二章《三節 ルキフの夕暮れ》2
ゆっくり楽しんでくれ――そうと言ったユドがいつもの食べ方といった様子で、麺麭をそのまま齧る。
一方で、オルグレンは一口程度の大きさにちぎってから口に運ぶ。
その様子を眺めながらロゼは、杯を包んで持ち暖かい飲物を口にした。中身は、暖かい果実湯。陽が落ちるにつれ下がってきた今の気温には、ありがたい飲み物だった。
口に含むと目を細めてしまうような酸味が広がる。だが、蜂蜜の甘みがすぐに和らげてくれる。
実のところ、ロゼは朝からほとんど何も口にしていない。
昨日、牛車と別れてから、自身の夜目が効くことを有効に活用し、早朝にはルキフの街には入れた。だが……牛車がいつごろ到着するかの予測がはっきりと分からなかったのだ。
故に、正門の近くで延々と待つ羽目になった。とはいえ、これはこれで正解だったのだ。牛車は当初の予想よりも早くに到着したのだから。
そして何事もなければ、そのまま彼らには会わず、終わるはずだった。だが――結果は、この通りだ。
オルグレンとユドは食べる事を楽しむ余裕があるようで、ゆったりとした会話をしている。その間に、ロゼはもくもくと料理をいただくことにした。
薄茶色の麺麭は、手に取ると見た目以上に重い。食べやすい大きさにちぎると、中に気泡はなく、ぎっちりと詰まっている。混ぜ込まれた雑穀は、豆類か……細かくしてあり分からない。とはいえ、小麦だけによるものではないかおりがあった。
肉と野菜の炒めものは、少し脂が多いが、それはたれのおかげか脂が甘く感じられ、麺麭か、付け合せの柔らかい食感の豆と共に食べると、さほど気にならず、淡白な味に程よい風味を与えてくれた。
「……そろそろ聞いても良いかな。船人さんやカマスが、あれからどうなったか」
食べ終わり、果実湯の残りを各々が楽しんでいた時。
ロゼはユドに聞いた。
「ああ、無事だ。しばらくはルキフで預かることとなった。それから、クゼリュスの騎士たちは、彼らに用はないと言ったが……隊長殿からの指示で、手紙自体の動きは邪魔をしていないそうだ」
エーイーリィから沙汰があるかは待つしかないが、朝の件で彼らに怪我などはない、と。
この返答にはオルグレンが安堵の息をつく。
「……儂からもお前さんに聞いておきたいことがある」
今度はユドの目が、自身をひたりと見るのをロゼは感じた。
「どうして彼らがクゼリュスの手勢であると?」
「ああ……」
ロゼは声を漏らした。
ユドはこのことについては、聞き出すつもりのようで身を乗り出す。彼がこうして食事を奢るなどの親切を施してくれるのは、街を騒がせたクゼリュスへの反感とこのことを聞き出したい一心あっての物と、その振る舞いが物語る。
「うちの若いのが、あの一件以来、複雑そうな顔をしていてな」
あの若兵は、オルグレンたちを除けば、ロゼが最後に会話した人物だ。
自らがロゼが離れるきっかけを作り、奇襲の遠因になったのではないか――、そうとでも責任を感じているかもしれない。
かといってあの時、ロゼが不意を突かねば、ルキフにとって気持ちのよい顛末になったとは言い難い。その辺りから来る、複雑な心境か。
ロゼには推測しかできないが、ともあれ若兵が気に病んでいるらしい。故に、ユドからの恩に報いるため口を開いた。
「……彼とは、あなたが御者のカマスといる間に話をしたのだよ。彼はちゃんと、標星の大国式の挨拶を把握していたんだろうね」
ロゼはクゼリュス式の挨拶を真似て、自身を若兵に関係者であると誤認させた。
そうして彼から情報をいただいたのだ。それでロゼは、クゼリュスの者がいると確信し、直接の接触を避けるべく離れたと、そうユドに白状する。
その上で、
「彼には申し訳ないことをした。謝罪しよう。けれど……、はじめにクゼリュスからの使者を疑ったのは、彼の言葉からではないよ」
ロゼが言うと、ユドが自身を指差した。
あの場で北からの客人について、漏らすことができる者が他にいないからだ。
ロゼは首肯した。
「あなたは、雪降る地の客人か? と船人たちを指して聞いただろう。あなたはクゼリュスの騎士からそう聞いて、そのまま言ってしまったみたいだけれど……」
エーイーリィの民はその言い方をしないのだよ、とロゼは言った。
必ず、エーイーリィを代表する、白き峰々の愛称を使うのだ、と。
ユドが自らを指した指で、鼻を掻く。そして、参ったなあ、と漏らした。
「だが、そのお陰で俺は助かった。感謝している」
オルグレンがそう言うので、ユドは苦笑いだ。
「さて、そろそろかな」
ロゼは言った。
辺りは夕暮れ色に染まり始めている。
――刻限だった。いよいよ、動き出さなくてはならない。




