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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十二章〈最後の休息〉
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十二章《四節 落成の祝い》1


 吊り橋復旧の作業はいよいよ終盤となっている。

 床板となるさな木を敷き綱へと結ぶ作業と、左右の壁を編む工程へと入った。


 オルグレンやゼオンは体格がいいことから、その作業者の命綱を捌く補助者となっている。故に端で見守っているが、それは見ているだけで足元から這い上がる冷たさに竦む光景だった。

 崖の縁とはいえ、足場があるうちはまだいい。

 しかし、作業が進むと彼らの足元が中空となった。

 風が吹けばゆらゆらと揺れる場所、眼下は深い渓谷。

 少し気が緩めばどうなるか……綱を腰につけているとはいえ、宙吊りは免れないのだ。


「おーい」

 作業を進める男が声を出す。そろそろ材料の足しを持ってこいと、そういう合図だ。

 それらを作りかけの橋の上に多くは持ち込めない。故に少しずつ持ち込むのだが……くねる橋の上を慎重に渡って運ばねばならない。

 村の者が慎重に、それでいて器用に渡る。その様子にオルグレンは感嘆の息を吐いた。


 と――、

「おじさん! 縄を忘れてるよ」

 ロゼが、橋の上を走っていく。

 その光景にオルグレンは胸が縮まる感覚と共に、吐いていた息をそのまま吸い込んだ。

 だが、その目の前でロゼが橋を揺らさず、猫のように駆けて行った。

 


 ❖ 



 この地に来た時には、まだ大きく盛り上がるようだった雲。

 それが、いつしか薄く棚引くような形へと変わってきた。

 夕暮れの赤みが濃さを増すようになり、陽が沈むのも早くなっている。

 その赤い光の中に影を長く落としながら、軋む音を立て男が吊り橋を渡ってきた。


 男が、此岸へと足をつく。すると自然に拍手が起こった。

「ようこそ東側へ」

 フィルトが拍手で出迎える。

「いやぁ、よかったよかった。完成したな」

 髭の濃いその男が、腕を広げて胸を開きフィルトと軽い抱擁を交わす。互いに背中を叩き、橋の再建という苦難を乗り越えた健闘を讃え合った。


 この光景に、オルグレンは胸にあたたかさを覚えた。

 喜び合う人の輪に混ざれたことを、輝かしく思う。

 ひとしきり皆で橋の完成を祝う言葉を交わした後、髭の男が彼岸へと合図をした。そうして、ぞろぞろと渡ってくるのは、作業に携わった者とその家族だ。

 手に料理やら酒瓶と思しき物、そして夜通し騒ぐ心づもりなのか天幕や毛布を抱えている者もいた。

 彼らとも喜びを分かち合いつつ、集落へと戻る。


 オルグレンとロゼが村への滞在中世話になっている一家……その家の前にある、村の広場とも言うべき場所は既に祝いの席らしい有様が整っていた。

 各家から持ち寄られた机や、椅子が曲輪のように並び、中央の営火を囲う。

 机の上には、少し早めに収穫された作物による料理が立ち並んでいた。

 西の村の料理や酒も加われば、溢れんばかりの豪勢さだ。


「よう、戻ったか」

 言うゼオンからは既に、酒精が漂う。その後ろには赤ら顔になっている者もおり、最早始まってしまっている。

 ゼオンの片腕が上がり、オルグレンは肩を組まれた。

 一方では杯を渡され、受け取る。思わずとオルグレンは中に視線を落とした。

 杯は水のように見える液体に満たされている。それを水だと思わなかったのは、顔を近づけると明らかな酒の匂いを感じたからだ。


 ゼオンの人好きのする笑顔の、口角が上がっていた。

 ケッフェルを含め、宴の準備に回っていた面々も、似たような笑みだ。女衆は忙しく立ち回っているか、男達と同じ笑みか、或いは呆れたような顔をしている。

 それらに気付き、オルグレンは何か仕掛けられていることを覚悟した。


「よーし、いい子だ。一思いに一口行ってみようか! くれぐれも一気には、行くなよ」

 一口だぞ、とゼオンが朗らかに言う。

 その彼は杯に手を添えたままだ。このことに違和感を覚えつつ、だが囲う人々の期待に応え、受けて立とうとオルグレンはそれを口にした。


 味は殆どない。

 だが、次の瞬間。

 オルグレンは喉を刺激され、思いきり()せた。

 感じたのは、強い熱感だ。舌や喉を熱さが刺す。あまりにもの強い酒精に咳込めば、ゼオンが組んでいた肩を離し、添えていた手で杯を取り上げて退避する。

 それは実に無駄のない、それでいて無駄に見事な体さばきだった。他方では仕掛け人達の笑いと喝采が起こる。


「じ、蒸溜、……酒」

 喉を落ちていくのさえ、はっきりと感じられる。それの正体に心当たりを覚え、オルグレンが咳の合間に呻くように言えば、ゼオンが手を叩いた。

「正解! いい出来だろう」

 この辺りで作られている玉芋から作った酒を、何度も蒸留器にかけて作ったのだと、ゼオンが代表して解説する。

 どうだ? という言葉に、オルグレンは二度頷いて答えた。

 目が覚めるほど強い酒精が、強く印象に焼き付いている。


 やり取りを見てか、満足気に頷いて返すゼオンの横で、ロゼが杯を覗き込んだ。

「お、興味あるか?」

 得意気にゼオンが言うが……鼻先に近づけられただけで、ロゼが顔を顰めて小さく舌を出した。

 苦い薬でも出されたような顔だ。

 珍しくもまるきり子供のようで、その仕草にオルグレンは、ゼオンと共に声を出して笑った。

 ロゼが逃げるように下って行く。


 彼の代わりという訳では無いが、オルグレンはもう一度手を出した。

 ゼオンは分かっている様子で杯を渡してくれる。それでもう一口、落ち着いてオルグレンはその蒸留酒を頂いた。飲み慣れたものとは違い、ずいぶん強い。そうであるものの……それが喉を焼いていくような感触は、もう一度、もう一度と、味わってみたくなる良さがあった。


 そして、勧められるまま数杯を空け――……


 思い返し……オルグレンは、それがよくなかったのだと気付いた。

 こちら側の村を代表しケッフェルや、対岸の村の顔役などが、宴の前に何か挨拶をしていたのを聞いた気はした。

 人とあいさつをし、料理を頂き、酒も酌み交わし、話もした。……しかし、内容はさっぱりと頭に残っていない。


 目元と耳の辺りがまだ熱く、首の辺りが火照っている。オルグレンはそれら自身が酔いつぶれて寝ていた証拠をまじまじと感じた。

 仰向けに寝転んだままの視界に広がるのは、青暗い色の中に瞬く、冴えた星明り。 

 

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