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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十三章〈暗い淵の方へ〉
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十四章《二節 抵抗する者たち》3


 馬司の国の世継ぎ。胸にその言葉が響く。

 聞きながらもロゼの内心は、ただ凪いでいた。実のところ、確信というほどではないものの、うっすらとは思っていたのだ。


 一方で、

「……知っていたのか?」

 この問いは、ゼオンが言った。

 それで彼が先に、オルグレンの正体を知っていたらしいと察する。ロゼは養い親を見上げた。

 そして、先ほど彼が俯いた理由を、自分(ロゼ)が驚愕を覚えないか心配してのものかと考える。

 特に驚かぬ様子に、逆に驚いて問うてきたというところか、と。

 

 ロゼは曖昧に首を動かすしかない。

「馬司の国の……とまでは考えていなかったけれど、なんとなく。彼は正直で、誠実で、とてもとても真直ぐだから」

 旅の間に見た数々の所作、ただ直向きに帰ろうとする、その意志の強さ。

 勇敢さ、大きな優しさ――ツァーカの荒れ野でのことを、ロゼは決して忘れることはできない。

 彼が居てくれたからこそ、ロゼはあの時あの瞬間に全てを失わずに澄んだ。そして、思いを諦めずに済んだのだ。

 

 それに、それだけではない。

「彼は共にいると心地よい人だ。共に行く先がいい場所だと、思わせるような力がある人だしね」

 彼を彼が望む地に、連れて行ってあげたい。ロゼは今、何よりも強くそれを願っている。

 彼が輝かしく進む道を、支えたい。

 手を伸ばして救い、守ってくれた人だから。

 より良き未来が他にあるはずと、活路を見出そうとしてくれる人だから。

 それでいて、自分を頼りにしてくれる人だから――


 ロゼは実のところ、王という者をあまり知らない。

 真っ当な民としての生き方をしてきていないからだ。

 だが、一国の王というものは、揺り籠のように民を包み、親のように民を守り、より良き先への道を見出してくれる者だろうと思う。

 数多の将が、愛し、支え、守ろうとしている場所の主なのだから。

 だからロゼはオルグレンの正体に、むしろ納得さえ覚えていた。


 とはいえ、

「それでも彼が王子と言うのは、関係ない。私は、彼が私の友人――オルグレンであるからこそ、助けに行く」

 ロゼは続けた。

「もちろん、彼を解くことで今ある均衡が崩れると言うのも、知っているよ」

 エーイーリィと戦うクゼリュスの背後を、なぜアィーアツバスが突かないか。

 それはエーイーリィで戦っていた者たちの、多くが知っている。それがなくなれば、どうなるかなども自明。

 それらを知っていてなお、助けるつもりなのだと宣言する。


「……そいつは、あたしたちには好都合さ」

 サーダリスの目が、灯明の中で硬質に光った。

 帰る場所を奪われた、猛々しい将。

 必死になって守ってきた揺り籠を潰され、壊され、あまつさえ親を押さえられている。

 彼女たちの状況はロゼにも理解できた。エーイーリィの将軍が一人サーダリスは、その状況を少しでも覆そうとここにいるのだ。

 アィーアツバスを解き放つことは、エーイーリィを復興させる事にもつながる。それはできうる限り早く行わなくてはならない。

 ぶどう酒と水とが混ざり、不可分の濁濁とした色になってしまう、その前に。


「さて、次だ。剣聖ゼオン、何であんたはここにいるんだい?」

 サーダリスが、言葉の先を変えた。ゼオンが肩を竦める。

「俺は、本当に大したことじゃないさ」

 彼はそう言うと、ロゼの頭に手を置いた。

 その腕の重みを、ロゼが見上げるとゼオンが微笑む。

「こいつの無事が気になって、追いかけてきた。それが半分」


 返答を聞いたサーダリスが、喉の奥を軽く鳴らすようにして先を促す。

「残り半分は、こいつの親友の無事を確認しに来た。それだけだ」

 静養していた集落で懸念を感じ、後はひたすらに追ってきてしまったのだと、だから本当にここにいるのは、大義とも何とも関係がないのだと、ゼオンが言う。


 ロゼは少し申し訳なく……それでもゼオンという――父親の確かなあたたかさを感じた。

 何よりも、ロゼが大切に思っているものを、ゼオンが大切に扱ってくれている事がありがたい。

 養い親がゆっくりと手を下ろす。


「サーダリス、私たちの事情は話した。あなたの判断を聞かせて欲しい」

 そう言って、ロゼはサーダリスの紫黒の瞳を見た。

 彼女は大きな動作で腕を組み直す。

「結論から言おう。先ず、あんた達はあたし達にとって、大いなる邪魔者だ」

 真っ直ぐに突き立てられる言葉の刃に、ロゼは頷いた。

 それはそうだろうと、考える。彼女にとってロゼも、ゼオンも、思い通りにならない駒だ。

 何よりも着地点が違う。


 アディーシェの地でも同じ状況だったが……傭兵団『猛りの尖兵』ウルローグが、その部分を自身の采配において呑んでくれていた。

 だが、比較的身軽な傭兵とは違い、サーダリスが背負っているのは国だ。

 大きなものを背負った足先に得体のしれない、影とも瘴禍(ミアズマ)ともつかぬものがある事態は避けたいに違いない。

「とはいえ、とはいえ、だ。あんた達に自由にされるってのもこっちとしては困る」

 特に、と言って彼女はゼオンを指差した。

「あんたは目立つ。万が一にでも捕えられりゃ、こっちの士気がガタ落ちだ」

 無関係であっても、ゼオンの存在には影響がある。

 そしてクゼリュスが、捕えた名高き裏切り者を、活用しない訳が無い。

 ロゼについては彼ほどの影響はないと思われるが……僅かなことも降り積もれば大きくなる。


 特に、敵地で潜伏する心労は相当。

 小さなことでも、大きく響いてしまいかねないこの状況では。

「なら、――」

 ロゼは、サーダリスの結論を促した。

 彼女はどう判断するか。いかな返答であってもロゼは、決意を変えるつもりはなかった。

 復讐よりも、使命よりも――今は、オルグレンを助ける。その、ただ一つを願う。


「あんた達には、こちらに合わせて行動を制限してもらいたい。だが代わりに、オルグレンに関する情報と行動は開示しよう」

 それから食べ物と、住処の支援はやってやるが、代わりに力は提供しろ、と。

 顎をしゃくるサーダリスにロゼは頷いた。

 ゼオンもまた、肯定を返す。


「なら、同盟は成ったな。仲良くしていこうじゃないか」

 よろしく頼むよ、と。女傑の顔で、サーダリスが笑った。

 

こちらは不定期更新です。

カクヨムでは水木+土日で更新中です。

カクヨム版:https://kakuyomu.jp/works/16818915110298177303

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