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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
四章〈傭兵団『猛りの尖兵』〉
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四章《二節 ウルローグ》2


「ロゼ! やれ!!」

 『猛りの尖兵』の長の声は、明確にロゼの名を呼んだ。

 しかし、――

 遁走する二騎の内、副官と思しき方がこちらへと向かっている。それを自身の動きを察知してのものとロゼは見た。

 それの突進は、射撃をしていては避けられない。ともすれば、先に到着する。

 独りでは対処出来ない。


 ――この刹那。

 ロゼは、オルグレンを見た。

 もうすでに駆け出している夏空色の目と、一瞬目が合う。

 心音が一拍、強く鳴った。

 その感覚に従う。その直感を信じる。

 これで期待通りにならなくとも、それで構わないと彼は感じた。轢き潰されれば、それはその時だ。


 ロゼは、守備隊長のみを見た。弓矢を構える。距離は、すでに『猛りの尖兵』が射損じた距離に近い。

 だが、焦りは捨てる。


 弓手をしかと伸ばし、意識は矢の先に。

 風の分、横へ。距離の分、上へ。

 それが駆け行く、一点を見出す。


 馴染んだ弦音は、鋭く、高く、響く。

 弧を描き飛んだ矢。

 その先の細い矢じりは、守備隊長の鎖帷子の背の方から、襲いかかり――

 ――首を貫いた。

 

 もがくように伸び上がった体が、馬の背から荷物のように落ちる。それを見届け、ロゼは振り返った。

 オルグレンが剣の血を振り払い、服を叩いている。

 彼が対処した、クゼリュスの副官と馬は、あらぬ方角へ逸れて倒れていた。ロゼを蹴り倒すはずだった、その馬の脚には傷がある。

 

 おそらく、オルグレンは馬の突進を避け――その避けながらの交錯で、馬の脚を斬ったのだ。

 馬はその巨体を、その体にしては細い四肢で支えている。

 その足を、しかも走る最中に傷つけられたのでは、馬もたまったものではないはずだ。ロゼは、状況を見やりそう推察した。

 

 転倒した馬から投げ出された人間は、首でも折ったのか、倒れ伏し奇妙に体を引き攣らせているが起き上がる気配はない。

 馬の方は、まだ動いていた。とはいえ、緩慢な死を目の前にした苦しみの足掻きだ。

 転倒のせいか、前肢は切創だけではなく歪に折れ、ぶら下がっている。骨折した馬の運命は、それほど長いものではない。

 苦しげな息をするそれへ、オルグレンが近づく。

 

 足を動かす馬に、青年が危なげもなく寄り、もがき苦しむ馬の喉の辺りを撫でてやる。

 その柔らかい手つきで、不思議なほどに馬が静まった。

 優しくなだめ、見つめながら……彼は静かに馬へ介錯を施した。

「……オルグレン」

 呼ぶと、青年が顔を上げる。

 少し困ったような顔で笑った後、彼はロゼの方の結果へと視線を向けた。

 

 守備隊長の方も、もはや動かぬ躯だ。馬の方には何事もなかったが興奮している。

 落馬した主人の元へと駆け戻ったはいいが、事態を理解できていないのか、単なる混乱かで周りを跳ね飛んでいた。

 

 その状況を一通り確認してか……

「怪我はないか?」 

 オルグレンが言う。

 無論、馬の突進は、ロゼの身には掠りさえしていない。

 彼もわかっていることのはず。それでも聞いてくるのは、彼の優しさなのだ。


 柔らかい気持ちを向けられ、どこかが擽ったいような不思議な感覚を覚える。

 それを感づかれることに抵抗が浮かび、ロゼは口を開いた。 

「もちろんだよ。やっぱり君はすごいね。すごい勇気だ」

 矛先を逸らすためだったが、口にしたのは青年に対しての実際の思いだった。

 

