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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十二章〈最後の休息〉
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十二章《二節 剣聖ゼオン》2

 

「君は優しいが、――結構、負けん気が強いな」

 目に出ているぞ、と。そうゼオンの声がかかる。

 掛けられた声を唐突に感じ、オルグレンは肩を小さく跳ねさせてしまった。

「……その、つい」

 当人に見透かされ、赤くなる心地で首の後ろを掻く。

「いいさ。殺すつもりでしか手合わせをしない、なんて真剣突き付けてくる奴に比べれば、まだ君はかわいいよ」

 ゆるりと剣を振りながら言うゼオンの言葉に、オルグレンは考えた。

 

 一体誰の言葉なのか……。

 とはいえ、考えられる人物は多くはない。

 かといって、そう言い放つ姿を思い浮かべられるかと言えば、話は別だが……

「……まさか、サクラスさんが?」

「ご名答。あいつは俺に厳しくてね。まあ、お互いに――、こいつを討ち取るのは自分だと、思ってた間柄だったから」

 一つ一つの動作を確かめるような素振りから、ゼオンが一度だけ鋭く斬り落とす。

 

「その……、聞いてもよければ、ですが……」

「俺とサクラスの関係かい?」

 先んじて問われ、オルグレンは頷いた。

「大したもんじゃないさ。初めは、たまたま同時期に世に出てしまった、敵国の将」

 ゼオンが大きく大剣を旋回させ、真直ぐに肩の位置で水平に止めた。

「母国同士が休戦した後は、他人同士」

 それぞれの土地で、穏やかに家庭を持ったのだと、彼は言う。

 

「そっからは、人生の敗者同士だ。サクラスが隠居中にクゼリュスの手勢に襲われたのは知ってるか?」

 頷く。オルグレンは、それを『猛りの尖兵』の団員の話から少しだけではあるものの聞いていた。

 その力を恐れるあまり、亡き者にしようという策謀に遭ったのだと。

 

「その件の首謀者。姑息なクゼリュスの軍人貴族、アーベルト君に嵌められて、俺も失脚してな」

 恐ろしいサクラスが居なくなれば、俺は煩わしいだけの存在になったのだろう、とゼオンは自身でそう述べる。

「いろいろとあって嫌気がさして腐ってた時に、サクラスが生きてると聞いてな。方々手を尽くして、会わせてもらって……」 

 ゼオンが止めていた腕を振るう。

 

 彼は鋭く、頭上で腕を振るい大剣を旋回させた。

 鋭く二度。狙われたわけではないものの、オルグレンはそれから鋼の猛威を感じた。

 

「顔面に一発入れられて、何をしたいか決めろと言われてな。あとはまぁ、復讐の同志だ」

 好敵手であり、仲間であり、友であり、クゼリュスの動きの被害者であり、加害者でもある、とゼオンが言う。

 

 幾多もの関係を積み重ね、ロゼを拾い……と語り、彼は静かに大剣を降ろした。

「そういえば、あいつはロゼにも厳しかったな」

 緑がかった目が、思い出に細められる。 

「今思えば、ロゼに対して、あいつなりに必死だったんだな。初めはきつ過ぎるんじゃないかと心配したもんだが、……ロゼにも意思があった」

 大人でも音を上げるだろう、血の滲む扱きに耐えた。長所を伸ばすように切り替えてからは、特に伸びた、と。それでいて要領も良く、まるで水を飲むようだったと彼は言う。

 

「いろんなことに必死過ぎて、色々と反省することも多いが……今思えば、あの頃が――楽しかったんだよな」

 ゼオンは一度言葉を切った。

 彼の双眸は遠く遠く、白き峰々の大地を映している。その地で起こったことを、記憶の波のように胸に描いている様子だった。

 

 彼は言う。

「最後は、家族だったのかもしれん。言う機会がなく、終わっちまったが」

 そうして、項垂れるように下を向き、彼は肩を竦めた。

「まあ、そんなうまく言い表せない関係さ」

 終わりに、ゼオンが深く息を吐く。そして、足元の小石を彼は小さく蹴った。

 

 胸にあるのは、やるせなさか。話を聞き、オルグレンも染みるようにそれを感じた。

 どう言葉をかけるべきか、ロゼの養父であるその人へと考える。

 だが、口を開くより先、何かを振り払うように首を振ったゼオンの目がオルグレンへと向いた。

 そして、唐突に 

「で、君らはどうだ?」

 ゼオンから問われ、オルグレンは瞬きした。胸が跳ねる心地を得たが、彼が何を問うてきているのかはわかる。

 

