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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
三章〈暗夜より発つ〉
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12_三章《二節 隻腕の騎士》2

 

 そうして、自身の策に思いを馳せたすぐ後。

 宿舎の扉を叩く音が響き、ベイセルは顔を上げた。


「誰だ」

 ジナが声をかける。

「ノージスにございます」

 女騎士――ノージスの声は控えめだった。ベイセルが顎を軽く動かすと、意図を察してジナが入室を命ずる。


 姿勢を正し入室した彼女は、前に立つなりクゼリュス式の礼を取った。指先を合わせた手のひらをこちら(ベイセル)へと向け一礼する。

「失礼します。報告に伺いました」

 彼女に対し、ジナは正しい所作で、ベイセルは片腕で、それに答礼を返す。

 二人は双子であるにもかかわらず、命令行動中であるからと型を崩さない。ベイセルは緩く息をついた。


 見やる姉弟の姿は、礼を取る腕の角度から、指の伸ばし方まで同じで、鏡写しのようですらある。彫刻師が丹念に作り上げた人形のような、顔の造作までよく似ていた。


 しかし、今は大きな違いが一つ――

 ノージスの濃紺の服は、土埃にまみれている。ある程度叩き落としはした様子だが、完全にはぬぐい切れていない。

「ノージス以下、三名の作業により、同隊ガレオの埋葬作業、完了いたしました」

 ベイセルが視線で促せば、ノージスがそう報告を行った。


 ガレオを除いた……三名。それは朝の件に関わった者たちだ。

 彼らが、ああいった行動に出たことについて、ベイセルも事情は察している。

 しかし、騒ぎを起こした以上、何も咎めをしないということもできない。

「ご苦労だった。では、明日の行動まで休むがいい」

 下がれ、とベイセルは命じた。だが、ノージスが言いたげに、身じろぎをする。


 彼は、ああと胸中で察した。彼女は、ベイセルに叱られるという事態を、特に嫌がるのだ。彼らが子供の時分に引き取った姉弟であるから、ベイセルには今はそういう顔であるのがわかる。

「朝の件であれば、だいたいの事情は察している。案ずるな」

 ベイセルは言った。


 すると少女の顔がぱっと綻ぶ。元々、ベイセルは彼らを責めるつもりはないのだ。しかし、示しはつけなければならなかった。

「……あの責任は、俺にある」

 様々な要因はあれど、ベイセルはそう考えていた。全ては隊を掌握しきれなかったことが原因だ、と。


 しかし、

「ベイセル様のせいでは、ございません! あれはアーベルト様が――」

 ノージスが粗立った声をする。それの途中で、ベイセルは片手を上げて、彼女を制した。


 彼女が言わんとしているのは、出立(しゅったつ)の折のことだ。ベイセルも憶えている。一ヶ月ほど前、アーベルトは出陣式に際してこう言った。

 ――隊長はベイセルに任ずる。だが功はアベスに上げさせよ、と。情で抱えている騎士よりも、息子の出世を案じ、優先するのは当然だ。


「アーベルト様の親心、というものだったのだろう。我々が口を挟むものではない」

 ベイセルは、静かに言った。

 だが、良い判断ではなかった、とベイセルは思っている。あれによって、指揮権の所在が曖昧となった。

 それに付け加え――アベスだ。

 アーベルトの取り計らいは、これから自らの牙で、獲物を得んとする若き獣に、餌を取って置いてやるようなものだったのだ。父親の従騎士という立場を離れ、騎士となって飛び立とうとする最中に、まだ子供であると突きつけられた心境は、複雑だったろうとベイセルも思う。

 あまつさえ、介助に付けられたのが、隻腕のベイセルだ。


 アベスという騎士は、気位が高い。自身は隻腕の騎士の介助がなければ、任も果たせぬのだ、と。そうされたのは、さぞ屈辱だったに違いない。

 その心に、高い愛国心が混ざった結果だ。

 今朝の出来事は、そういったものが起こしたことであり――故に、彼を御せなかったベイセルの失態なのだ。


「親心ですか……」

 ジナがぽつりと言う。

 彼らが親や家族と言うものに対して、想いを馳せるとき、ベイセルには、わずかにだが……どうとも言い表しがたい感情が胸に浮かぶ。


 この姉弟は幼年の頃、両親と死に別れているのだ。

 クゼリュスと言う国は十数年ほど前から、年を経るごとに寒くなりつつあった。

 十分な蓄えをできず飢える者や、冬に凍え死ぬ者が多くいる。彼らは、寒さで潰えた村の生き残りだ。国策に際した薪の供出により、山の木々が果て、冬を越えることが出来なかったと言う話だった。


「お前たちの両親も、健在であれば、さぞ心を砕かれただろうな」

 恐らくそうだったであろう、とベイセルは思う。

「はい。ですが私たちは、あなた様からも、慈しみの心をいただいていると、感じておりますよ」

 束の間、副官の顔を脱いだジナが浮かべたのは、仄かな暖かささえ感じるような、笑みだった。


 それをありがたく受けつつも、ベイセルの頭の片隅には夜道を進んでいるはずの、あの二人のことが忌々しくも離れずにある。


 故に彼は養い子達からは視線を外し、西の空へと視線を向けた。

 

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