表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
十一章〈過去からの〉
102/123

十一章《四節 サクラスの願い》2


「よっ、代わろうか」

「すみません……。では……」

 軽い調子の懐かしい声と、耳に馴染んだ落ち着きのある低い声。

 窓の外で抑えられた声が聞こえ、ロゼは再び意識が浮き上がるのを感じた。

 

 目は閉じたままであるものの、すっきりとした心地で、仰向けに寝返りを打つ。

 潜り込んだ寝台は、オルグレンが困らず寝ていたことが示す通り広く、だいぶ余裕があった。

 その上で、生まれ出るように思うまま四肢を伸ばす。

 どうにか薄らいできた眠気の膜から、ロゼはようやくと抜け出し目を開けた。

 

 寝台の上で身体を起こすと、柔らかな毛布が滑り落ちていく。 

 崩さないよう避けていたはずの毛布。きっちりと畳まれた毛布が、いつの間にか掛けられていた。 

 標高が高いためか、この土地は建物の中など影に入ってしまえば、暑さはない。

 かといってこの時間であれば寒いほどではない。しかし、それでも……と思ってくれたらしい。

 察し、唇が緩んだ。

 そうすればロゼの胸には、面倒見の良い整った顔が浮かんでくる。

 

 毛布を畳み直し、ロゼは手首に巻いた髪紐で、解いたままだった髪を緩く束ねた。

 そして自分の長靴(ちょうか)に足を通す。

 おなざりに靴紐を締め、その格好でロゼは戸を動かした。

 

 戸の脇。すぐの軒下に人影がある。そうして座り込んでいるのは、大剣を傍らに置いたゼオンだ。

 どこかで体を動かしてきたのか、肌に浮かんだ汗を布で押さえている。

 その向こうをロゼが目で辿ると、オルグレンがちょうど、ケッフェルが住まう母屋に入っていくところだった。


「お、起きたか」

 寝坊助め、とゼオンが言う。

 頂きを少し過ぎた陽射しに、養父の麦藁色の金髪が光る。

 それに目を細めつつ、ロゼは答えた。

「おはよう、ゼオン」


「おはよう。と言っても、昼過ぎだがな」

 笑いながら言ったゼオンが、汗拭きの布を自身の首へと掛けた。

 そのうえで、彼は首を傾げる。

「体調が悪い、とかじゃないんだな?」

 ゼオンは、ロゼがどのように寝るか知っている。だからこその疑問だろう。


 それを聞きつつ、ロゼは養父の横に座った。

 彼と同じ方を向き、同じ景色を目に映す。

 そこでは手入れの行き届いた庭が、視線の高さであたたかく照らされていた。庭木の枝葉と草花がそよ風にゆるく撫でられている。


「違うよ。なんだか、よくわからないけれど眠たくて」

 問いにロゼが答えると、ゼオンがふぅんと喉の奥を鳴らした。

「なら、お前の友達は、お前のことをよく見ているな」

 心配はないから、起きるまで眠らせてやってほしい。

 朝餉にも昼餉にも現れなかったロゼを心配した婦人――ラビナに、そうと説明したのはオルグレンだと言う。


「うん。オルグレンはそういう人なんだよ」

 ゼオンが顔を向けてくる。それに、先を促された気がしてロゼは言った。

「いつも気遣ってくれて、優しくて、強くて……」

 言葉を切り、ゆっくりと息を吸い込む。


 そうしてから、ロゼは養父を見上げた。

 懐かしい、優しげな顔。その顔は、白き峰々の戦場にいた頃よりもさらに柔らかな様子となっている。

 その彼の、穏やかな顔に告げる。

「サクラスが――、最後に言ってくれたんだよ」

 名前を出すと、ゼオンの緑がかった青の瞳が揺れ、肩が少しだけ動いた。

 ロゼは続ける。

「一年間……復讐を禁じる、と。そして、私に友を作れとね」


「……あいつが、なぁ」

 ゼオンはぼやくように言い、地面に両足を組んで座った姿勢のまま、頬杖を突いた。

 彼は北の山の稜線を見やっていたが、ややあって目だけでロゼを振り返った。

「それで、あの兄さんと友達になったのか?」


「うん、そう。……初めは、あなたに似ていると思ったんだ」

 ロゼが言うと、ゼオンがふっと笑った。

 頬杖を突いたまま、唇で弧を描いている。ロゼはその横顔を見ながら、はっきりと言った。

「もちろん、すぐに認識を改めたよ。オルグレンは、あなたと違って几帳面で、しっかりした人だったからね」

 ゼオンは怒るでもなく、笑みを深めている。


 その養父の顔から、ロゼは東の山並みへと目を移した。

 遠く、本当に遠くとなった、東端の荒れた波を思い出す。そこから西へ、西へと歩いてきた情景が、次々に瞼に蘇ってくる。

「ここまで、ずっと一緒に歩いてきた。いろいろなことがあったよ、本当に……色々と。彼は私に助かった、感謝していると言ってくれるけれど、もっとたくさん私は彼に助けられたんだ」