 突進してくる馬に相対するのは、並大抵にできることではない。ロゼは、純粋にそう思う。

 軍馬は訓練されており、こちらのことなど、簡単に踏みつぶせるのだから。

「いや。俺はあの状態で射ようとする方が……」

 オルグレンが何か続けようとした。


 だが、その前に声が掛かる方が先だ。

「よ! さすがだな」

 見れば、ダグエルが一人戻っていた。 

「ウルローグの姐さんが呼んでるぜ。会いに行ってやってくれや」



 ❖ ❖ ❖

 


 その女性は、人の中心にいた。

 正確には、彼女は戦場の空気が冷めやらぬ中、自身の傭兵団の損耗や、クゼリュスへ与えた損害等の見分のため、動き回っている。

 一箇所(ひとところ)にはいない。

 だが、人の動きが彼女を中心としており、輪の中心にいるように見えるのだ。

 

 「ああ、いつも通りだ。契約の通り、荷駄の一部は我々がもらい受ける。だが取りすぎないように注意しろ」

 近づくにつれ、女性にしては低い声も届くようになった。

「それから、漁り屋達に使いを走らせろ。終わったから早く来い、とな」

 

 話す内容から推測するに、ロゼが知っている頃と、何ら変わらない規則を徹底しているようだった。 

 傭兵団『猛りの尖兵』は、雇い主との契約に基づいて、戦利品を分かち合う。

 このため、傭兵団としては珍しく、個人からの略奪を禁止している。故に周囲で戦場処理を行う傭兵達に、クゼリュス兵の遺骸を損壊する様子は見られない。

 

 無論、きれいごとで行っている行為ではない。

 略奪を起こさない傭兵は、貴族からの受けがいいのだ。行儀が良いとみなされ、喜ばれる。

 つまり、雇われやすくなる。


 それに、漁り屋や死体漁りと呼ばれる、放っておけば魔物を呼びよせかねない戦場の不浄――つまり、死体処理を行う一団からも好かれた。

 『猛りの尖兵』が戦った戦場の遺体には、多くの個人財産が残されているため、彼らは丁寧に仕事をしてくれるようになるのだ。

 好かれていなければ、傭兵団が自ら片付けねばならない場合もあるのだから、これはうまい外部委託だった。

 

 やがて、彼女の容貌がはっきりと見える位置にまで来た。

 傭兵団『猛りの尖兵』団長――ウルローグ。

 彼女は女性にしては長身をしており、頭の位置がロゼより高い。

 そして、ツァーカの血筋に多い濡れたように輝く褐色の肌と、長い黒髪が特徴的だった。

 

 ロゼは彼女を見た。

 見ながら浅くなる呼吸を、どうにか御す。

 だが、また、指先にあの喉を塞ぐ悲しいほどに柔らかい感触がよみがえった。

 

 一方で接近に気づいたらしいウルローグが、口元に笑みを浮かべ、足を止める。周囲もそれで来客に気づいた様子で、四方から視線がきた。ロゼにとって、知った顔もあれば、知らない顔もある。知った顔の中には、手を挙げてくれる者さえいた。

 

 とはいえ……、ロゼにそれへ応える余裕はなかった。

 彼の目の前で、ウルローグの顔が厳しいものへと変わっていく。

 ロゼは思わず足を止めてしまった。

 一度は笑みを浮かべたウルローグの褐色の容貌が、今は、剣よりも、何よりも鋭い。

 

 熱いほどだった空気が、凍てついていく。

 彼女は気づいたのだ……、そうロゼは確信した。

 当然と言えば当然。ウルローグはサクラスの一番弟子を自負している。それだけ想いが深い。

 怒気に刺し貫かれる心地になりながら、ロゼは腰に差した二振りの剣の内、片方を鞘ごと腰から外した。

 

 ウルローグから震える声が漏れる。

 「ロゼ、お前……。なんで、一人なんだ……?」 

 それは猛々しく一軍を率いた有様とまるで違う。彼女らしからぬ声に、ロゼの身の内には凍てついた水が流れた。

 

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