十一章《三節 饗応の席で》2
土を突き固めた床に脂を滴らせながら、持ち込まれたもの。
それは肉だった。薄切りの肉を串に重ねて差したものと見える、まだ表面が熱い脂の動きを見せる、それ。
少々豪快と見えるそれが運ばれるや、上座にいたケッフェルが、おおと声を上げ立った。
息子が食卓の盆の上へそれを構えると、ケッフェルが小刀を肉に当てそぎ切る。刃が入るたび、香ばしいにおいを伴って湯気が立ち、切り口から肉汁が溢れた。
滴る熱い脂と肉汁が絡まって盆へと落ちる。
そうして削ぎ切って小山のようになった肉を、器へと分け始めた。
恐らくはそれが家の主人の仕事の様子だ。老人が満足気にやり遂げる。
それを器にのせ各人へと、若夫婦が配膳してくれた。
老夫婦と息子夫婦、ゼオンらが席に着く。
「ほら、あなた。料理が冷めない内に」
「うむ。では、旅のお二人。ゼオン殿。この度は我が身をお救いくださり、心より感謝申し上げる」
心ばかりの礼となるが、どうぞお召し上がりください、と。
「では、ご主人、ご家族の方々。ありがたく頂く」
オルグレンはロゼと同じく、食事を前に指を組み、神ではなく老夫婦と息子夫婦へと感謝を述べた。
ゼオンと家族達が同じように指を組み、神への感謝を口にする。
そうして始まった食事はとても和やかだった。
ケッフェルは健啖家の様子で、平たい麺麭に野菜と肉、そして乾酪を乗せてしまうと、生地で挟むようにし、大口に頬張る。
これが美味いのだという言葉そのままに、食べ終わるまでがあっという間だった。
そして、すぐに次を作り始める。
ケッフェルの息子も、器用に包み、頬張っていた。
ゼオンも少し歪ながらも同じようにしているのを見やり、オルグレンも食べかけた麺麭で具材を包んだ。それを大口で頂けば、確かに薄くやわらかい麺麭に、爽やかな香りのある野菜と、濃く味付けが施された肉が合う。
口の中でうまく混ざり合い、一緒になって旨味が溢れて来た。
「あなたは、こうした方がいいかも」
そうロゼに言ったのは、婦人の方だ。
彼女も、キアも、男たちとは違い、丸く平たい麺麭を半分にちぎり、生地を袋状に開いてその中へ肉や野菜を詰めている。
その方が麺麭でそのまま包むよりは小さく薄く、口にしやすい。
オルグレンは婦人のその様子に、ひょっとしたら……と気づいた心地になった。
少年は常々、飄々としてどこか得体のしれない雰囲気がある。
しかし、今はうんと頷き、婦人に作り方を聞いている。それのどこにも、自身を煙の中に隠しているようなありさまはない。
返答も、仕草も、表情も心が柔らかくなっているように、どこか素直なものを感じる。
だからか、とオルグレンは思う。
服は借りたが、着替えているところを見せたわけではない。
その容姿からか、婦人に男装の少女とでも間違われているような……。
察しつつも、口に出さずにおいた。
ロゼも承知の様子なのだ。訂正する程ではない、ということらしい。
だが、視線を向ける内、彼に少し感情を見通されてしまったようだ。ロゼは婦人に柔らかく接しながらも、オルグレンへは少し睨むような視線を寄越してきた。
それは、君、また面白がっていないかい? と、言わんばかりの目だった。
「あなた達は、どこへ行きなさるんだ?」
食事が終わり、外ではまた雨が降り出す音が響きだした頃。
ケッフェルが言った。オルグレンは、ちらりとロゼを見た。そうして二人で視線を交わし合う。
先ずはロゼが答えた。
「私たちは西の地、アィーアツバスへ行く予定だよ」
「ほう、馬司の国へか」
ケッフェルが知っている調子に言う。彼らにとっては隣国の事だ。ある程度の事は知っているらしい。
「このあたりから抜ける道がないか、と思っているのだが。……ご存じないだろうか」
オルグレンが聞けば、ケッフェルが、おおと言う。
「吊り橋があるぞ。そこから山を降りて、洞窟が……」
事も無げに話始めるが……、息子の方が慌て気味に手を振った。
「父さん、橋は半月前の大風で壊れたと、説明したでしょうに」
「なんと。まだ、直っとらんのか」
ケッフェルが顎髭を撫で、その奥の口を曲げる。
その様子に、ゼオンが腕を組む。
「じいさんたちが買い出しやら行ってくれて助かっちゃいるが……、そん時の風で壊れた家の修理の方が、急ぎだったからなぁ」
まだまだ手が足りなくて、俺が麓の小屋の修繕に駆り出されてるぐらいだし、と彼は楽しげにぼやきを口にする。
そうする間に、婦人が盆に杯を乗せて持ってきた。
彼女は初めに大人たちへ、持ってきた杯を渡す。
「蜂蜜酒をどうぞ。それから、こっちは柘榴の果蜜ね」
ロゼには別にとばかりに、彼女が手渡して奥へと戻っていく。
少年は杯の中を満たす、つややかな赤色の飲物を珍し気に覗き込んだ。
そして、それを口にする。酸味があったのか、少しだけ目を細めるような顔だ。とはいえ、うまいらしく、少し頬を緩めて舐めるように飲んでいる。
一方でオルグレンは他の者と同じく、蜂蜜酒を頂いた。
黄褐色の液体は、口に含むと蜂蜜と香草の匂いが広がり、軽やかな甘くすっきりとした味が広がる。
飲むと、喉にほんのりとしたあたたかさが残った。
その酒精の余韻を楽しみつつ、オルグレンは口を開いた。
「……いつ頃直りそうか、伺っても?」
「ええ、元々架替えの時期だったから、縄索や材料の準備はあるんで、半月あとぐらいには……ってところかね」
息子が言う。ロゼが振り仰ぐようにして、自身を見るのをオルグレンは感じた。
その上で、頷く。
オルグレンは、杯を食卓に置き、居直ってケッフェルとその息子を見た。
「その間、ここに置いて頂けないだろうか」
もちろん働く、お礼も支払う、と。
今度はケッフェルと、その息子が顔を見合わせる番だ。
「……馬司の国に行くなら、リリートゥに戻って街道を抜ける方がいいと思うんだが、……訳ありかい?」
ケッフェルが問う。
その皺が寄った顔には、家主としての家族への心配が見て取れた。
「……はい」
一度、オルグレンは返答だけで言葉を切った。
もちろん、説明できる事はある。
記憶がない自分をなぜかクゼリュスが追っているのだ、と。
リリートゥを経由して金で雇った者で追い立てるほど必死な様子で、とても主要な街道を行ける状況ではない。そうと話せる。
しかし、話してしまえば、彼らは万が一、誰かに問われた時に聞いたことを重荷に思わねばならないかもしれない。
「ふむ……、」
意図を察してかケッフェルは蜂蜜酒を飲み、顎を撫でた。
息子の方も、腕を組む。
暫く、ケッフェルは顎を撫でていたが……
「……橋が直るまでは、ここにおればいい」
やがて一言そう言った。
手が欲しいから、働いて貰うことにはなるが、と付け足しながら。
「事情を聴くかは、まだもう少しの間。考えさせてもらっていいかの」
オルグレンは頷いた。
「もちろん。ご迷惑をお掛けして、申し訳ない」
そして厄介になります、と頭を下げた。




