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ポンコツ系幽霊と二郎系巫女③

「当面のかなえさんの身元ですけど、たぶんなんとかなりますよ」



 かなえというのは、記憶どころか名前すら持たない俺の、とりあえずの名前だ。


 あの木立──〈カンエ様〉と呼ばれる場所は、もともと(かなえ)家という一族の土地らしく、いつからか、少なくともリンの祖母の代にはカナエが訛ってカンエと呼ばれていたようだ。


 あの地の地縛霊だったのだから、当然鼎家のご先祖だろうという推理による暫定的な仮名だが、かなえというのはどちらかと言えばファミリーネームよりファーストネームっぽい響きがあり、村もとい町を呪おうという怨霊の名前にしては、ひどく可愛らしく感じられる。


 なぜあの土地が立ち入り禁止で、珍妙な作法が取り決められているかというのは、やはり由来はわからないということだった。



「この辺の歴史とかを研究しによく来る大学の先生がいて、祖父の縁で毎年うちにしばらく泊まってくんですよ。その人の助手ってことにしましょう。もしバレても話せばわかってくれると思うんですよね。変な人ですから」



 身元不詳では警戒されて活動しづらいというのは、閉鎖的な田舎のイメージを地で行っていて、かえってすんなりと納得できる。


 数奇なもので、女子大生を謳ってはいるが正真正銘事実無根、真っ赤な嘘で、せいぜい中学レベルの教育を施されたのちダラダラとアニメやら観て過ごしてきた俺が、借り物とはいえまさか実在の女子大生の身分を得ようとは。


 これが言霊というやつだろうか。


 信じればきっと素人女子大生になれる。


 ……。


 しかし少々楽観的すぎる作戦ではなかろうか。


 その先生とやらの“変な人”という評価が、どう変なのか解釈の幅が広すぎて若干の不安もある。


 「この人、町外れのカンエ様に封印されていた幽霊なんですけど」と説明されて“わかってくれる”人と聞くと、常軌を逸した変人か、倒錯的オカルトマニアか、解脱に至ってあらゆる不条理も受け入れる聖人、あるいはあらゆることが面倒になった世捨て人くらいしか思い浮かばなかった。


 どの場合もあまり友好関係を築きたいと思えなかったが、さりとてほかに有力な策もないし、是非もない。



 「いいアイデアだ絶対上手くいく」



 言霊パワーでなんとかなると信じて、とりあえず乗っかっておくことにする。



「アライバっていう学生がいるらしいんで、名前を拝借しちゃいましょう」


「アライバ? あの伝説の?」


「はい、鉄壁の二遊間です」


「監督とか解説者をしながら大学にも通っているのか、多彩だなあ」



 もちろん野球の解説者でも監督でもなく、その先生の助手であるただの大学生の苗字なのだろうが、俺の脳裏にはかつて動画サイトで観た、サーカスの空中ブランコのようなコンビネーションで華麗な守備を見せる野球選手たちが思い起こされていた。


 とは言っても、ご本人たちの対談動画でかつて同名のサッカー選手がいたという話があったし、苗字としても突飛なものではないのだろう。



「お、野球がいけるクチですか? この辺は昔、野球が盛んだったんで話してあげるとウケますよ」



 野球が盛ん“だった”というのはその言葉のまま、かつて地元出身の野球選手が大リーグに挑戦した折に地域一帯で一大野球ブームがあったらしい。


 子供たちは当然のこと、大人たちまでもが野球チームを結成し、一部の水田を潰してプロの公式戦も開催可能なサイズの立派なグラウンドを整備したというのだから、当時の熱狂は自治体も巻き込んだ相当なものだったのは想像に難くない。


 だが当の選手がスキャンダルで契約を失うとともにバブル崩壊の如くブームは終焉を迎え、表立って野球やろうぜと言う人がいなくなって久しく、いまでは雑草まみれで整備不良のグラウンドだけが残っているという。



「野球ブームもダメ、因習村ビジネスもダメで。なにかを(おこ)すのはいいけど続けるのが難しいんすよねえ。どんなに頑張っても時節と人心は操れませんわ」



 と、まるで失敗した経営者のようにしみじみとぼやくリン。


 そんな挑戦と敗退を何度か経験した町は、あいかわらず田畑を挟んだ向こうに静かに佇んでいる。


 どうやら彼の目的地もまた、人家から離れた場所らしかった。


 それでも歩いて来るうちに俺が親しんだ荒れ果てた休耕地は抜けたようで、周囲の田んぼのいくつかには水が張られ、まだ背の低い稲が等間隔に立ち並んで風を受けていた。


 このあたりの道は近年再舗装されたらしく、田んぼの間を通るにしては不釣り合いなほど黒々とした真新しいアスファルトが敷かれている。


 ふと、西日を反射する道の先に、麦わら帽子をかぶった小柄な人影があることに気がついた。


 道の端の水路の柵に足をかけ、広がる田を見渡しているようだ。


 上下ジャージにジャンパーまで羽織っているようだが、暑くないのだろうか?


 柵にはおそらくバットであろう長物が立てかけられている。


 小学生くらいの男の子らしい。



「あの子も二郎系男子かい?」



 その問いに、リンが上体をを傾げて俺の頭越しに前方を見る。



「あー……いえ、あれは二郎系男子系不良系従妹(いとこ)系破天荒系ヒーロー系巫女系女子ですね」


「属性マシマシがすぎる!」



 全部は聞き取れなかったが──女子?


 近づいてみればなるほど、麦わら帽子の下から長い髪束が二本流れ出ているし、従兄系二郎系男子であるところのリンの有力な証言もあるので、長髪の男子である説を支持する理由もなかった。


 その二郎系中略系女子は双眼鏡を掲げ、なにかを探している様子だ。



「ちょっとすみません、降ります」



 言ってリンは、まだ足が痛むだろうに俺の背からするりと退いた。


 無理しなくてもこっちは疲れないというのに。


 そこで、「ははーん」と俺は明晰な頭脳で鋭く洞察する。


 いとこのお兄ちゃんとしては、女の人におんぶされている姿を他人に、それも親戚の年下の女の子に見られるのは格好が悪いということだろう。


 多感な少年の意地ならぬ、いじらしさというわけだ。


 なかなか可愛いところがあるではないか。


 にっっっこりとした笑顔で、足をかばってあからさまに歩幅が小さくなっている少年の背を見やる。


 こういう察しのいいお姉さんムーブも存外愉しいので、今後精力的にやっていこうと決めた俺だった。



「いいですね、名前はアライバさんですよ」



 リンは振り返り、小声で念を押した。



「あいあい、わかったよん」



 上機嫌に手でOKサインを出すお姉さん幽霊。

 

 もうちょっと近づいてから降ろしてあげるべきだったんだろうが、これも男子同士のよしみ、武士の情けとでも言おうか、倒れたら支えてやる構えをして見守ることにする。



 「……ふむ」



 彼の気安さにあてられてか、案外、知り合ってすぐの相手に対して距離感が異常なのは俺のほうも同じかもしれない。

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