一章《三節 接触》2
ルキフの兵は、一方がひげを生やした老兵だった。
もう一方はオルグレンよりわずかに若そうな雰囲気の若兵だ。 老兵の方が剣、若い方が槍を身に帯び、それぞれ似通った革製と見られる簡素な鎧を身に着けている。
彼らは下馬の後、一度何かを話し合うように顔を寄せていた。何か短く話した様子だが、比較的近い位置にいたロゼならばともかく、オルグレンの耳には聞き取れない。
そうする間に、若兵の方と目が合い――、しかしすぐにそらされてしまう。
なにか、自分について話をし、つい確認のために見てしまった……と、そんな調子の視線だった。
様子が少し気になりながらも、オルグレンはカマスと共に荷台を降りた。
船人の面々もそれに習おうと腰を浮かせたが、温和な雰囲気の老兵の方が、かまわれずと軽く手を振る。そうして兵二人は何事もなかったように牛車へと歩み寄ってきた。
まず挨拶をしたのはカマスだ。
彼は胸の中央に手を置き、右足を半歩引いて丁寧にお辞儀をし、挨拶をする。
「村長の名代として、〈風の女神号〉の船員を送り届けに参りました。浜の村のカマスにございます」
カマスの名乗りに応え、老兵がユドと名乗った。
彼が代表者であり、傍らの若兵はその補助といった具合だ。
「ご苦労であった。我々は、そなたらの案内と護衛を言い渡されている」
拳を胸に当て右足を引くも、頭は下げず老兵ユドが挨拶する。
彼らを見やり、このあたりの挨拶の所作なのだと、オルグレンは理解した。おそらく、カマスの方が正しいやり方で、兵の方が略式だろう。
オルグレンは、自身がやるべき挨拶の所作が分からず……、頭を下げお辞儀だけをした。
ユドがもう一度略式の挨拶をとる。
そうしてオルグレンと船人を見やり、言う。
「彼らが北方の地、雪降る地の客人か?」
船人の面々も――ロゼも、少し驚き加減の顔をし、……しかし、何か言う前にカマスが返答をした。
「はい。怪我なども酷く、参上いたしますのが遅くなりまして……」
恐縮加減に頭を下げるカマスに対し、ユドは首を振った。確認できればそれでいい、といった具合だ。その後も二、三言、ユドとカマスが、伝書鳩を使った手紙ではやりとりがしづらいであろう辺りを、すり合わせに話をする。
その間に、
「あなたは? 護衛とは聞いたが」
若い方の兵が、怪訝な顔をしてロゼに言う。その声が耳に届き、オルグレンはその方を見た。
若い兵は村人でも、船人でもない第三者に対して、警戒していると言った調子だ。
その鋭角ばった物言いに返答する前、ロゼが挨拶するようにお辞儀をした。その所作は先ほどカマスたちがやったものとは違う。
彼は両手のひらを相手に向けたまま、その指先だけを合わせた。そしてその手を額のあたりに上げ、会釈をしたのだ。
その所作に、オルグレンは首筋のあたりがざわめくのを感じた。何がどうしてとは自身でも説明できない。ただ、なぜか嫌悪が込み上げていた。
そんなオルグレンの内心など気づいた様子もなく、驚いたような調子で若兵が、カマスがやったものと同じ挨拶の礼を慌て気味に返す。
「失礼した」
「いいえ、気にしないでほしい。私はただの護衛を頼まれただけの流れ人だよ」
ロゼが首を振って言った。
そして、少し抑えた調子の声で続ける。
「一つ、確認してもいいかな。……彼の国のお方は、いつ頃おいでに?」
「ああ、もう到着なさられているさ。ここにも自身で向かわれると言っていたが、さすがに我らの国ゆえ遠慮をお願いした」
「……なるほど、ありがたいことを聞いたよ」
ロゼが頷くが、オルグレンにはよく分からない。彼らのやりとりの内容には全く察しがつかなかった。
どういう事かを問いたい気持ちに駆られたが、彼はそれを収める。
ロゼが何か考えるように口元に手を当てている。それが気になったのだ。
彼の問いは、何かを拾い上げようとしているようなもののように、オルグレンには思われた。
白い流れ人が続けて言う。
「しかし、ずいぶん速かったのだね」
「ああ、タロトか……、その北の街だったかの鳩舎で手紙をつかまえられたようだ」
鳩によって此方から遠い彼方へ手紙を運ぶ場合は、ある鳩が己が区間を飛び、そこの鳩舎の人間がそれを受け取り、届いた手紙を別の鳩へと渡し……と、言った具合に渡し繋いで届ける。
このため、少し大きめの街には鳩舎が集積した中継基地ともいえる場所があった。そこで手紙は、人目に触れる。これは水濡れなどで用をなさない手紙を運ばないための工夫だ。
これ故に伝書鳩に持たせる手紙は、基本的に宛先以外にも読まれることが当然となる。
つまり――、とオルグレンは言葉には出さず呟いた。
ロゼと若兵の会話から察するに、本来、〈風の女神号〉の沈没を知らされることのないはずの誰かが来る。
そう、オルグレンは考えた。思考の傍で、ちりりと指先にしびれが走るのを感じる。わずかな緊張だ。
それはなぜかを自身の内から探そうとし、
「……っ」
オルグレンは額を押さえた。急に錐で刺されたかと思うような、痛みが走ったのだ。そこにある傷のため巻いたさらしの下から、溢れるように脈打つような痛みがわきあがる。
「――ねえ。君、大丈夫かい?」
かけられた声にオルグレンは、目を開いた。
いつの間にか若兵との会話を終えたらしいロゼが、彼の顔を覗き込むようにしている。
「……あ、ああ。少し痛んだだけだ」
気遣いに返答を、と考えるのをやめ……思考から離れたおかげか。オルグレンは、ロゼに答える間に、痛みが引いていくのを感じた。
ロゼの方はでオルグレンを検分するような様子だ。しかし、心配ないと判断したのか、ややあって小さく頷いた。
そして言う。
「まあ、街できちんと医術師に怪我を見てもらうといいよ。なにせ君たちは客人という扱いで、寝床も食事も準備してくれているそうだから」
きちんと休み、傷を癒すといい。そうと続けてから、ロゼは周りを見渡す。
「――さて、カマス。君と村長と村の人には大変お世話になったね、ありがとう」
それは唐突な言い方だった。誰しもが一瞬何を言い出したのかと戸惑う。
だが、ロゼはそれに構わず続けた。
「それから船人さんたち、あなたたちの傷がはやく癒えることを願うよ」
つらつらとしたロゼの言葉は、余人が口を挟む隙もない。
「兵隊さんが来られたからね、だから私の役目はここで終わりだ」
そして、ロゼはひらっと手を振ると、
「道、穏やかなれば、もう会う事はないね。では、みんな、お元気で」
そう別れの挨拶を口にし、彼は踵を返した。
実にあっさりと。
オルグレンとも、船人とも御者のカマスとも、もともと縁も何もなかったように。
その振り返りそうにない後ろ姿に、誰もが言葉を断たれ、ただ見送ることしかできなかった。




