十四章《二節 抵抗する者たち》3
馬司の国の世継ぎ。胸にその言葉が響く。
聞きながらもロゼの内心は、ただ凪いでいた。実のところ、確信というほどではないものの、うっすらとは思っていたのだ。
一方で、
「……知っていたのか?」
この問いは、ゼオンが言った。
それで彼が先に、オルグレンの正体を知っていたらしいと察する。ロゼは養い親を見上げた。
そして、先ほど彼が俯いた理由を、自分が驚愕を覚えないか心配してのものかと考える。
特に驚かぬ様子に、逆に驚いて問うてきたというところか、と。
ロゼは曖昧に首を動かすしかない。
「馬司の国の……とまでは考えていなかったけれど、なんとなく。彼は正直で、誠実で、とてもとても真直ぐだから」
旅の間に見た数々の所作、ただ直向きに帰ろうとする、その意志の強さ。
勇敢さ、大きな優しさ――ツァーカの荒れ野でのことを、ロゼは決して忘れることはできない。
彼が居てくれたからこそ、ロゼはあの時あの瞬間に全てを失わずに澄んだ。そして、思いを諦めずに済んだのだ。
それに、それだけではない。
「彼は共にいると心地よい人だ。共に行く先がいい場所だと、思わせるような力がある人だしね」
彼を彼が望む地に、連れて行ってあげたい。ロゼは今、何よりも強くそれを願っている。
彼が輝かしく進む道を、支えたい。
手を伸ばして救い、守ってくれた人だから。
より良き未来が他にあるはずと、活路を見出そうとしてくれる人だから。
それでいて、自分を頼りにしてくれる人だから――
ロゼは実のところ、王という者をあまり知らない。
真っ当な民としての生き方をしてきていないからだ。
だが、一国の王というものは、揺り籠のように民を包み、親のように民を守り、より良き先への道を見出してくれる者だろうと思う。
数多の将が、愛し、支え、守ろうとしている場所の主なのだから。
だからロゼはオルグレンの正体に、むしろ納得さえ覚えていた。
とはいえ、
「それでも彼が王子と言うのは、関係ない。私は、彼が私の友人――オルグレンであるからこそ、助けに行く」
ロゼは続けた。
「もちろん、彼を解くことで今ある均衡が崩れると言うのも、知っているよ」
エーイーリィと戦うクゼリュスの背後を、なぜアィーアツバスが突かないか。
それはエーイーリィで戦っていた者たちの、多くが知っている。それがなくなれば、どうなるかなども自明。
それらを知っていてなお、助けるつもりなのだと宣言する。
「……そいつは、あたしたちには好都合さ」
サーダリスの目が、灯明の中で硬質に光った。
帰る場所を奪われた、猛々しい将。
必死になって守ってきた揺り籠を潰され、壊され、あまつさえ親を押さえられている。
彼女たちの状況はロゼにも理解できた。エーイーリィの将軍が一人サーダリスは、その状況を少しでも覆そうとここにいるのだ。
アィーアツバスを解き放つことは、エーイーリィを復興させる事にもつながる。それはできうる限り早く行わなくてはならない。
ぶどう酒と水とが混ざり、不可分の濁濁とした色になってしまう、その前に。
「さて、次だ。剣聖ゼオン、何であんたはここにいるんだい?」
サーダリスが、言葉の先を変えた。ゼオンが肩を竦める。
「俺は、本当に大したことじゃないさ」
彼はそう言うと、ロゼの頭に手を置いた。
その腕の重みを、ロゼが見上げるとゼオンが微笑む。
「こいつの無事が気になって、追いかけてきた。それが半分」
返答を聞いたサーダリスが、喉の奥を軽く鳴らすようにして先を促す。
「残り半分は、こいつの親友の無事を確認しに来た。それだけだ」
静養していた集落で懸念を感じ、後はひたすらに追ってきてしまったのだと、だから本当にここにいるのは、大義とも何とも関係がないのだと、ゼオンが言う。
ロゼは少し申し訳なく……それでもゼオンという――父親の確かなあたたかさを感じた。
何よりも、ロゼが大切に思っているものを、ゼオンが大切に扱ってくれている事がありがたい。
養い親がゆっくりと手を下ろす。
「サーダリス、私たちの事情は話した。あなたの判断を聞かせて欲しい」
そう言って、ロゼはサーダリスの紫黒の瞳を見た。
彼女は大きな動作で腕を組み直す。
「結論から言おう。先ず、あんた達はあたし達にとって、大いなる邪魔者だ」
真っ直ぐに突き立てられる言葉の刃に、ロゼは頷いた。
それはそうだろうと、考える。彼女にとってロゼも、ゼオンも、思い通りにならない駒だ。
何よりも着地点が違う。
アディーシェの地でも同じ状況だったが……傭兵団『猛りの尖兵』ウルローグが、その部分を自身の采配において呑んでくれていた。
だが、比較的身軽な傭兵とは違い、サーダリスが背負っているのは国だ。
大きなものを背負った足先に得体のしれない、影とも瘴禍ともつかぬものがある事態は避けたいに違いない。
「とはいえ、とはいえ、だ。あんた達に自由にされるってのもこっちとしては困る」
特に、と言って彼女はゼオンを指差した。
「あんたは目立つ。万が一にでも捕えられりゃ、こっちの士気がガタ落ちだ」
無関係であっても、ゼオンの存在には影響がある。
そしてクゼリュスが、捕えた名高き裏切り者を、活用しない訳が無い。
ロゼについては彼ほどの影響はないと思われるが……僅かなことも降り積もれば大きくなる。
特に、敵地で潜伏する心労は相当。
小さなことでも、大きく響いてしまいかねないこの状況では。
「なら、――」
ロゼは、サーダリスの結論を促した。
彼女はどう判断するか。いかな返答であってもロゼは、決意を変えるつもりはなかった。
復讐よりも、使命よりも――今は、オルグレンを助ける。その、ただ一つを願う。
「あんた達には、こちらに合わせて行動を制限してもらいたい。だが代わりに、オルグレンに関する情報と行動は開示しよう」
それから食べ物と、住処の支援はやってやるが、代わりに力は提供しろ、と。
顎をしゃくるサーダリスにロゼは頷いた。
ゼオンもまた、肯定を返す。
「なら、同盟は成ったな。仲良くしていこうじゃないか」
よろしく頼むよ、と。女傑の顔で、サーダリスが笑った。
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