二章《三節 ルキフの夕暮れ》1
結局のところ、オルグレンが選んだのは質素な剣だった。
店主が選んできた剣は、華美ではないが装飾のあるものや、少し高価だが他より質の良いものなどもあった。
だが、選んだのは剣として一般的な性能を備えただけのそれ。
それで十分だと、オルグレンは言った。
「手具は落とすかもしれないからな」
理由として彼が言った一言。それはロゼも同意見だ。確かに魂を象徴するような武器というものもある。だが……今必要なのは、あくまで実用品だ。
それに武器はその性質上、捨てなければならない場面もある。落とすことも、壊れることも多い。
ならば、必要な性能を満たすもので、十分なのだ。
――武器に金をかけるぐらいならば、防具にかけろ、と。
ふと思い出して、ロゼはその一言を脳裏で呟いた。それは、ロゼの師が言った言葉だ。懐かしさが不意に思い出された。
手具に比べれば、防具は失う可能性が低い。身に帯びていれば運ぶことができ、且つ身を守ることができる。
故に、防具の方が大事なのだと言っていた。
そんな古い出来事がよぎるうち――、横からの威勢のいい音でロゼは我に返った。
熱された鉄板に水気を含んだ葉野菜が触れ、蒸気とともに喝采のような大きな音が鳴ったのだ。ロゼが驚いたのに気づいたらしく、オルグレンがユドと共に小さく笑っている。
その穏やかそうな顔を見つつ、彼は少しだけ唇を尖らせた。
時分は傾いだ太陽が、その光に橙色の色彩を混ぜた頃。
氷砂糖で得た銭貨などで、オルグレンの腰に下がった剣を買った後だ。
食事をとれる場所を聞くと、ユドが屋台を紹介してくれた。囲郭都市にはよくある格好で、火を使う飲食店は専用の広場に集められている。
複数箇所のそれぞれに四角を描くような配置で、台としても使える腰の高さほどの壁がある。それらに仕切られた中が店舗だ。
それぞれに竈も据えられていた。それが広場の中央と左右に、ずらりと並んでいる。夜ともなればさぞ賑わうことだろう。
夕餉には少し早いせいで、まだ人影は多くない。まだ店員達が支度をしているところもあった。
この店は少し早くからやっているらしい。ユドとも顔見知りの様子で、ちょっとした挨拶の後、すぐに調理を始めてくれたのだ。
店員は片足で足元のふいごを操作し、竈に空気を送り込みながら、器用にヘラで食材を炒める。
その鉄板の上には油を跳ねさせ、焼ける肉があった。おそらくは、豚のものだ。
適度に焼け、自らの溶けた油脂をまとった、その薄切りの肉。
それらと火が通った先ほどの葉野菜とを混ぜていく。そこへ店員が大きな匙で、壺から掬ったたれを掛けた。たれは鉄板に触れるや、またけたたましい音を鳴らす。同時、香ばしさと甘いような香りが、煙とともに立ち上った。
たれと食材がよく馴染むまで炒め合わせ、木製の器に盛り合わせる。
そこへ別の店員が、炊いた豆の付け合わせを乗せ、かごに山盛りに積んだ薄茶色の麺麭を一つ取って置く。
料理の皿の隣には、木製の杯があった。そちらへは、竈の横で温められた湯が注がれ、次に店員が瓶から黄色い果皮の果実の輪切りを取り出し、杯の中へと入れた。
それぞれの皿に匙が置かれる。準備が整ったらしく店員が威勢よく、お待たせ、と言う。
料金を払おうとした時だ。さっとユドが三人分を支払った。
え、と驚くロゼとオルグレンへ――
「気にするな。……儂は、お前さんらが急いで旅支度を済ませ、これから何をするつもりかは知らんが……」
おそらく尋ねてくるつもりもない様子だ。
彼は言葉を続けた。
「だが、若い旅人に、もてなしの一つもしない街だとは、思われたくない」
曰く、先ほど飲み物に入れた輪切りの果実――檸檬。産地自体は少し南にあるそうだが……あれはこのあたりを代表する果実らしい。
先日オルグレンらを運んできた、早春の北から南への海の流れは、秋から冬にかけては逆に流れる。
それが比較的暖かい風をもたらし、黄色い実をつける果樹を、冬の寒さや雪から守り育てるのだと言う。
それらを、どこか誇らしげにユドが言う。
「せめてこの味だけは、な」
店員が言い足すに、蜂蜜は檸檬の花からの採蜜とのことだった。
料理を受け取り、店には礼を告げて別れる。広場には簡単なつくりではあるが、椅子と卓が点在しており、それを拝借することとした。
「今日の糧に感謝いたします」
食事を前にし、ユドとオルグレンが小さく神に祈る。人々はそれぞれの地で、それぞれの囲郭の中で生きているが、祈りをささげるのは基本的にみな同じ神へ、だ。
祈る神を持たないロゼは、二人としぐさだけを合わせた。
「では、ユド。ありがたく頂くよ」
そして感謝はユドに送る。
「ああ、どうぞ。――察しているだろうが、北からの客人達は街に入ることを許されてはおらん」
だから、ゆっくり楽しんでくれ、とユドが応えた。




