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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
二章〈約束の始まり〉
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二章《二節 これより征くための》1

 

 太陽が頂を過ぎ、少しずつ下り始めている。一日の半分が過ぎ、街の景色に陽の光の恩恵が十分に満ちていた。

 商売人たちは忙しく働いているが、……朝や真昼に比べれば、穏やかな姿が見える。


 ロゼは隣を見た。

 店の一角に佇む黄金の髪をした青年は、今やすっかりと姿を変えている。

 ただ身を(おお)えるだけの服から、黒褐色外套、同色の革の胸当て、縦糸横糸がしっかりとした旅装束に、紐締めの長靴へ。

 ロゼが持っていた銭貨で、商店であり合わせのものを買ったのだ。彼の体にぴたりと合うものはなかった。だが、革帯などで留めてしまえば、それほど気になるものではない。


 長身で、引き締まった体格のオルグレンが着込むと、それなりに身分のある人物の私兵のような風格があった。

 端正な顔立ちにある、額の傷跡を惜しむ者もいるかもしれないが、ロゼには何の瑕疵にも感じられない。寧ろ凄みのようにさえ思われる。


 こうなるとは思いもしていなかったが……、これはこれでロゼにとって、またしてもとても好都合だった。

 なにせ、青年の見た目は立派で、初見で侮られることがない。それは、今まさに証明されている。


 訪れているのは質屋だ。

 目抜き通りから裏通りを探して見つけたそこは、少し治安が悪そうに見えた。おそらくは、表の者たちには見せられないようなものも扱っているに違いない。しかし、何かを売って銭貨を得たいとき、大変都合のいい店だった。


 そういった店につきものの、用心棒か、荒事用とおぼしき男は、まずロゼを見て薄ら笑ったが、オルグレンが続くとあからさまな顰め面を披露した。

 そして帳場台の店主に向けて、肩をすくめてみせる。

 ロゼはそれを見て、男が、事を構えるのはごめんだぞ、と言っているように見えた。


「どんな用事だい?」

 雑多に積まれた商品の奥、帳場台の女店主が言う。

「なに、ちょっと物を買い取ってほしいだけだよ。少し入り用でね」

 ロゼは答えた。そうして手にしていた袋を上げて見せる。


 応じるように、女店主が帳場台の細々としたものを押しのけた。その空いた場所へ、ロゼは袋を置く。

 袋の口を大きく開き、中の油紙でできた包みを解いて広げ、細かく固そうな音を鳴らす中身を見せた。

 すると、女店主は音を立てて息を吸い込む。

 一方で、好奇心からか寄ってきた用心棒が言う。

「……ん? ……透き通ってる……小石か?」

「お馬鹿! 万能薬だよ!」

 首を傾げた用心棒の頭を、女店主が勢いよく叩いた。


 万能薬――あらゆる死に瀕した者に、生きる活力を与えるという代物だ。

 遠い南の地からの交易品であるそれは、富めるものの薬や嗜好品として大変珍重されている。 

 それが大小様々な小石のような格好で、手のひら一杯分。


「ご明察だよ、ご店主。買い取る方で考えてくれるなら、本物かどうか確かめさせてあげてもいい。毒が心配なら私も口にしよう」

 ロゼが言うと、興奮半分、緊張半分の顔で女店主が頷く。そのまま促せば、彼女はできるだけ小さめの欠片を手に取った。女性の小指の先程の大きさだ。

 それを受け取り、ロゼは油紙の端に置き、手持ちの小刀の柄で砕く。


 そうして出来た一つの欠片を女店主に、また一つを用心棒に、もう一欠片を……ロゼはオルグレンを指で招いて、渡してやった。

 そうして、

「舐めてみるといいよ」

 そうオルグレンに言い、先ず自身が口にする。

 砕かれ、小さくなった欠片は、口の中ですぐに溶け始め――口腔に甘みが染み渡る。

 蜂蜜などとは違う、その暴力的な甘みで、ロゼは少しばかり首筋の辺りに痛みを覚えた。


 後の反応は三者三様だ。

 ロゼ自ら口にしたことで混ぜ物の心配はないと判断してか、待ちきれぬとばかりに女店主はさっと口に含み、ややあって恍惚の表情と共に手で頬を覆った。用心棒は、驚いた顔で目を丸くしている。


 そして――オルグレンは、透明な結晶を物珍しげに見……しかし、口にすると覚えがあるような顔となり、

「ああ、砂糖か」

 と、言った。

 彼の言う通り万能薬とは、つまり砂糖だ。満ち足りた者に与えれば、それを肥えさせる力を持ち、そして衰弱した者には力を与える。

 ロゼが持ち込んだものは氷砂糖だ。だが、そのままでも十分な価値を有し、溶かして加工し純度の高い砂糖としても売ることができる。

 どうやら砂糖の甘みを知っている様子の女店主は、おそらくはそれを売ることのできる道も知っている様子だ。事実この読みは外れていないらしく、その甘みに頬をとろかした女店主は、氷砂糖に対し十分な値を提示してくれたのだった。

 

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