ポンコツ系幽霊と二郎系巫女②
因習村。
ネットで聞きかじるところによれば、フィクションの一ジャンルとしてそれなりの人気があるらしい。
排他的で、閉鎖的で、後ろ暗い歴史を持ち、怪しげかつ淫靡な古いしきたりに固執する村というのは、現代において一種のファンタジーとして興味を引くのだろう。
かくいう俺も草むらで拾った下世話な週刊誌を暇にあかして読み込んでいたとき、〈潜入! 因習村は実在した!〉とかいう特集ページがあって、思いのほか面白かったものだから、のちにその類の怪談やまとめ動画を漁った経験がある。
「ああ、因習村。因習村かあ……」
もうその話題一〇〇万回やりましたよと言わんばかりに、リンはため息まじりにもらす。
「実はそんな触れ込みでちょっと村おこししようとしてたんですけど、ここ最近はめっきり、さっぱりですねえ。統廃合でそもそも村ではなくなってますし」
「ちなみに」と言いながら彼が〈非・二郎系男子〉たちが暮らす用水路の向こうを振り向いたのが、背中に伝わる動きで察せられた。
「あの辺も一応同じ地域だから、引っ括めると村っていうには栄えてるし、町と呼ぶにはこっち側の雰囲気にそぐわないでしょう。村と町の間を取って〈むち〉と僕は呼んでいます」
「〈むち〉て……」
当然、彼だけが彼の中だけで用いる呼称なのだろう。そうであってほしい。
「〈まら〉ってわけにはいかないじゃないですか」
「セクハラ!」
「違います。男子同士の可愛らしいじゃれあいです」
「加害者側が裁定を下すんじゃないよ。私が決めるんだよ」
出会った時から引き続き〈私〉と称してはいるが、心中の一人称が〈俺〉であることは、先述のとおりすでに彼の知るところとなっている。
ではなぜいまだ偽りの自称を用いているかと言えば、リンの熱烈な、切実なまでの要望によってである。
一人称〈私〉および二人称〈少年〉の使用を継続してほしいと地に伏して懇願されたことから、彼がまだ俺にお姉さんとしての振る舞いを求め、例の“埋めるやつ”で報いる約束がその効力を保持している気配を感じさせ、ほんのりと気を重くした。
俺は彼のなにか大事な、将来というか可能性というか、女性観を現在進行形で破壊しているのではないかという後ろめたさを覚えないでもないが、なにしろ人と接したことがない俺の自意識過剰な思い上がりであるということにして、一旦忘れることにする。
「わかりましたよ、じゃあ、一文字ずつファスナー合流させると……〈むまらち〉でどうですか」
「むまらち……」
なにが「じゃあ、どうですか」なのか知れないが、〈むまらち〉という四文字は勝手に俺の脳内で〈夢魔拉致〉と漢字変換されて、いかがわしいイメージが膨らむことを止められなかった。
夢魔に拉致されて……一体どんなことをされてしまうのか。
頭にもんもんとピンク色の煙が広がる。
俺も大概、彼のことをバカにできない。
「もしくは逆にして、まむ…………やめましょうこの話は」
「セクハラ!」
「ごめんなさい。これは僕が悪い」
ワハハと、男子二人で笑い合う。
コミュニケーションそのものに不慣れな俺は、こうして急速に、尚早に馴染んだ感のあるリンに対し、逆に不信感というか遠慮のような気持ちを少し持ってしまってもいたが、笑って会話するという久しくしていなかった快い体験に、明るい気分になることもまた自分の意志では止めることができなかった。
「私がいた〈カンエ様〉もその……町おこし関係かい?」
「いや、あれは……ああいうもんで、なんというか……大人も教えてくれないし、なんつーか、正直単なるお墓かと思ってました。本当に霊がいて逆にびっくりですよ」
「わからないってのがかえって怖いねえ」
あの地に封じられていた当の悪霊においても、過去を知らない以上他人事にならざるを得ない。
そんな他人目線で見たとしても、いや、客観的に見るからこそ、慣れ親しんだあの場所が実は常軌を逸していたことがわかる。
土着の宗教的な“アレ”を感じさせる。
