十三章《四節 有為転変》2
大きく息を吸う。目深に被った外套の中で、ゼオンは胸のなかに息を溜め、心底に溜まった靄とともに重く吐き出した。そして、上手くいかないものだという言葉を胸中にごちる。
抜け道から小隊の馬の足跡を追い、山道を抜け平野へと出たものの、そこで一行の動向がさっぱりとわからなくなってしまっていた。
細かな砂利の道となったことで蹄鉄の跡が薄れてしまい、またリリートゥへと抜ける街道と重なっては、どれがどのようなものか見分けがつかない。
それでも引き返す気も起きず、ゼオンはただ一心に歩いていた。
痕跡を追えなくなったとはいえ、心当たりが全くないわけではない。
あの地面に残されていた鉄靴の跡。それに何より、軍馬の足跡……
鉄製の武具がそろっていることはゼオンに、傭兵ではなく、何者かに召し抱えられている兵を連想させた。
さらに、馬が希少なクゼリュスで、軍馬を複数保有している痕跡が、それなりの家柄であることを感じさせてくる。
ならば、それを用意できる者を探せばいい。
この辺りを治めているのは……と、過去の記憶を辿り、ゼオンはそこへと足を向けた。
無論、当てが外れることもあり得る。
知っている情報との変化がある可能性もあり得る。
その辺りを街道を行き交う人々に、それとなく聞きながらの道中は、ゼオンにとって少しばかり骨の折れる作業となった。
なにせ、外套を深くかぶり顔をごまかしているとはいえ、クゼリュスの国内で行動をすることは、危険に他ならない。
いつかは誰か素性を知る者と出会い、裏切者であると露呈するかもしれないのだ。
それでも……
養い子とその友人の無事を一目確認できるのであれば、それで構わないとゼオンは思った。
何としてでも探し出そうと、誓う。
そうして、行きついた先は一つの街だ。
街の外観を眺めつつ、門兵の目につき辛い辺りの岩陰に潜む。
さすがに真正面から訪ねることは、戸惑われた。
なにせゼオンは、ここの領主とその息子と縁がある。
この国の剣聖であった頃に、館に招かれ豪華な食事と酒を頂戴したこともあった。
だからこそ、思い当たる条件を満たす場所として、真っ先にこの街を思いついたのだ。だが、裏を返せば門兵がこちらの顔を知っている可能性が高いということでもあった。
半年と少し前にアーベルトに追い立てられていた間も、逃げ惑ううちにこの辺りへとたどり着いたのが止めになったのだ。
それが記憶に新しい。
いささか落ち着かない心地のまま、ゼオンはしばらく待ち――、やがて……
街に入る商人へ言伝を頼んだのが届いたか。門から丸い体がよたよたと歩き出て来たのを見、ゼオンは肩に入っていた力を少し緩めた。
「……ああ! ゼオンさんだ。よかった、元気そうで」
知った顔の商人が差し出してくる手を、ゼオンも握り返した。
「すまんな、おっさん。またで悪いが、ちょっと手を貸してもらいたいんだ」
挨拶もそこそこに、そう切り出す。
申し訳ないと頭を下げれば、丸い男は頬を揺らして大きく首を振る。
「なんのなんの、ゼオンさんには、野盗から家族一同を救われた身だ。何度だって手を貸すさ」
ただの剣聖だった頃の行いを、しっかりと倍以上に返してくれる。
その丸い顔に、ゼオンは伝えた。
街に入りたい旨と、領主と渡りをつけてほしいとの旨を。
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そこからは、少し話が早かった。
商人はなにか渡したのか、或いはうまく言いくるめたらしい。
顔を隠した者を門兵に人相を改めさせず、何も問わせずして囲郭の中へと通させた。
そして、彼と領主――マクベッドとの会食の後に、引き合わせてくれたのだ。
ゼオンは商人の館――その談話室に通され、マクベッドを前に深く一礼だけをした。
老将が打ち震えるようにして目を見張っている。
そうでありながらも実に落ち着いた仕草で、クゼリュス式の礼を返してくれた。
「ゼオン。生きておったか」
「ええ、何とか。先生もご健勝のようで、何よりです」
恩師の深い声に、ゼオンも感情が滲みそうになるのを抑えながら返した。
マクベッドが微笑む。
老将は、彼にとって恩師の一人だ。とは言っても武芸ではなく、読み書き作法の。
マクベッドは若かりし頃、クゼリュス各地を放浪していた時期がある。その旅路の中で気に入った場所に滞在し、辺りの子供らに勉学を授けるなどをしていた。
ゼオンはその頃の彼に、様々な学びを頂いたのだ。
遠い昔の記憶が湧いてきそうになりながらも、ゼオンは気になる別の事を口にした。
「マグリット君も、お元気で?」
恩師の息子であるマグリットは、三十と五を数えるゼオンよりも年下で、クゼリュスの武官であった間に剣を見るなど何かと縁があった。
「無論だとも。そろそろ家督を譲ろうかと思っておっての」
マクベッドがそう言い微笑む。そうすると、好々爺然とした印象が浮かび上がる。
「ところで……、何かあったのか?」
お前にとってこの地は安全ではないだろうに、と続けながら顎の髭を扱く。
ゼオンは頷いた。挨拶もそこそこに本題に入ってくれることに、感謝さえ覚えながら――




