四章《三節 死神の縁者たち》1
「ロゼ、お前……。なんで、一人なんだ……?」
どういうことだ、と。ウルローグが発する。
その震えるような声を聞き、ロゼは耳を塞ぎたいような衝動にかられた。
彼女の声は、分かりかけていながら、それを拒否するような声だったからだ。
団長の動揺が伝わり、周りにざわめきが広がる。ダグエルがはっと気づいた様子で、人払いを始めた。
残ったのは、ウルローグとロゼ、そしてオルグレンだけだ。
ざわめきが遠ざかるまでの間をただ耐える。
その間、ロゼはふと気づいて横を見上げた。
「……」
オルグレンが、大丈夫かと問わんばかりの目をしている。
ロゼは空いた手を動かし――オルグレンの腕に触れた。彼へ大丈夫だと示そうとして……いや、胸中で首を振る。
本当のところは、ロゼは自身でもなぜそうしたか分からない。何か明確な意図が浮かんだ訳ではなかった。
それでも、この場で自身へあたたかい温度を向けてくれた青年に触れて、安定を感じる。川面の木の葉が石に受け止められ止まるように、ロゼは己の身の均衡を少し取り戻した。
オルグレンは、何を言うでもない。
しかし、ロゼが手を降ろすのと入れ替わりに……、だった。
青年の手が、緩く肩を握るように、この場へと留めてくれるようにロゼへ触る。
その重みを感じ、初めてのような心地で、ロゼは息を吸った。
そして鞘ごと外した半曲刀を片手に持ち、ウルローグの前に歩み出る。
彼女の顔は、怒りも、悲しみも、すべてが渦巻いた顔だ。様々な感情に引きつっている。
「ウルローグ、あなたへ伝えにきた」
ロゼは言った。
そのためにこの戦場へと寄ったのだ。再会の打算があった訳ではないが、会えるのであれば、伝えねばならないことがある。
「……なにを、だ」
ウルローグが、かすれた声で応える。
その彼女へ、ロゼは剣を差し出した。
滑らかに湾曲した半曲刀、飾り気のない、漆黒の鞘に納まった死神の剣――サクラスの剣だ。
受け取ったそれを、ウルローグが震える目で見、そして鞘を握りしめる。
彼女の視線が、自身に戻るのを見てからロゼは告げた。
「……サクラスは、逝ってしまった」
……もういない。
刹那――
強い衝撃でロゼは、たたらを踏んだ。
頬に焼けるような痛みが走る。昼の太陽を見たように目の前が眩む。
片膝が落ち――寸で、ロゼは何とか踏みとどまった。
口の中を血の味が占める中、どうにか立つ。
ウルローグが瞬時に拳を構え、頬を打ちに来たのは見えていたのだ。
避けられないわけではなかったが、ロゼはそのまま受けた。それでよかったからだ。
罰されるべきなのだから……
「嘘だ!!」
悲鳴にも似た声が上がる。
誰よりも強い、誰よりも鋭い剣士なのだからと、ウルローグが叫ぶ。
「あの方が死ぬわけがないッ!」
彼女の激昂する気持ちは当然だ。
なにせ、ウルローグはサクラスをとても慕っていたのだ。ロゼが弟子として転がり込んだ時も、ウルローグの機嫌をずいぶん損ねたものだった。
あの時――サクラスは笑っていたが、自分が一番弟子なのだと言うウルローグは、真剣そのものだったのだ。
「お前が――」
ウルローグが低く言う。
次なる力にロゼは振り回された。
彼女の拳が、胸ぐらを掴んでいる。その腕で、ロゼは引っ張りあげられた。ねじ込まれた拳骨で喉が痛む。身長差もあって、踵が浮き、息ができない。
「――お前が、原因じゃないのか」
言うウルローグの茶色の双眸は、壮絶な感情を燃え上がらせていた。
ロゼがサクラスの足手まといとなり、死に至らしめたのではないか……、ウルローグはそう言っている。
ロゼは首を振った。
かすかにしか動かせないが、そうした。それは、助命嘆願などではない。真実だからだ。
サクラスが逝った戦場で、ロゼもまた半曲刀と同じく、狂った死神の剣と呼ばれるだけのことを果たしたと言える。
だが、剣だけでは、サクラスを守る事は出来なかったのだ。
……ごめんなさい。
その言葉を、ロゼは胸中で呟く。
サクラスを止めれなくて、ごめんなさい、と。
標星の大国クゼリュスと、白き峰々の国エーイーリィ――二国の戦争の末期、エーイーリィの手勢は散り散りとなり、まとまった行動をとることが難しくなった。
ここで何としてでも逃れ、再起をはかる手段もあった。
だが、サクラスがとったのはより強硬な、反抗だった。それも……せめて最後に死花を咲かせたいと、崖の縁に立たされた顔となった、他の仲間達の懇願に応える形で。
無謀だと、ロゼは思った。
だが、それしかないと言うのを、止められなかった。
サクラスの悲願を、そしてゼオンを失った悲しみの深さを知っていたから……。
不意に突き飛ばされてよろめき、ロゼは今度こそ地面に両膝をついた。
「……もう一度言え」
鞘のままの剣の切っ先をロゼに向け、ウルローグが言う。低い、低い声だった。
サクラスは死んでなどいない。本当のことを言え、と。こんなものは真実ではない。
――偽りのない誠、それを言えと彼女が言う。
しかし、そのようなものは……。
口を開きかけ――混濁し廻る視界の中に、ふと影が差し、ロゼは一度瞬きした。
しっかりした背中が、ウルローグとの間に割って入ったからだ。
オルグレン……。割って入るべきではない人の姿を認識し、ロゼは思わず手を伸ばそうとした。
彼はこの件に何ら関わりを持たない。関係など、あるわけがないのだ。
故にロゼは慌てた。大丈夫だから、と。これは自分が受けて然るべきことなのだ。危ないから下がってほしい、と止めようとするも、顎が麻痺して言葉にはならない。
腕もまた動かそうとしたはずみで、体自体が傾ぎそうになり、ロゼは膝に手をついた。
その間にも、
「おい、――部外者が邪魔をするな」
剣呑を込め言い放つウルローグと、オルグレンが対峙する。
「悪いが、俺は彼の友人だ」
――部外者ではない。
そうきっぱりと、オルグレンが言う。
ロゼは思わず……身動きを忘れ、ただその背を見上げた。
その迷いのない口調。
しっかりした声を聞きながらも、耳を疑う。
一方で、オルグレンが続ける。
「彼は自身の師であり、貴方にとっても所縁深いであろう人の、訃報を届けた」
彼の言葉を受け、ウルローグが強く眉を寄せた。
その視線が刃であれば、斬れたであろう彼女の双眸を前にオルグレンは揺るがない。
「――それへの報いが、これか」
それは正しくないだろう、とオルグレンが言う。
ウルローグが、強く奥歯を噛み締めるような顔になった。
そのまま、こらえきれない何かを貯めるように俯く。
そして――
「ああああああああああああああ!! くそ!!」
顔を上げ、大声を上げた。
獣の咆哮のような、おおよそ女性があげるものとは思えない、感情の放出だった。空へと向かい、雲を引き裂くような声。




