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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十三章〈暗い淵の方へ〉
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十四章《二節 抵抗する者たち》2


 ――昊天の峰(シキルラケ)

 ロゼの目は、再びその山を見上げることになった。

 異様な山容の麓、木々に埋まった廃れた道の奥には暗い地中への入り口が開いている。

 しかし、暗いのは出入口付近のみで、外からは窺えない辺りになると静かに灯火が灯り、間歩は夜目が効かずとも困らない明るさがあった。

 奥からは、水の匂いを乗せた冷たい風が頬に感じられる。

「クゼリュスが捨てた坑道です」

 そこを拠点として使っているのだと、シェンナが言った。

 歩きながら彼女は続ける。


 奥に行くにつれ、掘削具(ノミ)の跡が残る壁からは水が染み出、間歩の両脇には水が流れるようになった。

 やがてシェンナが、立ち止まる。

 横穴と思しき場所を布で区切った部屋だ。

 彼女が中へと知らせようと、手を挙げた。


「足音で分かってるさ。お入りよ」

 先に聞こえたのは、中の人物が発した声だ。

 その声にロゼは目を開いた。横ではゼオンの短い息の音がする。

 もしも、その人が無事に歳を重ねていたならば、このような声になるだろうと思わせる。そんな声色だったからだ。

「突っ立っている暇があるなら、早くおし。話そうじゃないか」

 さっさと、と横穴の方から声がする。

 声の主に従い、シェンナが指し示すまま、布を潜った。

 

 横穴の個室。そこにいたのも女性だ。

 エーイーリィには女性の軍人が多い。

 男は海に出る者が多く、陸のことは女が任されるという生活様式のせいだと、ロゼも聞いたことがある。

 その女性もまた、その類らしい。


 灯火の明りの中、紫を帯びた黒髪に同色の瞳をしているのが見える。

 年のころはゼオンの親世代、身長はロゼと同じか、少し高い程度でありながら身幅は倍近くあった。かといって、脂が垂れ下がっている訳ではなく、服の上からでも体つきに張りがあるのがよくわかる。

「よく来た。あたしはサーダリスだ」

 歳を感じる響きがあるも、さっぱりと聞き取りやすい声だった。


「サーダリス……? サーダリス・フレイ・メルズテュネ――氷壁の牝熊か!」

 ゼオンの声には驚きが混じっていた。

 呼ばれたサーダリスが息で笑う。

「そうさ、元北の守護さね。間抜けた呼び方をするでないよ。剣聖、ゼオン・カルム・グラディアルクス」

 白き峰々の国と、元標星の大国の将同士が呼び合う。

 サーダリスが鷹揚な仕草で腕を組み、一方でゼオンが頭を掻いた。

 緊張とも言い難く、かといって和やかでもない空気に灯明の灯りだけが揺れる。

 

 睨むともなく向かい合う両者を遮るようにして、

「私は、ロゼと言うよ」

 ロゼは声を発した。

「ねえ、貴方はもしかして……?」

 そして、あまりにも気になることを先ずとばかりに問う。

 サーダリスはサクラスに似ている。無論、痩せた体型であったサクラスとは身の厚みが違うが、髪や目の色、声までが似ていた。


「はっはっはっ。期待のところ悪いが、サクラスの親とかじゃなく、あたしはただの遠縁さ。伯従母(いとこおば)ってやつだかだね」

 大口の笑声でサーダリスがいう。鋭い刃のようだったサクラスとは違い、その女性は砦のようにどっしりとしていた。

「サクラスとは、あの子が軍を辞してから疎遠だが、話は知っちゃいるよ」

 白燕よ、と彼女は呼びかけ、大きな口の角を上げた。

 その上で、さて、と言葉を切る。

「鏑矢はどっちだい?」

 サーダリスの言葉に、ロゼは手を上げた。


「私だよ。クゼリュスの地にあなた達が紛れ込んでいるとは思っていたから……きっと、ああいう大きな動きは、見張っているだろうと考えてね」

 すべてを諦め、支配を受け入れるようなことはしていないだろう、と。

 こちらが白き峰々の地のことを匂わせれば、接触か、あるいは見張りを寄こしてくれるかと考えて、とロゼは正直に言った。


 サーダリスが大きく頷く。それを見つつ、ロゼは続けた。

「あの場には、あなたも居たのかな? 何か策を行おうとしていたところを邪魔したのであれば、申し訳ないね」

「いいや、いいさ。マグリットの小隊だけならともかく、あんだけオマケがついてきたんじゃ、こっちも手が出しようがなくてね。断念したところさね」

 ロゼは胸から息を吐いた。そのことだけが心配だったが、それはサーダリスが打ち消してくれる。


 彼女はからからと笑い……だが、ひとしきり笑った所で表情を引き締めた。

 女傑といった雰囲気から一瞬で脱し、顔つきは将としてのそれとなる。

「前置きはそのぐらいで、本題だ。あんたたちは、ここへ何をしに来た」

 答えよ、と。その口調には有無を言わせぬ強さがある。


 ロゼは答えようとした。

 だが、その一瞬前にゼオンの様子が目に映る。

 いつも陽射しのように微笑む人が俯く。ロゼは束の間、養い親へと気を逸らしたものの、サーダリスへと視線を戻した。そして告げる。

「私は友達を助けに来たのだよ」

「友達?」

 サーダリスが片眉を跳ね上げた。


「オルグレン・サイラス・レヴァニール。あそこで護送されていた彼は、私の友人だ」

 はっきりとロゼは言い切った。

 とたん、サーダリスが厳めしくしていた顔を崩す。

 おやおやと驚きと笑いが混ざった調子で肩を震わせ、身体を揺すった。

「あんた、本気で言ってるのかい?」

 ややあって長く細く息を吐き、首の後ろを揉む。

 呆れとも、どうともつかない声のまま、サーダリスが言葉を突きつける

「彼はアィーアツバスの王子、次期の国王だよ」

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