二章《二節 これより征くための》2
「……聞いてもいいか? ただの興味なんだが」
質屋から出て少し、歩きながらロゼにそう尋ねたのはオルグレンだった。
「砂糖のことかい?」
ロゼが質問で返すとオルグレンが頷く。
質屋の反応が示す通り、砂糖は高価で希少だ。無論、それが氷砂糖という種別であってもそれは変わらない。
それを流れ人であるロゼが、少しまとまった量を持っているというのは、確かに奇異な点だった。
「そうだね……エーイーリィが海で貿易をしているのは、聞いているよね。その主な相手先が、砂糖の生産国、黄金の国ツァーカなのだよ」
船が無事だったら、かの地まで行っていたかもしれないね、と軽くロゼは続けた。
オルグレンがふむ、と頷き、先を促すように目顔で問う。
「ともかく、私にはエーイーリィの商人さんにつてがあって……」
ロゼは言葉を続けた。
ただ一瞬だけ、間を置き――しかし、船人達とは別れ、もう伏せる必要もないと判断する。
「私が、白き峰を越えると言ったら、餞別に持たせてくれてね」
オルグレンは昨日の話を覚えていたらしく、やはり山脈を抜けていたのか、とつぶやくように言った。
そして、
「……売ってしまってよかったのか?」
彼は首を傾げた。オルグレンは察したのだろう。話の流れからすれば、思い出の品ということになる。
それに万能薬は高価であり、また怪我や病などの際にも使えるものだ。これからも必要だったのでは? ということも合わせているのかもしれない。
「砂糖は湿気に弱いんだ。この辺りはこれからの季節には雨が降りやすくて、湿気た空気になりやすいそうだから、悪くなる前にと思ってね。もちろん、少しはとっているよ」
必要だったら使ってあげよう、そうロゼが言ううちに、二人は目抜き通りに出た。
次に行きたいのは金物屋だ。店は既に決まっている。身を守るための剣が欲しいと先ほどの店で女店主に聞くと、特に評判のところを明かしてくれた。
そこへと向かう通りでは、陽の明かりが人や建物の影を伸ばしつつある。夕暮れにはまだ早いが、昼に働いたものたちが仕事の終わりを意識し始める時分だ。
ロゼは周囲を見渡した。朝のクゼリュスの騎士が、自由に闊歩している可能性は低いが、念の為と首を巡らせ……
「彼は……」
ロゼは見た顔があることに気づいた。
「ユドさん、だな」
オルグレンも気づき、言葉を発する。鎧を解き、すっかり兵から街の人間に戻っているが、その顔は船人をここへと案内したルキフの老兵ユドで間違いがない。
ロゼは、跳ねるような軽い足取りで、その方に寄った。後ろでオルグレンが、驚いたような声を漏らす気配があったが、一先ずは置いておく。
「やあ。ルキフの兵、ユド」
声を掛けると、ユドは目を丸く開いて、ロゼと――追いかけて出てきたオルグレンを見やった。
「儂の前に出てきて、……面倒ごとになるとは思わなかったのか」
ユドは今日の仕事をもう終えたらしい。兵としての振る舞いを就業とともに置いてきたらしく、楽な口調の呆れ混じりの声だ。
言葉を少し濁したのは、訪れた金物屋にいる店員や、他の目を気にしてか。
質屋の女店主も、ルキフの兵士たるユドも知る店だけあって、並べ飾ってある日用の金物も、同時に扱われている道具も、剣も、質がいいのが一目でわかる。
とはいえ、再々買われるものでもない長剣が並ぶほど作られているのは、不穏さも感じさせた。
とはいえこれには理由がある。……ユド曰く隣国が先日、クゼリュスに砦を占拠されたのだ、と。自国を侵略され、脅かされているとなれば……、もはや戦う以外にない。だが、しかし、戦を行うには準備がいる。
これに周辺国からの協力を求めているらしく……それに応え、ルキフなどでは輸出用として、武器の生産を増やしているとのことだった。
それを聞き、ロゼは思った――ここの領主は大変したたかなのだな、と。なにせ隣国に武器を送りながら、裏では北からの客人を受け入れるなどしているのだ。
ともかくとして、
「まあ、そうなればそうなったときのこと。それに、あなたは非番のようだったし、クゼリュスの騎士さんには心象を害されたようだったから」
積極的な協力はしないと思って、とロゼは言う。すると、ユドの返答は苦笑だった。
そうするうちに、金物屋の店主が戻る。オルグレンに持たせる物を……との頼みから、見繕ってきた剣を帳場台へと乗せてくれた。
刃渡りはどれもロゼの足ほどの長さだ。昔は魔物の相手するのに適した、これよりも長いもの――大剣や長大で大きな武器が主流だった。だが、今は人との争いの際にも取り回しの利く、長剣の類が主流となりつつある。
並べられた剣も丁度その類のものだった。
オルグレンがロゼを見る。それにロゼは小さく頷いた。
その返答を得て、
「触っても?」
オルグレンが店主に聞く。
どうぞと促され、彼はそれを手に取った。店内の誰にも切っ先を向けないようにしながら、剣を抜く。そして中段に構えると、刃を縦にした。
そうやって柄、鍔、剣身、それらが真直ぐであることを見ている。それから剣を返して切っ先から鍔までの光沢を目視。見ているのは歪みの有無なのだろう。続いては柄の握る位置を変え始め……要は、重さと重心の位置を確認しているのだ。
他にもがたつきなどはないか、といった点をオルグレンがどこか楽しげに見ている。
「君はやはり、船人らしくないね」
彼が店主が持ってきた剣を確認し終えるのを待って、ロゼは口を開いた。
オルグレンがわずか目を開き、その後手首を返し、その磨かれた剣身に自身を写すようにする。
「確かに……、何者なんだろうな」
青年が目元をしかめ、ぼやくように言った。
「……そうだね。今までの事から推測するに、――君はどこかの国の王子様なのだよ」
ロゼは言った。
オルグレンが半ば口を開けている。そのまま、は? とでも、聞き返ししそうな顔だ。
「で、御妃様は十数人。犬と猫が各十匹、象を飼っていて……」
指を振りながら歌混じりに言うと、ユドが苦く笑った。金物屋の店主は、よく分からないながらも無茶を言っている空気を感じてか、困り眉の笑顔だ。
「……まあ、今、茶化したのは謝るよ。でも、その辺りは、これから探せばいいじゃないかな」
これはそのための準備なのだから――。
言いながら何か気恥ずかしくなり、ロゼは音が鳴るように手を打った。
「では、剣を検分した結果から、君の結論を聞こうかな。オルグレン」
問い……、青年から返ってきた答え。
それにロゼは思わず、懐かしさを覚えることになった。




