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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
一章〈名もなき目覚め〉
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一章《四節 疼痛の先》1


 ルキフは大きな街だった。

 石造りの高い囲郭に囲まれており、随所に設置された魔物よけは、日を浴びると目が眩みそうな輝きを散らす。

 牛車は一日と半分と見積もっていた行程を、思いのほか早く消化し街の入口へと向かっていた。

 それは順調なよき旅路だったと言えるのかもしれなかったが、オルグレンはそれを喜べるような気にならなかった。


 唐突に去っていった、流れ人のロゼ。彼は一行が驚いて目を白黒させる間に、実にあっさりと振り返りもせずに街道を離れていった。彼は自身が言った通り、いなくとも問題ないと考えたようだが……問題はあった。

 それは意外にも、会話に現れた。船人三人の話題は、カマスにはわからない。カマスが話せることは、船人にはわからない。

 身近なことぐらいしか覚えていないオルグレンは、言わずもがなだ。


 話せる話題はすぐに尽きた。不仲になったというわけではないのだが、お互いにわかるように繋いでくれる者が、いなくなったのは大きかった。

 加えて、休憩の提案などをしていたのもロゼだったのだ。

 次第に、淡々と景色を眺める時間の方が長くなった荷台の上では、誰かが小用でも催さない限り、止まることもなくなり――それ故の、早い到着というわけだ。


 ゆっくりと牛車に揺られて進む。囲郭の一角に設けられた門の前は、朝頃だと言うのに人が多い。

「あれに並べばよろしいか」

 それらの人々が何らかの列だと分かった頃、カマスがルキフ兵に聞いた。

「いや、あの検疫列には並ばずともよろしい、このまま中に入るのでついて来られよ」

 ルキフの老兵――ユドが牛車より先行していく。若兵は牛車の後ろへとついた。


 堀にかけられた跳ね橋を渡り、正門から囲郭の中を潜っていく。

 オルグレンが思わずそれを見上げれば、先の頭上に巨大な落とし格子――その底辺にある牙のような杭が見えた。もしも頭上から落ちてくれば……、と思わず考える。それほど立派なものだった。

「こちらだ」

 ユドが導く。

 正門から、次の第二門との間は、広場になっていた。


 検疫列の先頭もこちらで、多くの人々が兵に虫や、瘴気の付着がないか調べられている。

 彼らの横を過ぎ去ると、門衛棟だ。

 特に飾り気のない半木骨造のそれの前、オルグレンは人がいることに気づいた。

 四人――、一人が女で、後三人は男、いずれも若い。


 おそらくは何処(いずこ)かの騎士。胸鎧、あるいは腹までを覆う胴鎧、手甲、膝まで覆う鉄靴を身に着けている。いずれもが、豪勢にもきちんとした金属製。そして剣、あるいは短槍を帯びている。

 金属で補強した革鎧や鎖鎧が標準のルキフ兵が特別貧相というわけではないのだが、騎士達の方が皆遥かに高価な出で立ちだった。



 見覚えがある、とオルグレンは感じた。……正確には彼ら自身に見覚えがあるのではなく、彼らの服装、赤い腕章、身を包む鎧、外套など全体の人物像としてのものだ。

 どこだったか……思い出そうとし、彼はまた頭痛を覚えた。錐で刺すような痛みが、記憶を手繰ろうとするところを突き刺す。


 オルグレンが痛みに耐える間にも、少し先を歩んでいたユドが彼らの前で馬から降りる。そして、ルキフ式の丁寧な挨拶を取った。

「帰参いたした。……お待たせをし、申し訳ない」

 それに応えたのは、女性だけだ。

「いいえ、お疲れさまにございます。此度のこと、感謝に耐えません」

 彼女がユドに挨拶をする。彼女は両手の手のひらを相手に向けたまま、指先だけを合わせた。そしてその手を額のあたりに上げ、静かに一礼する。

 その動きに、オルグレンにはますます不快感が募った。


 加えて――、挨拶に応えもしなかった男たち。

 彼らは、丁寧なルキフの老兵など、知らぬとばかりの態度をする。

 その顔には、友好的なものとはいいがたい、薄ら笑いが浮かんでいた。行動一つ一つが、老兵――いやルキフというこの地を軽視していることを示す有様だ。

「貴様ら! いい加減にしろ! 無礼は許さんぞ」

 女騎士が鋭い叱責を飛ばす。

 聞いただけのカマスが、思わず背を緊張させるほどの声だった。その御者の動揺を感じ取ってか、牛も足を止める。


 そんな女騎士の声を、男たちの一人――赤髪の男が鼻で笑い飛ばして言う。

「止めるな。ベイセル殿の手を煩わせんでやろうという、我々の計らいだ」

 その男が軽く手で指図をし、彼自身ともう一人が牛車へと向かってくる。


 オルグレンは何故か、自身の心臓が強く脈打つのを感じた。

 太鼓のように、命が巡る音がうるさい。

 そして、その音に紛れ――……どうか、と。オルグレンは耳の奥に残っていた声が蘇るのを聞いた。

 逃げ延びてください……、と何とも悲痛な声がする。

 だが……――何から、どうして、何のために? 彼の中に疑問が痛みと共に渦巻くが、それらの答えは浮かび上がってこない。


 その最中にも、

「ハハッ。本当にいたぞ」

 牛車に近づいた、赤髪の男が声を上げて笑った。その指はオルグレンを指す。その表情は、とんでもない間抜けを見た、と言わんばかりだ。

「ボロ船も沈んで観念したのではないですか」

 赤髪に答えるのは、もう一人の騎士……こちらはオルグレンと、さほど変わらぬ長身だった。


「アベス! ガレオ! 彼は我らのことがわかっていない、丁重にお迎えするとベイセル様が仰せだっただろう!」

 女騎士が言う。

 オルグレンは二人の騎士を見やった。赤髪がアベス、長身がガレオという名なのだと推測する。

 そして彼女の言葉から、記憶がないとの情報を把握されているらしいとも察した。


「ああ……頭が壊れているんだったか。どこまでも運のないことだ」

 アベスの言葉は、酷い言い草だった。

「控えろと言っている!」

 女騎士が言う。

 だが、彼らは行動を止めるつもりはない様子だ。

「ノージス、お前が控えろ。売女の娘め」

 女騎士――ノージスが花のような美しい顔を朱に染め上げた。

 彼女は、口汚いアベスに詰め寄るように踏み出す。だが、残っていたもう一人の鉤鼻をした男に肩をつかまれ、大きくつんのめった。


 その彼女を見やって、アベスが口を開く。

「元より、ベイセル殿の助太刀など不要だったのだ。我らだけで十分」

 赤髪の騎士が言う間に、オルグレンは近づいてきたガレオに腕をつかまれた。

「おい、さっさと降りろ」

 強い力で乱暴に引っ張られる。まるで罪人のように、オルグレンは荷台から引きずり降ろされた。


「まったく。お前のせいで、俺たちはこんな場所まで、出向くはめになったんだからな」

 ――観念したのならば、さっさとついてこい、と言葉遣いを崩してアベスが言う。

 

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