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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
二章〈約束の始まり〉
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二章《一節 死神の遺言》2


「君、私の友人になってくれないかい?」


「……え?」

 それは大変、戸惑った反応だった。

「……いや、……あ、いやと言ったのは――嫌という意味ではなく」

 つい、オルグレンは、いや、どう言うことだ? などと言おうとした様子だ。だが、思わず口にした一言が、語弊があると気づいたようで、自分で打ち消す。


 慌てる彼へ、ロゼは口を開いた。

「私の師匠が言ったのだよ。お前は友を作れとね。戦う事以外はあまり何も言わない人だったのに、珍しく変わった事を言ったから……聞いてみようかと思って」

 だから、と言葉を続ける。

「あまり船人らしくない君が、本当に船人ではなかったとしたら、頼んでみるのも悪くないな、と思っていたのだよ。君はとても優しい、いい人のようだし、さっきの様子では都合も良さそうだったからね」


「都合……?」

 オルグレンが、言葉を丸のまま返した。

「君、理由は覚えていないのだろうけど、北からの客人……つまり、クゼリュスと仲良しではなさそうだよね。実は私もなのだよ」

「……それで顔を隠していたのか」

 うん、とロゼは頷いた。オルグレンはやはり聡い人物のようで、顔を隠し、呼ぶなと言ったことに、事情があると察したらしい。


「もちろん、断ってくれても構わないよ。その時には、そこら辺を渡り歩くのに困らない程度の知識は、教えて差し上げよう」

 ロゼが言うと、オルグレンは考える様子で少し黙った。

 手の水気を払ってから、腕を組む。彼は片手で自身の顎を触るようにした。

 身の振り方の事だ。自身のことが分からないだけで、なまじちゃんと物事がわかるだけに悩ましいはずだ。

 とはいえ、眉間を寄せていたものの、彼の沈黙は長くはなかった。

「……返答の前に、俺からも一ついいだろうか」

 その一言だけでロゼはオルグレンが、事を見定めて考える性質(たち)であることを感じる。


 その上でロゼは、どうぞ、と促した。

「俺の探しものは、必ず見つかるとは言えない。その場に帰り着いたとして、まさしくここだと思い出せるとは限らん……。それでもいいのか?」

 彼の言葉は、他の用事はないのか、とロゼを案じたものだ。

「君は本当に優しいね。なら、区切りを決めよう」


「そう、だな。なら、――季節が一巡りして、また芽吹きの季節が来る頃を一区切り、というのはどうだ」

 オルグレンの言葉にロゼは頷いた。

 ちょうど師匠……サクラスとの約束とそう大差のない期間だ。


 ただ……

 そう、ただ、ちりと自身の深奥が焦げ付く感覚がロゼにはあった。

 ――こんな悠長なことをしている場合か、と。その感覚は彼を炙る。

 オルグレンが何処かへと帰らねばならないように、ロゼもあるのだ。

 果たさなくてはならないことと、……果たしたくはない定められた役目が……。


 とはいえ……、とロゼは思う。師であるサクラスは、境遇やものの考え方から、彼が自身の行く末を見ているような気がする人物だった。

 その人が言ったのだ。友を作れと――。

 死神サクラスからとは、考えられぬような言葉。その意味と理由をロゼは問いたかった。とはいえもう聞けないのだ。だからせめて識りたいと思う。


 師の安らかなるために、自分がしてしまったことの埋め合わせのためにも……。

 ――願われたことを果さねば、と。


「なら、決まりだな」

 少し、考えに気が向いていたロゼは、その声ではっとした。

 見ればオルグレンが、右手を差し出している。そして彼は言った。

「改めて、よろしく頼む。ロゼ」

 延べられた手の意図は、握手。

「そうだね。宜しく頼むよ。オルグレン」

 ロゼは、その手を取って握った。


 オルグレンの手は長い指をしており、身長に見合った包むような大きな手だ。肉刺などは感じられないが、感触で皮膚が厚くなっていることがわかる。

 剣か何か、武器を握っていたものの手だと、ロゼは直感した。


「では、これからの話しをしよう」

 手を放し、ロゼは言った。オルグレンが頷く。

 それを見やり、

「あ」

 ロゼは、思い出しの声を上げた。

「そうだ、その前に君の方が年上だから、聞いてみようかなと思うのだけれど」


 オルグレンがゆっくりと瞬きする。彼を見上げ、ロゼは言葉を継いだ。

 契約を交わした、だが……と、そう考えながら。

「ねえ、オルグレン。友人、とは一体なんだろう」

 それとは何であるのか、それというのはこれからどうしていけばいいのか、と。


 実のところ、ロゼの半生は移動しているか戦場にいるかだった。

 傭兵団を除けば、普通の暮らしがある所にとどまったことはあまりなく、主に行動を共にしていたのは、師と呼んでいる二人だけ。

 つまるところ、同年代の人間と交友を結んだことは、ロゼにはない。……きちんと覚えている限りは。


「ん……、それは……。そうだな……」

 困ったような言葉が漏れた。青年は、改めて考えようとしている調子だ。


 オルグレンには記憶がない。しかし、空を空だと言え、ロゼは今まで彼との会話に、支障を感じたことはなかった。つまりは、基本的な知識が失われているようなものではないのだ。

 彼が失った記憶は、それらとは少し違うもののようだった。

 答えられそうでもあったのだが……しかし――、決意を述べたときとは全く異なる沈黙があった。上手い言葉を探してか、どう説明すべきか悩んでか。オルグレンが眉間にしわを寄せて考えている。


 ロゼはオルグレンを見上げた。改めて見やれば、彼とは頭一つ分高さが違う。

 見られていることに気づいてか、オルグレンもロゼへと視線を下げてくる。

 命に係わる出来事があった後に、一緒に悩んだのが()()()()、だ。

 一瞬にしてばかばかしくなり――オルグレンもそうだったらしい。

「ふっ」「くっ」

 噴き出して二人は、肩を震わせて笑った。




 ――本当にこの時はまだ、ロゼは気楽に考えていた。

 友を作れという遺言の相手として、記憶を失った青年であるオルグレンを選んだことを。

 契約の相手のように、考えていたのだった。

 それが――……

  

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