十四章《二節 抵抗する者たち》1
鉄靴と馬蹄の音が、遥か遠くに離れていく。
頃合いを見計らい、ロゼは静かに身体を起こした。
そして被っていた古布を打ち捨てる。足元のガレ地の色によく似た、布を裂いて作った被り物だ。
地面に落ちるとそこにも馴染み、地形か何かと見まごうばかりの有様と化していく。それから目を離し、ロゼは顔を上げた。
馬車を囲む軍隊は少しばかり急ぎ足に変わっており、既に粒のようになっている。
それを見届けながら、胸中で呟く。
オルグレンに伝わっただろうか、と。
自分は確かにここに居る。今は助けられないが、いつか必ず助けに行くからと、そう伝えるべく空を射たのだ。
そして、もう一つ意図があった。
このもう一つは、オルグレンへ向けたものではない。
それを探すべくロゼは、今度は周囲へと視線を走らせる。
細工をした鏑矢の音の意味に気づいた者が、どこかに居はしまいかと目を凝らす。
彼らもこちらの姿を探しているはず、と思う。見つけられるために、欺きの術を解いたのだ。
そうしてロゼは、まず自分が考えていなかった事が起こっているのを見つけた。
目を丸く見開き、瞬きをしてからもう一度見る。
ガレ地の荒野をゆっくりと辿る姿があった。その姿形を、ロゼは見間違えようはずがない。
「ゼ……」
叫びかけて、ロゼは言葉を飲み込んだ。
養い親の名は、この地では気軽に呼べない名だ。
代わりにロゼは、向かい来る方へと急いで寄った。
後数歩、といったところでゼオンが両腕を広げる。
どういう意味であるかはすぐに分かり、……故にロゼは足を止めて首を振った。
「つれんなぁ」
陽だまりのように笑って喉を鳴らしたゼオンが、腕を降ろす。
「捕まりに来たのかい!?」
あまりにも危険すぎる、とロゼは声をとがらせた。
一方でゼオンは笑う。今度は、声を発せず目を細めるようにしていた。
そうしながら歩み寄り、大きな手をロゼの頭の上へと乗せてくる。
「そうじゃないさ。……少し確かめに来ただけだ」
何を? と、ロゼは尋ねたが、ゼオンの方は広い肩を竦めるだけだ。
と、――馬の蹄が響く。
駆け足の蹄鉄の音は一つ。遠くからでも響いていたその音は、今は間違いなくこちらへと向かってきていた。ロゼは身構えた。念のため、背中の弓矢を意識しつつも今はまだ番えない。
ゼオンも頭から外套を被り直し、少し腰を落としていた。
そうして音の方を注視していれば、次第に人馬の姿形が鮮明になっていく。
乗り手は細身の人間だった。すらりとした人が、馬を駆けさせている。
その人は、互いの仕草がわかる程度まで近づくと、軽やかに馬から降りた。
手綱を手放し両の手のひらを向け、武器を握っていないことを示してくる。
「貴殿の髪の色から推測いたします。失礼ながら、白燕殿でありましょうか?」
それは少し低めの女性の声だった。
「そうだよ。話をさせてもらえるかい?」
答えつつ、ロゼは確信した。接触したかった者たちが、今、姿を現したのだと。
互いに寄り合えば、彼女は緩く拳を握り、胸の前に腕を上げた。
男と変わらぬ軍装に身を包んだ、黒髪の背の高い女性が一礼して言う。
「シェンナと申します」
ロゼも彼女と同じくエーイーリィの礼をとった。そして改めて名乗る。
「ロゼと言うよ。あなたの言う通り、白燕だ」
だが一方で、シェンナは少し目を開き、ゆっくりと瞬きしていた。
頭から足まで、一通り視線を上下させる彼女が、何を考えているか、ロゼはなんとなく察する。
実際……、
「白髪で、小柄で……、若いとは聞いていましたが……」
あなたが、本当に? と。彼女が示す所は疑念だろう。
説明をと、ロゼが考えた最中。
横合いからは、息を震わせるような音がした。見ればゼオンが口を手で覆いつつも、それでは抑えられぬ笑いで肩を震わせている。
「……貴方は?」
シェンナが問う。
ゼオンが、手を振った。そして、被っていた外套を背に落とす。
「すまん、すまん。怪しい者じゃない。俺は、ゼオンだ」
「まさか、剣聖……」
シェンナが呟く。それへゼオンが、ああと応じた。
「そっち側の人間だ。鏑矢の音で縁を感じたから、わざわざ見に来てくれたんだろ?」
ゼオンの言葉に、顔に驚きを浮かべたままであるものの、シェンナが小さく縦に首を動かした。
それを見て、ロゼも問う。
「あなた達は、抵抗を続ける者たちだね? さっきも言った通り話をしたいのだけれど、どうだろうか」




