十四章《一節 声が聞こえずとも》1
軍隊が商人や旅人を脇へと下がらせながら、街道を行く。
雨上がりだというのに何処か色褪せたような、冷ややかな景色の中。
ゼオンはその様子を丘の上から見下ろした。
あれから――
恩師であるマクベッドとの別れの後、ゼオンは再び商人の手を借り、翌朝、陽が登りきらぬうちからすぐに街を出た。
魔物が徘徊している恐れはあったが、行方の分かるオルグレンの方に少しでも速く追いつくためだ。
幸いにして、状況はゼオンの味方をしてくれている。
「やっぱりな」
彼は小さく呟いた。
読みの通り、オルグレンは馬車に乗せられているようだった。
当たり前と言えば、当たり前だ。
大半が優れた馬の乗り手であるアィーアツバスの民。しかもそれらの王になろうという人物。
それを一人で軍馬になど、乗せることはできない。
ゼオンは、口角だけを上げ小さく笑った。
ロゼから聞いた旅路の話を思い出す。オルグレンの馬術はすごいんだよ、と顔を輝かせた養い子の姿と共に。
ゼオンもかつて聞いたことがあった。手足を戒めてようと、馬司の民は口笛で馬を操ることができるのだと。
無論、彼らとてすべての馬を思いのままにできるわけではない。
口笛を解すように訓練された馬である必要がある。これに対しクゼリュスの軍馬は、まさにと言う状態だった。
アィーアツバスの質のいい馬が、大半となっているのだ。
故の馬車といったところか。そして馬車の歩みはさほど速くはない。
だからこそ、ゼオンは追いつくことができた。もちろん、状況に恵まれたとはいえ、楽な旅路ではなかった。クゼリュスの秋は雨がちだ。ここ数日、雨に阻まれ思うほどの距離を稼げず……、今しがたようやく追いついたのだ。
浮かべた穏やかな笑いが乾き、溜息となってしまう。
ゼオンの目の前にあるのは、そんな光景だった。
たかだか若者一人。それに対して現状は実に物々しい。
いや、青年の立場と重要性を考えるのならば、実に正しい処遇と言えるのか……。
薄曇りの空の下。発った時には一小隊程度だったであろう、その隊は今や仰々しいまでに増えていた。
マグリットの小隊を囲うように、毛色の違う騎馬と歩兵が配されている。
その腕には、ゼオンにとっては見たくもない赤地の腕章が見えていた。
アーベルトの手の者と言うことだ。
迎えによこされた部隊が、マグリットの隊に合流したといったところだろう。
おいそれとは近づけない人数となっている。
――自身が誠に英雄であったなら。
ゼオンは唇を歪めた。
世の英雄譚然り、彼自身の剣聖の逸話然り、一騎当千と謳われている。
瘴禍の黒津波とて退けるなどと言われているが……実際のところは全く、そのような力などない。
せめて、サクラスが居ればと腰の半曲刀に触れ、彼は胸中で首を振った。
何をし、何が起ころうと、共にいられるのならば悔いはない。
そうと感じた黒い風の姿は、もうどこにもないのだ。
あまつさえ、とゼオンは自身の手を見た。
指が欠け、痺れの残るその手は、長い戦闘にもはや耐えられない。
この怪我がなくとも、千人に敵う働きなどできようはずもない。
そのうえ、相手はマグリットという一級の騎士と、彼に連なる兵だ。いささか問題があるとはいえ、軍人貴族アーベルトの力も確かなもの。
もう一度、進む一行をゼオンは眺めた。
要人という点では変わらないはずだが、賓客を乗せた行進よりも、よほど重々しく攻撃的な雰囲気がある。
それを視界に収めながら、願った。
……出てくるな、と。
それは、付近に潜んでいるかもしれない、養い子へと向けた思いだった。
息を潜めて願う最中……鳥の声のようでありながら、どの鳥にも当てはまらない音が、高く鳴く。
それは、ゼオンにとっては聞き覚えのある、鏑矢の音だった。




