、わからなかったからだ。

 その体がクゼリュスへと渡り、勲章として扱われることのない様に、師の――安らかだった顔を……。

 それを思い出すと、ロゼはわずかに思う。

 ――罰が欲しかったのだ。

 そう、寧ろ罰を与えられたかったのだ。あの感触を拭い去るような……、強い痛みを。

 口元を引き結ぶと、ロゼは頬に痛みを感じた。

 まだ残る熱い疼痛にそっと息を零す。

 これで足りたのか……、明確な答えは胸に浮かばない。

 

 そうでありながらも、ロゼは立ち上がった。今度は立てなくはないが、やはり体が揺れる。

 どうにかそれでも態勢を保っていれば、オルグレンの手が差し伸べられた。

 その大きな手のひらを見る。

 ロゼがそうしていると、ややあって青年の手が動きを変えた。

 一度下がった後、ロゼの腕を掴むものへと変わる。

 そうされて、そよ風にさえ揺らぐような体が止まりロゼはその青年のしっかりとした腕を見た。

 

「その様子じゃ歩けねえな。……俺の馬に乗るか?」

 ダグエルが言う。

 傭兵団の死傷――ほぼ怪我人だけだった――が乗った馬車は、ロゼが動けずにいた間に先に出てしまっている。

 

 ロゼはオルグレンの顔を伺った。

 ダグエルと相乗りすれば、彼は徒歩だ。

 今ここにいるのは、ロゼの都合だ。オルグレンとの約束とは関係がない。

 友人と自ら名乗ってくれた、彼に迷惑をかけるべきではない。ロゼはそう結論を出す。


 しかし、かと言ってどうするべきだろうか、と。

 何かどこかへ視線を走らせる様子の青年を見つつ、ロゼが考える間……

「ああ、それなんだが……。ダグエルさん、一頭、新しい軍馬はいらないか?」

 オルグレンの口調は、妙案があると言わんばかりだった。

 

「歓迎するぜ。なにせ、使える軍馬は財産だ」

 ダグエルが頷く。

 馬自体も希少だが、訓練を済ませた軍馬となると、更に希少品となる。

 とはいえ、とロゼは首を傾げた。ダグエルもだ。どこにそのような馬がいるのか。

 

 その目の前で、オルグレンが口笛を吹く。

 澄んで響いた高音。独特の抑揚があるそれに、近場ではダグエルの馬が反応し顔を上げた。

 他方で――周囲で屯す『猛りの尖兵』の馬達とは離れた位置で、一頭の馬が顔を覗かせる。

 

 ロゼはその馬に見覚えがあった。

 クゼリュスの守備隊長の馬に違いない。その黒鹿毛(くろかげ)の馬は、元々は胸当てや馬衣なども付けていたはずだが、今は取り外され身軽な姿になっている。

 呼ばれた気になったらしいその馬は、跳ねるような足取りで向かってくると、オルグレンに鼻先を擦り付けた。

 彼も、馬の首のあたりを撫でてやっている。

 素直に好意を示し合う様子で、それは長年連れ添ったような有様だった。

 

「いつの間に……」

 ロゼは思わず言った。

「お前が休んでいる間だ。あのままというのも不憫で、な……」

 馬を見ているうちにできるような気がして、口が覚えている口笛を試したところ寄ってきた。そうと彼は言う。

 そして、このまま放つにしても、馬具がついたままでは、行きづらかろうと外してやったのだ、と。

 

 彼の言う通り、外したという頭絡(とうらく)と鐙やらが、近くに置いてある。それをオルグレンは慣れた動きで、付け直した。

 馬は嫌がるようなこともなく、むしろ協力するような格好だ。

「兄さん、俺らと同じ騎兵か何かか?」

 

「……いや、すまないが、……全く憶えていないんだ」

「オルグレンは、ちょっとあって……記憶がないのだよ」

 ダグエルの問いに、オルグレンが首を振る。彼に合わせてロゼは説明を足した。 

 これに、はぁ、とダグエルが半信半疑の顔をする。

 憶えていないというには、あまりに(さま)になった動作でオルグレンが騎乗したからだろう。

 

 次いで手を寄こされロゼは仕方なく、引き上げられるままに彼の体の前に乗った。

 子供のような乗せ方をされ、得心はいかないが……こればかりは騎手に従うしかない。加えて、手助けされて騎乗するだけで天地が揺らぎ、文句を言うような気も起こらない。

 

 一方で、馬は軍事物資か、個人資産かとダグエルがもごもごと呟いている。 

 とはいえ、

「あんたらは、俺たちの契約には当てはまらんから、適当に取り成しゃいいか。……さて、詫びを兼ねて歓迎するからついてきな」

 姐さんがだめでも俺が歓迎する。弔いと積もる話をしようやと、ダグエルもまた騎乗し馬を進ませた。

 

 オルグレンがそれに続く……手前、腹の辺りを彼に軽く押さえられロゼは内心で首を傾げた。

 その振る舞いの理由は、問わずともすぐに体感する。馬の歩き出しの揺れで、ロゼはまた目の前が廻るのを感じた。

 体が揺らぐ。オルグレンの支えが無ければ、落馬とまではいかずとも姿勢を崩していたに違いない。

 

 自然に庇われている。気にかけられている。

 そのことに、ロゼは不思議な心地を覚えた。

 そして、顔には表さぬままに内心で首を傾げる。今庇われていることだけではなく、青年がウルローグの前に立ちはだかってくれたことも、すべてが理解しがたい。

 それでいて、かつて師とともにいた時のような、柔らかな感触を覚える。

 

 同時にロゼの中には師――ゼオンやサクラスに対して抱いていたものと、同じ疑問も浮かんだ。

 ――何故、と。

 あれらの行動すべて、オルグレンにとって何ら利はない。であるのに……何故だろうかと不思議に思う。

 

 気づいていないだけで、利があるのだろうか……。

 疑問のままにロゼはゆっくりと振り仰いだ。その視界の中で、青年が軽く首を傾げる。

 彼へ何をどう問うべきか、どう口にするべきか、ロゼは考えつけずただ見上げた。

 オルグレンはどう判断したのか……。青年が静かに馬を繰る方へと意識を戻していく。

 馬と触れ合う彼の顔は、ロゼの目に少し満足気にさえ見えた。

 

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