「……そうか」

 ゼオンがゆっくりと頷いた。

 そして――

「ロゼ」

 ゼオンが落ち着いた口調で呼ぶ。それに合わせてロゼは師であり、養い親である人の目を、改めて仰いだ。


「サクラスの遺言、叶えられたと思うか?」

 ――友を作れ、とサクラスは言った。

 ゼオンに問われ、ロゼは不意に思い出す。

 オルグレンに問うたのだ。友人とは何だろう、と。


 思い出しながら、ロゼは頷いた。はっきりと。

「うん。――オルグレンのお陰で」

 言い切ったが早いか、頭の上に重みが乗る。ロゼはその大きな手の平穏な重みを感じた。

「そうか。……そう思っていること、ちゃんと彼にも伝えるんだぞ」

 言ったゼオンが腕を動かす。

 ロゼは思わず手を上げた。髪の毛を混ぜ返される。せっかく束ねた髪を無為に戻され、止めさせるためにその腕をつかまえた。


 鍛え上げられた、太い腕だ。

 ロゼは見た。

 そのゼオンの腕には、以前にはなかった傷が刻まれている。

 加えて、彼の小指――大剣の精密な操作を行い、握り込むために必要な指が欠けているのも、ロゼは昨日聞いた。痺れや、痛みがある指が他にもあるのだとも。


 更に雨で濡れた服を替える際に見た、背中に広がる火傷と、いくつもの矢傷の跡……。

「……ゼオンはあの後、どうしてたんだい?」

 ロゼが聞くと、ゼオンは片眉を寄せた。

 そして頬杖の手で口元を覆う。

「お前たちと、はぐれた後か……。まあ、大した話じゃないさ」

 手を降ろしゼオンが、座ったまま背後の壁に背中を預けた。


 サクラスが死んでしまう三つ月ほど前、つまりエーイーリィの最後の砦が落ちた頃。ゼオンは燃え落ちる砦の残骸からサクラスを庇って、深い手傷を負った。

 ロゼやサクラス、ひいては傭兵団『猛りの尖兵』と共に長距離の撤退についていくことが難しくなり、途中の村落に匿われることになったのだ。


「動ける様になった後、お前達のところに戻ろうとはしたんだが……情けない話、昔の知り合いに見つかってな」

 彼の言う、昔の知り合いとはクゼリュスの一将とみて間違いないだろう。

 そして、苦いものを噛んだようなゼオンの表情から、ロゼは仲が良かった人物ではないと察した。


 追われ逃げる内、エーイーリィの方面からは離された。

 そして色々とあって逃げ切れず、追い詰められ……どうにか捕まらずに逃げおおせたものの、その時には大怪我をしていたのだ、とゼオンが話す。


「それでもアィーアツバス辺りに抜けられんかと思って……こっちに来たんだが、崖から落ちて見事に行き倒れてな」

 そして、この里の者に拾われたのだ、と彼は言う。

 話し終わり、ゼオンは両腕を天に突き上げるようにして体を伸ばした。

 腕を戻すと、ゆっくりと深く呼吸をする。


「……戻れなくて、すまなかったな」

 ロゼは首を振った。

 確かに、彼が居ればサクラスは、無謀なことなどしなかったと思う。

 クゼリュス王を直に襲うという危険な作戦には、乗らなかったかもしれない。

 だが、今それを思おうと、時を遡ることなどできはしない。

 それに、あの時は、そうするしか無かったのだ。


 ロゼはゆっくりと立ち上がった。

「ねえ、ゼオン」

 ん? と、ゼオンが喉で返答をする。

「サクラスがあなたに残した遺言を、叶えてもらえるかい?」

 養父の顔が変わるのを目にし、ロゼは一度客間に戻った。


 立て掛けた二振りの半曲刀から一方、サクラスの愛刀だった黒い鞘の方を外す。

 戸口から姿を現したゼオンに、ロゼは向かい合った。

 両手で半曲刀を捧げ持つ。

 そうして彼へと、――サクラスの半身を掲げた。

「渡して欲しい、と私は聞いた」

 サクラスがそう言った、と。

 ロゼがそう伝えるとややあって、剣の重みがゼオンへと引き取られる。


 彼は、何も言わなかった。

 いや、何か言おうとしたのだ。喋る前のような、短い息の音が聞こえた。

 だが……それをやめ部屋の奥へと歩き出し、ロゼの脇を抜ける。

 

 そのすれ違いざま、ロゼは肩を叩かれるのを感じた。

 トンと、軽く押すような手。

 その意図が染み入るようにわかり、ロゼは部屋を出た。


 そして振り返らず、後ろ手に戸を閉める。 

 サクラスの相棒――

 剣聖ゼオンが、今だけは一人になれるように。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