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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十三章〈暗い淵の方へ〉
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十四章《一節 声が聞こえずとも》1


 軍隊が商人や旅人を脇へと下がらせながら、街道を行く。

 雨上がりだというのに何処か色褪せたような、冷ややかな景色の中。

 ゼオンはその様子を丘の上から見下ろした。


 あれから――

 恩師であるマクベッドとの別れの後、ゼオンは再び商人の手を借り、翌朝、陽が登りきらぬうちからすぐに街を出た。

 魔物が徘徊している恐れはあったが、行方の分かるオルグレンの方に少しでも速く追いつくためだ。

 幸いにして、状況はゼオンの味方をしてくれている。

「やっぱりな」

 彼は小さく呟いた。

 読みの通り、オルグレンは馬車に乗せられているようだった。


 当たり前と言えば、当たり前だ。

 大半が優れた馬の乗り手であるアィーアツバスの民。しかもそれらの王になろうという人物。

 それを一人で軍馬になど、乗せることはできない。


 ゼオンは、口角だけを上げ小さく笑った。

 ロゼから聞いた旅路の話を思い出す。オルグレンの馬術はすごいんだよ、と顔を輝かせた養い子の姿と共に。

 ゼオンもかつて聞いたことがあった。手足を戒めてようと、馬司の民は口笛で馬を操ることができるのだと。


 無論、彼らとてすべての馬を思いのままにできるわけではない。

 口笛を解すように訓練された馬である必要がある。これに対しクゼリュスの軍馬は、まさにと言う状態だった。

 アィーアツバスの質のいい馬が、大半となっているのだ。


 故の馬車といったところか。そして馬車の歩みはさほど速くはない。

 だからこそ、ゼオンは追いつくことができた。もちろん、状況に恵まれたとはいえ、楽な旅路ではなかった。クゼリュスの秋は雨がちだ。ここ数日、雨に阻まれ思うほどの距離を稼げず……、今しがたようやく追いついたのだ。

 浮かべた穏やかな笑いが乾き、溜息となってしまう。

 ゼオンの目の前にあるのは、そんな光景だった。


 たかだか若者一人。それに対して現状は実に物々しい。

 いや、青年の立場と重要性を考えるのならば、実に正しい処遇と言えるのか……。

 薄曇りの空の下。発った時には一小隊程度だったであろう、その隊は今や仰々しいまでに増えていた。

 マグリットの小隊を囲うように、毛色の違う騎馬と歩兵が配されている。


 その腕には、ゼオンにとっては見たくもない赤地の腕章が見えていた。

 アーベルトの手の者と言うことだ。

 迎えによこされた部隊が、マグリットの隊に合流したといったところだろう。


 おいそれとは近づけない人数となっている。

 ――自身が誠に英雄であったなら。

 ゼオンは唇を歪めた。

 世の英雄譚然り、彼自身の剣聖の逸話然り、一騎当千と謳われている。

 瘴禍(ミアズマ)の黒津波とて退けるなどと言われているが……実際のところは全く、そのような力などない。

 せめて、サクラスが居ればと腰の半曲刀に触れ、彼は胸中で首を振った。


 何をし、何が起ころうと、共にいられるのならば悔いはない。

 そうと感じた黒い風の姿は、もうどこにもないのだ。

 あまつさえ、とゼオンは自身の手を見た。

 指が欠け、痺れの残るその手は、長い戦闘にもはや耐えられない。


 この怪我がなくとも、千人に敵う働きなどできようはずもない。

 そのうえ、相手はマグリットという一級の騎士と、彼に連なる兵だ。いささか問題があるとはいえ、軍人貴族アーベルトの力も確かなもの。


 もう一度、進む一行をゼオンは眺めた。

 要人という点では変わらないはずだが、賓客を乗せた行進よりも、よほど重々しく攻撃的な雰囲気がある。

 それを視界に収めながら、願った。

 ……出てくるな、と。

 それは、付近に潜んでいるかもしれない、養い子へと向けた思いだった。


 息を潜めて願う最中……鳥の声のようでありながら、どの鳥にも当てはまらない音が、高く鳴く。

 それは、ゼオンにとっては聞き覚えのある、鏑矢の音だった。

 

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