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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
四章〈傭兵団『猛りの尖兵』〉
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四章《二節 ウルローグ》1

 

 土煙と怒号、錆びた鉄と、人間の内臓から上がるすえた匂い。

 近づいた戦場は、まだ戦闘が続き、荒々しい有様だった。

 

 そこにあって褐色の布地へ槍が描かれた旗が、威勢よく翻っている。

 その旗こそ、傭兵団『猛りの尖兵』の旗だった。 

 対するは、クゼリュスの補給とその護衛とみえる部隊だ。荷馬車を盾に円陣を組み、よくまとまり、よく戦っていた。

 だが、勢いのある傭兵に、砂山のように端から崩されつつある。 


 それらをはっきりと視界に入れたときだ。 

「おい! 近づくな!」

 大声を掛けられ、ロゼはその方へと向いた。

 褐色の腕章をした、騎馬の傭兵達が並んでいる。主戦場からは少し距離をとった位置にある彼らは、予備兵力といったところか。

 そのうちの一人が近づくなり、硬く鋭い声で何奴(なにやつ)とばかりに叫んだのだ。

 

 それは茶色の短髪に、厚く筋肉が盛り上がった、がっしりとした体つきの男だ。

 戦場の邪魔をするのであれば、排除するとばかり。

 ただ向かってくるだけで威圧感のある、その戦装束の男は……

「あん?」

 一瞬にして、信じられないものを見たとばかりの顔になった。

 

 そして大きく一度瞬きをする。

「嘘だろ!? ロゼじゃねえか!」 

「……ダグエル」

 久々の見知った顔を目に映し、ロゼはその人の名を呼んだ。

 

 そして互いに視線を合わせつつ、緩く拳を握った手を、胸の前に腕を上げ、軽い挨拶を交わす。 

 そうしながら、ロゼの目の前で傭兵団『猛りの尖兵』の副官――ダグエルが角ばった顔を弛緩させた。

 顔を緊張させている間は、獰猛な熊にしか見えないその人は、緩めると目が愛嬌を帯びる。

 馬上のダグエルは、しばらく前と変わらない笑顔だ。

 

 それを目に映し、ロゼは一度口を閉じた。深く瞬きをする。

 そして、彼が別の姿を求めるように視線を動かすのを見やり、目の前が白くなるような身中の揺れと共に、芯から冷たい焦燥が湧く。

 そして、焦りに突き上げられ言わねばと思う。


 彼らに……サクラスと縁深い関係にあった彼らへと、寝食を共にし、戦友と言い合ったことがある彼らへと、伝えなくてはならないのだ。

 ――かの剣士の訃報を……。

 そのために連れの青年にとっては寄り道としかならない戦場へと寄ったのだ。


 ……にも関わらず、ロゼは声が乾くのを感じた。

 利き手には冷たさと、拭い去り難い()()感触が這い上る。

 手を握りしめ、どうにか声を絞り出そうとする手前――ダグエルが表情を動かす。


彼はオルグレンの存在の方へ気を向けたらしく、馬上から少し身を乗り出すようにした。

「ゼオンさんかと思ったが……。ありゃ、違う兄さんだったか」

 全然若かったや、とダグエルが大口で笑う。


 後ろ頭を掻く彼につられ、ロゼは振り返った。

 剣聖ゼオンは、麦藁色の金髪に湖水の青と言われた目をしている。

 オルグレンの容姿……特に目や髪の色は、確かにロゼのもう一人の師匠であるゼオンに似ているのだ。

 ロゼが青年の顔を見やれば、彼は落ち着いている。戦場が間近でも慌てることはなく、ダグエルに怯んだりする様子もない。

 その上、見られたことに気づいてかオルグレンが、ロゼへと視線を落とした。

 目が合う。青年が顔を緩めた。知り合いに会えて良かったな、とばかりに。

 この寄り道に怒る様子もなく、ただ柔らかい様子だ。

 

 彼の有様を見て、ロゼは何故か苦しさが和らぐのを感じた。

 不意に現れたとまり木のように。

 それに止まって、心を落ち着ける。


 物事には順序がある。先ずは新顔であるオルグレンを紹介し、それから……だ。

 改めて、ロゼは言葉を発した。

「……似てるけど、他人の空似だと思うよ。彼は、オルグレンだ」

 紹介するとダグエルへと向けて、オルグレンが頭を下げる。


 次にロゼは、ダグエルを示した。

「オルグレン、彼は傭兵団『猛りの尖兵』副官のダグエルだよ」 

 ダグエルが胸の前に腕を水平に上げる。

「ダグエルだ。戦場なんで、馬上で失礼」

 彼が取るのは、先ほどと同じ、エーイーリィの略式の挨拶だ。

 こうして紹介をし終え――


 ――途端、空気が変わった。

 視界の端で状況を捉えたと見え、ダグエルの表情が、獰猛な獣へと変わる。

 戦場を駆ける、男の顔つきだ。

 彼が鞘から抜き放たれた鋼となる。


 話す間にも変化していた戦況は、今まさにといった状態となった。

 クゼリュスの護衛部隊の片側が、大きく崩れる。

 ここで、ダグエル率いる予備兵力が止めの一撃を畳みかけようというのだ。

 勝敗は、もはやこの段階で決したといっても過言ではない。

 

 クゼリュス側も十分に分かっている。騎馬の一人――おそらくは守備隊の隊長が、腕を振る。

 それが合図であったかのように、クゼリュス兵が二手に分かれた。一方は撤退だ。背後の森を目指して走り出す。

 もう一方は大声を上げた。彼らが殿(しんがり)と見えた。一斉に弓を放つ。

 

 これには、クゼリュス兵を追おうとしていた傭兵、幾人かの悲鳴が響いた。 

「ダグエル! 轢き倒せ!」

 その声が、傭兵側から朗々と上がる。低い響きを持つが、よく通る声だ。

 

 応え――ダグエルの騎馬隊が、荷馬車に隠れた殿たちへと猛然と駆け込む。そして踏み荒らす。

 その間にも、よく響く声が傭兵達を動かし――

「弓隊構え! ネズミどもを狙え!」

 ――撃て! 号令が矢の雨を撤退するクゼリュス兵へと降らせる。

 

 無論、全員を捉えきれるものではない。それでも、多くの数を減じる。 

 だが、敵は、まだ足掻く。ダグエルの騎馬隊の隙間を、二頭の馬が抜けた。

 

 おそらく一方は、守備隊の隊長。もう一方は副官かと、ロゼは見た。

 あまり逃がしたくはない人材。

 とはいえ、ダグエルの騎馬兵は旋回中だ。再度駆け出したとて、追いつくのは難しい。

 

 『猛りの尖兵』の弓隊の幾人かが矢を放ったが、すでに射程からは逃れられている。

 その光景を映しながら、ロゼは自身の背中から弓を取り出していた。手元も見ず、矢弦を弓に張り直す。

 

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