 理解し、答える。

 すでに定まった心のまま、オルグレンは正直に言った。

「先ず、何よりもロゼは俺の友人です」

 そうはっきりと答えると、ゼオンが笑みを深くした。

 オルグレンはさらに続けた。

「そして恩人であり、相棒であり、弟です」

 更にゼオンの笑みが深まる。

 その剣聖の顔を映しつつ、オルグレンは驚きに小さく息を飲んだ。


 腕が上げられたのは見えていた。とはいえ、そのままゼオンに、髪を荒く混ぜるように撫でられるとは、オルグレンは思ってもみなかった。

 無論、そうされて喜ぶような年齢はとうに過ぎている。

 しかし、胸の中をくすぐるような、懐かしいような感覚を覚えた。

 

「ロゼの傍に君のような人がいてくれて、本当に嬉しく、有難く思うよ」

 ゼオンが言った。

 オルグレンの胸には、温度が湧いた。とはいえ、騒ぐことはせず、そのあたたかさのみを伝える。

「ありがとうございます」

 

 途端、素朴な民家の景色が戻ってきたような心地となった。

 丹念に手入れされた庭木や、植わった秋の花々が陽だまりにそよぐ。

 オルグレンは、息を吸った。

 大剣に革の鞘を被せて片付けるその人に言う。

「ゼオンさん、もう一つ尋ねさせていただいても?」

「うん? ああ、もちろん」

 俺で良かったら、と言ってくれるその人は、語調からも懐深さを感じる。

 

「記憶のことで、もう一つだけ分かっていることがありまして」

 そうして口にするのは、自身の名前のことだ。

 オルグレン・サイラス・レヴァニール――、知ってからもおいそれとは出せなかった名を口に出す。

「もしも、この名について何か、どこかで聞いたなどの覚えがあれば伺いたいです」

 オルグレンがそう問う前で、ゼオンが腕を組んでいた。

「レヴァニール、か。……世の中変なとこで繋がってるもんだな」

 ぽつりと、彼は言った。


 自身の胸が強く脈打つ。それをオルグレンは感じた。

 耳元に鳴り響くほどの鼓動。

 ひょっとすれば、自身に関して何か分かるかもしれない。

 その思いが高まり――同時。

 強く、鋭く奔ったそれに、オルグレンは額を抑えた。

 

 期待に水を差すような、……まるで知ることを止めるような痛み。それから、耳の奥に響く、謝罪を叫ぶ子供の泣き声。

「……どうした? 大丈夫か?」

「――大丈夫、です。すみません、聞かせてください」

 痛みの余韻を堪えつつ、オルグレンは促した。


 なら、いいが……と、ゼオンが軽く喉を整える。

「先に言っておくが、あまり大したことは知らない」

 それでもわかることを話そう、そうと言うゼオンが、借りている離れの軒下を指さした。

 恐らくは、こちら(オルグレン)を気遣ってのもの……それを受け取り、木陰へと揃って腰を降ろす。


 ゼオンが口を開いたのは、そうして落ち着いてからだ。

「さて、何から話すか……。先ず言っとくと、俺の祖母の姓はレヴァニールだ」

 なにせ母方であるために、詳しくは聞けていないが……と思い出し調子でゼオンが言う。

 

 オルグレンは目を瞬いた。

「なら……」

 つまりは、と短く呟く。

「ああ。たぶん、……俺達は先祖を遡ればどっかで突き当たるぐらいの遠縁なんだろうさ」

 とは言っても、とゼオンが言う。

 オルグレンも分かっている。

 驚いたが、そこはさして重要ではない。

 

「それでレヴァニールは、アィーアツバスの有力氏族だ」

 鷹のラーシェン氏族、槍のルユテラ氏族に並ぶ、馬の扱いに優れた名家だと聞いている、と。

 そして、

「確か、現在も続いてるはずだ。アィーアツバスは遊牧の民だが、確か有力者は王都の近くに住んでるって話だぞ」

 ゼオンが語ってくれる言葉に、オルグレンは薄い頭痛と、それ以上の胸の高鳴りを感じた。

 

 名を叫ばれた時のような、確かにそうだと言う確信は、湧いてこない。そうであるものの、アィーアツバスの地でどうするべきかが、今、見えた。

 探せばいい、そうと道が拓けるのを感じる。

 

「さて、」

 ゼオンが言った。そうしながら、彼は空気を嗅ぐように顔を上げた。

「そろそろ、飯かもな」

 風の中に香ばしいような、少し甘いような匂いが混じっている。それを嗅ぎ取ると同時、オルグレンは目を向けた。

 丁度、母屋の戸口からロゼが顔を覗かせ、――呼ぶ前から二人の顔が向いていることに気づいてか、薄紅色の目を瞬かせる。

 「飯だろ?」

 ゼオンが言い、ロゼが頷く。返答に微笑みつつ、ゼオンが剣を担いだまま歩き出す。そのどこかのんびりとした光景を目に映しながら、オルグレンも後に続いた。

 

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