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【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十二章〈最後の休息〉
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十二章《二節 剣聖ゼオン》1


 雨の日や、渓谷の風が強ければ、吊り橋を掛ける作業はできない。

 その日、朝にケッフェルの息子――フィルトが作業場へは向かったものの、ややあって戻ってきた。

 しばらく作業はできそうにない、と強風に髪を混ぜ返されたフィルトが言う。

 そのまま、秋の収穫前には橋を直したいんだが……とぼやく彼に、オルグレンは頷くしかなかった。

 

 そうして、風が収まるのを待つことになり、

「やらせておいて何だが……、なんかずるいな」

 ゼオンがつぶやく。

 オルグレンは眉を寄せた。どう答えたものかと判断に迷う。


 今彼の手に収まっているのは、ゼオンの大剣だ。ロゼの身の丈よりも少し長いその姿形は、剣と言うよりも槍や戦斧などといった、棹状の武器といった方が近い。

 使ってみるか? とのあまりにも魅力的な誘いを受けて手に取り、オルグレンはそれを構えてみた。


 大剣は、オルグレンが普段使う長剣とよく似ていながらも、まるで違う姿をしている。

 両手を離して握っても余裕のある長い柄に、鍔を跨いだ部位にある持柄(リカッソ)、その先に設えられた鉤、そして瘴禍(ミアズマ)を大きく切り裂く為の長大な剣身。


 とはいえ、オルグレンは手にした感触に、あまり戸惑いは憶えなかった。

 近い長物か何かを手にしたことがあるような……、そんな感覚が蘇る。

 先ずは基礎として正面に構え、体が覚えているままに、オルグレンはそれをゆっくりと振るった。


 利き手である右手を支点に、左手で押すように取り回し剣身を大きく廻す。

 そこから右へと薙ぎ、自身の右側を立ち上らせて頭上へと掲げ、斜めに斬る。

 剣を止めない。足も使う。

 正面に弧を描くように、そのまま左肩まで引き上げる。再度横薙ぎに振るい、今度は体の外側へと大きく切っ先を回し、踏み込みとともに頭上から斬り降ろす。


 ケッフェルの家の中庭であるために、あまり早くは振るわぬように注意していたが、振るう程に大剣の動きは鋭さを増した。

 剣身の重さが速度を生み出し、断つ力が増していくのだ。

 腕に伝わる鋼の躍動が心地良い。

 懐かしいような感覚に胸が踊る。それを一度落ち着けるべく、オルグレンは体の正面で剣を止めた。

 大きく一息をつく。一通り振るってみた高揚感が、じんと胸にしみるように広がった。


 一方でゼオンが唸る。その声が、オルグレンの耳に届いた。

「なかなか、なかなか」

 軽い調子で、

「なんてったって、何よりまず身長があるから、取り回しに困らんのが有利だな」

 言うゼオンに肩を押される。

 その感触で、オルグレンは気づいた。僅かに前のめりになっているのを、直されたのだ。後は靴で押され、つま先の向きを少し外へ修正される。


 ゼオンが続けた。

「手も大きい。膂力もある」

 他は直さずともいいのか……、言いながらゼオンが少し離れていく。

 その上で彼は、自身の腰に手を置いて言った。

「何より様になるのが、実にけしからん」

「――それは、光栄と言っていいのでしょうか……?」

 言われたことに、どう返すべきかとオルグレンはまた苦く笑うしかない。

 

「まあ、今のは冗談。とはいえ、……君みたいな弟子が欲しかったな」

「………? ロゼは……」

 剣聖のぼやきへ言いかけた言葉を、オルグレンは閉じた。

 その様子にゼオンが喉を震わせて笑う。

「ああ、ちゃんと弟子だぞ。ロゼも一応、俺の剣を使える。まあ……、その。ただ……、な」

 彼が言わんとすることは、オルグレンにもわかった。寧ろ言いかけてやめた理由と同じだ。


 大剣はあまりにも、彼の動きには合わない。

 言外に一致した意見のままに、オルグレンはゼオンと共に母屋を見た。


 ロゼはその中で手伝いをしている。この一家の女手である、老婦人キアと若夫婦の妻ラビナにそう誘われていた。

 白い流れ人がラビナから受けていた誤解は、とうに払拭している。だが、……それでも彼女は、我が子のように慈しんで、接することはやめていない。

 それは押しつけがましいようなものではないためか、ロゼも特に構わず受け入れている様子だった。


 故にこの地方特有の、平たい麺麭(パン)づくりを手伝っている彼は、家の奥の台所のはずだ。

 間が悪く、ひょっこりと顔が出てくることもなく、ほっと息を吐く。

 オルグレンは構えを解き、使い込まれた大剣を見た。

「……ともあれ、剣聖の弟子は興味があります」

 そして、そう告げた。


 ゼオンの返答は、笑いだ。笑いながら手を振る。

「弟子はうれしいがな。剣聖は止めてくれ、ガラじゃない」

 それに、と言ってゼオンは、肩を竦めた。

「戦争の時に偶然目立ったことをした若造につけられた、ただの戦場鼓舞の政治宣伝だ」

 今クゼリュスと呼ばれる土地に、もっとたくさんの小さな国があった頃の戦争。

 略奪の被害に遭おうとした村を救った話と、後に付けられた尾ひれ背ひれ。

 

 話を聞きながら、オルグレンは目を向けた。

 それに気づいてか、ゼオンがもう一度緩く手を振る。

「ああ、すまん。気にするようなことじゃないぞ。俺だって、そう呼ばれてた頃は、誇りに思ってたんだ」

 言いながら、彼は北の方角へと目を向けた。

「その村の娘と、ちゃんとお付き合いして結婚したのも、自慢だったしな。生活も幸せだった。あ、とびっきりの美人だったんだぞ」

 まあ、これは上と反りが合わなくなる原因にもなったんだが……、と。彼は頭を掻く。


 恐らくはその辺りが、彼が自身の伴侶を、過去のこととして話さざるを得ない事情なのだろう。オルグレンはそうと察した。

「おっと、暗い話になっちまったな」

 謝りつつ、ゼオンが手を向ける。


 それの意図に気づき、オルグレンは手にしていた大剣を彼へと返した。主の手元に戻った鋼が、喜ぶかのように昼の陽射しに触れて輝く。

 ゼオンが構える姿に、オルグレンは目を細めた。

 両手を離して握り、担ぐような構えから振り下ろす。そのまま肘を引いて引き起こし、突きの構えへ、突くと見せかけて頭上を取り回し、横に薙ぐ。

 取り回しは長く重い鋼とは思えぬほど軽く、それでいて要所には確かな力を感じる。

 しかし、惜しむらくは……、彼の剣筋にはわずかな揺らぎがあった。左手は健在であるために、力は出せる。だが、右手に欠損があるため刃の軌道――剣筋に影響が出ている。

 

 かと言って、それを理由に勝てるかと言えば、違う。

 鋭い風切りの音は、よほどの気合を入れて構えねば、剣で受け止めるなどと言うことはできないと予感させるものだった。

 勝とうと思うのであれば……、いかにするべきか。オルグレンは腕を組んだ。


「君は優しいが、――結構、負けん気が強いな」

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