「やっぱり実際のところ因習村なんじゃないのかい? それにビジネスとして売り出すなら利用しない手はないだろうに、どうして手つかずなんだい?」
演出するまでもなく謎のルールがあり、そうでなくても鬱蒼として不気味なのに、ガチの地縛霊がいたのだからこれ以上のお膳立てはあるまいにと、素人の俺などは思ってしまうのだが。
俺の疑問にリンは、つまらなそうに平坦な口調で答える。
「なんか土地の権利関係でもめたから使えなかったとかで、フツーにめんどくさい、大人の事情ってやつです」
「それは……もったいないねえ」
「でしょう? 人工的にあれこれやってもかえって作り物っぽいし。ビジネス因習村も簡単じゃないですよ。それでもTVに出るくらいには人気スポットだったんですけどね。〈祠ぶっ壊しツアー〉とか」
「それそれ! 聞きたかったんだよ、なんだいそのツアーって」
リンが俺をツアー参加者かと疑ったときには〈お姉さん作戦〉を遂行中だったので詳しく聞けなかったが、実のところずっと気になっていたのだ。
「怪談あるあるじゃないですか。古い祠を壊しちゃって、なんてことしたんだ、祟りがあるぞって村の老人に怒られるお決まりの流れ」
「うんうん」
ネット上に投稿する怪談の文中で用いれば、どんなにリアルな体験談だとしても即座に創作怪談認定されてしまうような、もはや手あかまみれのテンプレだ。
「祠には神様がいるんですから普通壊しちゃダメですよね。そこで、壊してOKの祠を用意して、地域の決まったゾーンに置いて、見つけた祠をバットやゴルフクラブで片っ端から壊して周る、背徳的で刺激的な催しです」
「なにそれ……」
なにそれ……ちょっと、いやかなり面白そうじゃん。
食器やなにかを壊し放題というアトラクションがネットで話題になってもいたし、ストレス発散だったり、壊してはいけない物を思い切り破壊してタブーを犯すのはある種の快感なのだろう。
宝探し的なゲーム要素もあるとすれば、かなりそそられる。
聞く限りでは、物好きやオカルトファンに大いにウケそうなものだが。
「最初のころはすごい賑わってましたよ。まだ僕は小さかったですけど、毎日知らない人がむちにたくさん来て、大人たちは景気よさそうで。オプションの因習村一日体験コースなんかは僕らとしても面白かったですよ。むちの人がみんながエキストラになって、ありもしない禁止事項がすごく喜ばれたりして」
〈むち〉を定着させようとするな。
彼が語るその思い出話からは、アニメや映画に登場し聖地となった地域に住む住民や行政が一念発起、一致団結して観光地化を目指すような、ハートフルなド根性物語が思い浮かんだ。
「なんていうか、いい話だねえ」
なんとも薄っぺらく実のない感想だが、社会に属して協力し合うという経験がない俺にとって、実感を伴った感想など持ちようがないし、しかし「いい話だ」と思ったのもまた素直に感じるところだった。
でもねえ、と、リンは呆れたような、懐かしがるような口調で言う。
「栄枯盛衰、諸行無常ですよ……需要を満たしたと言えば格好いいですけど、すっかり飽きられちゃって、いまじゃ予約もほとんど入りません。あっちの──新しいほうが栄えてきたから雰囲気も変わったし、人も減ったしで、もうあとは先細りですよ」
「これも時代の流れですかねえ」とジジ臭いことを言いつつリンは、なぜか俺の肩を揉んでいる。
肩凝りどころか、男子学生を背負い、エナメル製のそこそこ大きい学生鞄を首にかけて歩いても負荷らしい負荷を感じないので、霊体は疲労とは無縁らしいのだが。
結界に突っ込んで全身が溶けかけても安全圏に戻れば瞬く間に元に戻っているし、ダメージも残っていない。
オバケは死なない、病気もなんにもないと言うのなら、その気になれば永遠にこの世を彷徨えるのだろうか。
思考が人類のいなくなった世界を飛び越えて星の終わりくらいまで飛躍したところで、ほんの少し寒気を感じたような気がして、急いで現実に戻ってくる。
「生者必滅、ってね」と幽霊。
ワハハと、男子二人。




